第14話 かつての魔王と勇者の話

 その後、生き残ったのが幼い兄妹達だけだったのを確認し、私達は二人を保護して魔王城に帰還した。その間もダンタルクさんは、ずっと難しい顔をしていた。

 あの様子……本当にただ、勇者に前の魔王を殺されたからってだけなのかな? 確かにダンタルクさんは、前の魔王の事をすごく想ってるけど……。

 今回は思いとどまってくれたけど……次に二人が会ったら、同じようにダンタルクさんを止められるの……?


「……アイラ様、少しよろしいですか」


 部屋に戻ってそんな事を考えていると、ノックの音と共にダンタルクさんの声がした。私が了承の返事を返すと、憔悴した様子のダンタルクさんが中に入ってくる。


「ダンタルクさん……」

「先程は……大変お見苦しい姿をお見せしました。申し訳ございません」


 ダンタルクさんは私の前に立つと、頭を深々と下げた。その様子に、私は思わず慌ててしまう。


「ど、どうか頭を上げて下さい、ダンタルクさんっ」

「いいえ謝らせて下さい。ワタクシはアイラ様の腹心という立場でありながら、怒りに我を忘れ、アイラ様と魔族の民を守るという使命を疎かにしたのです。このような失態、謝っても謝り切れません」

「い、いえその、えっとっ」


 私があの時ダンタルクさんを止めたのは、何よりも翔ちゃんを守る為だ。こんな風に謝られたら、見ないようにしている傷がじくりと痛む。

 ダンタルクさんを責めるなんて、出来る訳がない。あの時私は翔ちゃんが勇者である事を知りながら、翔ちゃんを逃がす事を選んだんだから——。


「……あの、ダンタルクさんは勇者の事をよく知ってるんですか?」


 色々な意味でいたたまれなくなって、私は、話題を変える事にした。ダンタルクさんは私の問いかけに、ゆっくりと顔を上げる。


「……そうですね。勇者亡き今、あの頃の記憶のない今のアイラ様にあえて語る必要はないと思っていましたが……」


 そう言って、ダンタルクさんは渋い顔をする。そして、ぽつぽつと語り始めた。


「……勇者ショウは、人間勢力の最大の戦力でした。人間でありながら、並の魔族ならば一人で余裕で降せるほどの実力の持ち主でした」

「……すごく、強かったんですね」

「本気で戦えば、勝てるのは以前のアイラ様ぐらいだったでしょう。……それ故に、戦線は長らく停滞したのですが」


 翔ちゃんがそんな人の生まれ変わりだなんて、何だか不思議な感じだ。確かに昔から、運動神経は良かったけど……。

 いや、そもそも生まれ変わりと確定した訳でもないのだけど。でも、私と置かれてる状況があまりにも似てる……。


「……だが、アイラ様と勇者が正々堂々と戦った末に共に果てたならば、ワタクシもこれほどまでに奴を恨まなかった」


 と、そこでダンタルクさんの声のトーンが変わった。


「あの時……正攻法ではアイラ様には勝てないと踏んだ勇者は、アイラ様を理解する風を装い、アイラ様に近付いた。そしてアイラ様が心を開いたところで、アイラ様を一人誘き寄せて襲ったのです」

「……」

「ワタクシがやっとアイラ様の元に辿り着いた時……そこに在ったのは、折り重なるように倒れ、事切れた、アイラ様と勇者の亡骸だけでした」


 そう言って固く拳を握り締めるダンタルクさんに、思わず息を飲む。……一騎討ちだったとは聞いていたけど、そんな顛末だったなんて。

 大切な人を騙した相手だって言うなら、ダンタルクさんのあの怒りようも納得出来る。だって勇者ショウは、魔王の……アイラさんの信頼を踏み躙った訳だから。

 ……でも……。


(……それは勇者ショウの話であって、翔ちゃんの話じゃない)


 そうだ。私とアイラさんが魂は一緒でも別の人間なのと同じで、翔ちゃんと勇者ショウだって別の人間だ。

 翔ちゃんの事は、小さい頃からよく知ってる。翔ちゃんは絶対に、他人の信頼を踏み躙ったりなんかしない。

 ……ただ、きっとそれを言っても、傷付いたダンタルクさんには届かないんだろうけど……。


「とにかく、アイラ様だけでなく勇者までも蘇ったと言うなら、人間側が長年の沈黙を破ったのも理解出来ます。アイラ様、くれぐれも、あの男の事は信用なさりませんよう」


 固い声でそう言ったダンタルクさんに、私は何て言葉を返すべきか解らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る