第7幕 凄惨な舞台と狂った観客達
私は今、コンビニに向かっている。
煙草を切らせてしまったからだ。
休みの日は煙草漬けの生活で、すぐなくなってしまう。
休み前にまとめて買うこともあれば、買うのを忘れて、今日みたいに買いに行くこともある。
外は真っ暗だ。
今は夜の1時ぐらいだ。
さっきまで寝てたんだが、目を覚ましてしまった。
寝起きは必ずと言っていいほど、煙草を吸う。
寝ている間は煙草を吸っていないからだ。
自分でもヘビースモーカーであることは自覚している。
周りからせめて量を減らすか、タールを下げたほうがいいんじゃないかと言われているが、そんな簡単に減らせるものではないし、今吸ってるタールが1番しっくり来るから、下げることもしたくない。
もうコンビニに着く。
私の家からコンビニまで2〜3分ぐらいだ。
コンビニが近くにあるというのはとても便利だ。
ここのコンビニは、かなり駐車場が広い。
しかし、車が一台も停まっていない。
夜遅くても、3台ぐらいは停まっているからだ。
そして駐車スペースの横で、2人座っている。
2人とも黒いパーカーで、フードを被っている。
フードから髪が出ていることから女の子だと思う。
だが、コンビニ前にたむろしている人はよくいるが、そこでたむろするのは珍しい。
まあどうでもいいが……。
そんなことを思っている内に、向こう側から人がこちらに向かっている。
しかも、真っ直ぐこちらへ向かってくるのではなく、左斜め、右斜めとジグザグでものすごい勢いで向かってくる。
私は何故か固まってしまった。
不審には思ったが、足が動かない。
そして、その人物が近くに来たことから、姿がはっきりわかった。
私は恐ろしくなった。
普通なのは、茶色いスーツを着ているという点だけ。
顔はまるで能面のように真っ白で、満面の笑みを浮かべていた。
多分男だと思う。
そして頭は真っ直ぐに横を向いている。
私は動けない。
そんな恐ろしい相手が、猛スピードでジグザグで向かっていても、何もできない。
たむろしている女の子達を見るが、座ったまま話している様子だった。
気づいていないのか?
そして男は私の前に立って、右手を振り上げた。
そいつの右手には大きい中華包丁が握られている。
私はパニックになった。
このままでは、切られる。
その時、体が動けるようになっていた。
咄嗟のことだったため、私は右手を振り上げて、男の顔を思いっきり殴った。
しかし、殴ったという感じがなかった。
当たったという感触はあったが、何も感じなかったのだ。
まるで柔らかいものに触れたという感触だった。
そいつは怯みもせず、そのまま中華包丁を振り下ろした。
その時、つい両手を前に出してしまい、私の左手に中華包丁が刺さった。
中華包丁は左手の人差し指と中指指の間、刺さり、食い込んだ。
そいつは表情を変えないまま、ジグザグに後ろ歩きで、コンビニに入っていた。
私は包丁を手から外そうとした。
しかし、深く食い込んでいて、なかなかとれない。
神経が麻痺しているのか、痛みを感じず、何故か血は出ていない。
包丁はとても重く、左手に重みを感じる。
痛みを感じてはいないといえ、このままでは危険だ。
コンビニ店員も襲われているかもしれない。
私はたむろしている女の子達に話しかけた。
しかし、何も反応がない。
2人とも迎え合わせでヒソヒソ話しており、何を話しているかもわからない。
私が警察に連絡すればいい話だが、手がこの状態では携帯が取り出せない。
この2人にお願いするしかない。
私は必死に2人へ話かける。
その時、私の横から何か気配を感じた。
顔を向けるとあの男が立っていた。
横にした頭。
そして満面の笑みで。
さっきまで付いてなかったが、スーツが血まみれだ。
右手にはまた、中華包丁が握られている。
俺は何もできない。
左手は使いものにならない。
たむろしている女の子達は何もしてくれない。
きっとコンビニ店員達は殺されてしまったんだろう。
そして男は、満面の笑みで包丁を私の頭に振り落とした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目を覚ます。
また悪夢だ。
とりあえずお茶を一杯飲み干し、煙草を吸う。
携帯を見ると、YouTubeを開きっぱなしだった。
最後に再生されたのが、最近ハマっている配信者の、ホラーゲームの実況動画だった。
その実況を見ながら寝落ちしてしまったみたいだ。
ゲーム実況は好きだ。
特にホラーゲームの実況をよく見る。
しかし、私が見たホラーゲームであんな男が現れたり、ああいうシチュエーションなんてなかった。
なんでそうなったかわからないが、一旦ホラーゲームの実況動画ではなく、雑談配信を見て楽しむことにしよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その日、ある出来事が起こった。
勤務地近くで、凶器による殺傷事件があったらしい。
私は、夢のことを思い出す。
まさか自分が刺された夢を見た日に、近くで人が刺されるなんて……。
その後、偶然会った知人と話をした。
実はその知人は現場におり、救急車や警察が来るまで、被害者の止血を行ったとのことだ。
その時聞いたのは、耳を疑うことだった。
知人が救助している時に周りの人は、ただ見ているだけ。
誰も呼ばずに、携帯で写真や動画を撮るだけだったとのことだ。
それを止めたが、聞く耳をもってもらえなかったようだ。
私はとても気分が悪くなった。
人が刺されている時に、助けもせず、写真を撮る人々。
案の定、SNSでその事件の写真や動画が拡散されていた。
人が亡くなってしまうかもしれない状況が、まるで出し物だ。
私はこれ以上不快な気分になりたくないため、この事件にはもう触れないことにした。
考えてみると、あの夢と重なっている部分がある。
人が刺されただけじゃない。
あの時、笑みを浮かべていた男だけでなく、たむろしていた女の子たちが登場していた。
その子達は自分が何もされないことを察していたのか、私やコンビニ店員達のことはほったらかしにしてヒソヒソと話している状態だった。
これはもしかして、どんな状況でも当事者でなければ、それはただの出し物となってしまう。
手を差し出してくれるのはほんの一握り。
大多数は出し物を見る観客達だ。
そんな狂った世界を表した夢だったのかもしれない。
ユメニッキ Auguste @pogo0918
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ユメニッキの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます