第二幕:正解の見つけ方
第9話:正解が分からない
中学生にも高校生にも見えない服ってどれ?
実家に帰った次の日、またも姿見の前で悩む。自分では幼いと思わないのだ、正解が分からなかった。
色は濃いのか薄いのか。腕や脚を出すのか否か。肩とか膨らんでいていいのか悪いのか。秋の大人ファッションと題された記事を頼っても、あたしの選択のどれもが候補に上った。
並べて見れば見るほど、頭が混乱してくる。
「大人っぽいって何?」
思わず。スマホの画面で笑う、罪もないモデルさんに毒吐いてしまう。
別にお見合いをするわけでない。気にする理由はない。と自分に言い聞かせても、始めたものを終わらせるきっかけがなかった。
そうこうする間に時計が午後三時を過ぎ、猶予までなくなった。
「ああ、もう」
とりあえず、ハンガーにかけた制服を取る。でもその手が、リュックに入れようとして止まった。
――これ、大人っぽいよね。
この家にある服ではダントツだ。あたしの好みかというと違うし、行き帰りに使うのは最終手段だけど。
背に腹は代えられない。黒のカーディガンを羽織り、これでいいことにした。
これで良し。
リュックを閉じようとして、問題がもう一つ残っているのに気づく。
側面に下げたキーホルダー。ゲームもアニメも見たことはないが、パケモンのキバドラが好きで付けている。
名前に反して水饅頭みたいな、ヌルッとおマヌケな容貌。これは間違いなく子供というか、男の子っぽい。
外そうと手を添えたものの、できなかった。
息を呑み、部屋の中を見回す。置き時計、財布、マグカップにお皿。キバドラ一色というほどでないが、どれもお気に入りだ。
貰った物だし。
贈り主の存在を言いわけに、でもさっきより確信を持って言えた。
「これで良し」
* * *
今日のシフトに真地さんも賀屋くんの名もない。でもあの分だと、噂を知らない人なんか居ないのだろう。
まだ一緒には働いたことのない同僚へ「よろしくお願いします」と。お昼から居る人達へ「お疲れ様でした」と。
どんな顔をすればいいか、頬が引き攣りそうだ。
けれど、不倫の
閉店作業を終えて裏口の鍵をかけつつ、ため息を吐く。
何日か前まで、これで普通だったはずなのに。あたしの何がいけないの?
悪い所を直せと言うなら、喜んでやる。だから誰かに教えてほしい。
「来るかな……」
ずっと、あたしの知る大人の顔を思い浮かべた。それは今もで、しかし相談できる人が残らない。
理由は明白。あたしの知る大人は、あたしを知っているから。
不倫騒ぎに巻き込まれたなどと言えない。ぼかして伝えたり、ちょっと内容を変えたりするのも考えた。が、あたしは嘘がヘタクソだ。
まあ対処の方法が知りたいのであって、端居穂花はそんなことをしないという保証は必要なかった。
だから縁のない人のほうが適任。と、今日は自分への言いわけが多い。
と言うか、来ない。スマホを見ると、午前二時を過ぎているのに。
自動販売機の横にプラケースを重ねて座り、意味も意図もなく足をぷらぷらさせて待つ。温かいアップルティーを持って。
こんな時間まで何してるの? この間は、たまたまだったの?
トラックの運転手さんだ。他には、ええと、三十代くらいの男の人としか知らない。知らないから待っているんだ、と自分に言い聞かせる。
あたしが中学生に見えたって、やっぱり声をかけるカムフラージュだったのかな。いや、中学生だからこそ声をかける危ない人?
そう言えば、あまり清潔そうに見えなかった。待つのはやめて、帰ったほうがいいのかな。
「くっ……!」
太ももに痛みが走る。他でもない、あたしが拳で殴りつけたから。
自分で決められないから相談するんでしょ。
腹が立つ。自分でどうしようもないのに、相談することからも逃げようとするのが。
「大丈夫。大丈夫。きっと」
深夜。中学生が一人で居るからと、心配して声までかけるような大人をあたしは知らない。
みんな通り過ぎてから、あれっていいのかなとコソコソ言うくらいだ。
出島さんはいい人に違いない。頷くと、足の震えが止まった。ぷらぷらしなくても、落ち着いて座っていられる。
その時だ、聞き覚えのあるようなスクーターの音が聞こえてきたのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます