ジャンプキャンセル


 私が生まれる前から『ジャンプキャンセル』という遊びが流行っていた。


 簡単に説明するなら、誰が飛ぶフリを出来るかと言うものだ。

 私はくだらないと思っていた。なぜならこれのせいで線路や道路の飛び降り事故に遭い、犠牲者が出まくっている。


 私はそれが許さない。そのせいで小さい頃、大怪我をおおってしまった。命に別状はなかったからいいが、今は年老いて、体に限界を感じてしまう。


 そして娘もいたが、ジャンプキャンセルという遊びで、事故を起こして犠牲になってしまったのだ。私はそれが悔しくて悔しくて。


 しかも、やった本人は子供だから罪には取られなく、その友達の親も認めてくれない。妻のストレスは加速し、言い争いが多くなった。その結果、私は妻と離婚したのだ。


 しばらく独り身だった自分は、体を鍛えるため含めて趣味でスキューバダイビングを始めた。ボード免許やライセンスも取得している。


 これはなかなかいい。なんで今までやってこなかったんだと、後悔しているぐらい楽しい。

 私はここ15年も続けている。妻や娘もいたが、今は、もう二人はいない。だから費用は自分の給料から出せる。


 そんな、ある夏の休日の朝。外に出たら自宅近くで怪我をしている若い女性を見つける。私は家に連れてきて怪我の手当てをした。もちろん悪いことはしない。そしてしばらく話して、彼女に事情を説明してもらう。


「ウチ、人生に困っています」

「人生に困っている?」

「悪い彼氏に出会って、殴られたり、財布を持っていかれちゃうんです」


「それは辛い……」

「そのDVで私は命からがら逃げてきました。ウチはもう限界で、どうすれば……」


「……私も一人娘がいた」

「娘……そうなんですね」

「あぁ、だが、娘は幼い時にジャンプキャンセルという遊びのせいで亡くなってしまった。友達に騙されて道路を飛び出してな。私は、すごく悲しんだ。犯人は一緒に遊んでいた子だから悔しくて悔しくて」


 私は一呼吸してから、


「つまり、私も辛い目にあった。だから君の気持ちもわかるんだ。ゆっくりと心を直してあげるよ」となるべく優しく語りかけた。


「……ありがとうございます。ですが、貴方の過去は辛いですね。私の悩みなんでちっぽけなものです」

「いやいや、そんなことないよ。娘は心の中に生きていると思えば気は楽になるから」

「……」彼女は私に視線を送る。


「生きていたら、ちょうど君ぐらいの歳だろうな」

「……それでしたら、ウチを娘だと思って」

「そのつもりさ。よろしくね。えーと名前は」


「カラハラマナミです」


「カラハラマナミ……そうか」


 私は一瞬目を瞑り、娘のことを思い出す。

 そのあと、ある提案をした。


「そういえば、悩みを解決する方法あるよ」

「どんなことですか?」


「私はスキューバダイビングをしていて、今日は行こうとしていた日だったんだ。良かったら行くか? いやライセンス取得が先だったな」


「いえいえ、実は彼氏に無理やりスキューバダイビングのライセンス取得されたんで持ってますよ。知識も持ってます」

「それは都合がいい。早速出かけるか。その前に女性用のウェットスーツも買わないとな」


 私はマナミと一緒に海へ行くことにした。

 もちろん、ウェットスーツとかを買ってからだ。

 店に立ち寄り、ささっと会計を済ませ、私の行きつけの海へ。


 レンタルボードを借りて、いい場所にボートを止め、私たちは海の中に飛び込む。

 やっぱり、海中は素晴らしい場所だ。

 サンゴの周りに魚達が優雅に泳いでいる。その光景は私の辛い日常や過去を洗い流してくれる。


 マナミも同じこと思っているようだ。きっと悲惨な現状を忘れらされるだろう。

 私達は一旦ボードから戻って少し休憩をしていた。


「どうだい? 海の中は」

「最高です! こんなにも煌びやかな世界があったとは思いませんでした!」

「うんうん、そこがダイビングの良さだ」


「えぇ、それとひとつ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「次の週末休み取れたら、またウチと一緒にダイビング行ってもいいですか? 貴方と一緒にいると楽しくて」


「ははは、そういうことか。いいぞ、いくらでも誘ってやる。そういえば名前は言ってなかったな。私のことはサトウと言ってくれ」

「サトウさん。あれ? 以前にお会いしたとこありましたっけ?」


「あぁ、そうかもな。……ところで、マナミさん。『カレン』という人をご存知かな?」

「……うーん、カレン。聞いたことないですね。好きな人の名前でしょうか?」

「そうか、私の愛していた人の名前だ」


「奥さんの名前だったんですね。奥さんは……」

「もう離婚済みだよ。娘が亡くなってからな」

「そうでしたか……なんで離婚した奥さんの名前を」


「……そんなことはいいだろ? さて、私のお気に入りの場所があるんだ、ちょっと行ってみようか。大丈夫、変なことはしないよ」


 私はボートを出港させる。ここから数分で着く予定だ。

 そのとき、マナミは私に話しかけてきた。


「ウチ。ずっとネガティブになっていたんです。彼氏に罵詈雑言をやられて、一度命を絶とうとしたんです」


 私はマナミの言葉を聞き続ける。


「でも、サトウさんのおかげで、生きる希望を見つけました! これもこの世を去る……つまりジャンプしそうだったんです。ですが、それもやめようと決意しました」


「ははは、つまり『ジャンプキャンセル』ってわけだな」


 私は舵を取りながら口を開く。

 しばらくして、目的の場所まで着いた。


「さて、酸素を補充しとしたよ。しばらく海中探索でもして素敵なサンゴ礁や魚でも見てきなさい。私はここにいるから」


「ありがとうございます! 行ってきます」


 マナミが海にダイビングする。彼女は嬉しそうに飛び込んだのだ。




「さて、そろそろ、用は済んだことだし、戻るか」

 私は陸へ戻る準備をし、ボートを移動する。


 その“用”とはマナミの酸素ボンベをほぼ空にして、彼女を海のど真ん中に入れさせ、去ることだ。


「これで復讐は完了した。もう、心残りはない」


 私は上手くジャンプキャンセルという希望の光へ飛ぶフリができた。『カラハラマナミ』という名前を聞いた瞬間、思い出した。あの娘に怒りを沸いているからな。

 

 理由はそいつが娘を殺したからだ。ジャンプキャンセルというくだらない遊びのせいで、娘は事故に遭った。

 娘と一緒に遊んでいた子も『カラハラマナミ』という名前だった。


 カラハラマナミ……私は一生許さない。最愛の娘の命をもてあそびやがって。


 私の愛した娘、『カレン』。お前の仇をうったぞ。

 彼女自身、命を絶つことをキャンセルして、私が海の中でジャンプさせたのだ。昔遊んでいた娘の名を忘れているお前は、海の藻屑となってしまえばいい。


 「私は娘を愛していた。今でも愛しているよ」

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