幕間
第8話:ドジマと呼ばれた男
運転は好きだが、気遣いもたくさんある。運転席と助手席、貨物室の扉にも出島
そうでなくとも、夜はあまり好きでない。
奈良方向の山中へ入り、民家がまばらになっていく。時々あるだだっ広い空き地を見ると、地元を思い出す。
今もそうだが、頭のいい子供でなかった。成績はもちろん、他のことでも。
学校の壁にチョークで落書きをして、気づくと先生が後ろで咳払いをしている。見回してもいつの間にか、悪友達の姿はないとか。
* * *
高校に入って、仲良くなったクラスメイトと同じアルバイトを始めた。
宅配便の仕分け作業だ。大きなコンテナに入った荷物を、送り先ごと決められた場所へ移す。難しい理屈は何もない。
すぐに先輩と同じくらいか、少なくとも迷惑でない程度にはこなせたつもりだった。
「みんなでカラオケ来てんだよ。迎えに行ってやるから、お前も来いよ」
ある週末の夜、八時頃だったか。家の電話に、同じ班の先輩から連絡があった。仕事中は会話もあるが、その他には話したことがない。
だから電話番号も知らないはずで、それはクラスメイトも一緒に居たから。ズンドコズンドコとうるさいくらいの音量の向こうに、「来いよぉ」と奴の声も聞こえた。
この時間から出かけてもいいか、親に問う。すると昔気質の父の返事は「男は好きにやれ。何があっても自分持ちでな」だった。
ついでに初めての夜遊びの記念と称し、福沢諭吉も一枚貰った。家の手伝い以外で貰った小遣いは初めてだ。
待ち合わせ場所は自転車で十分ほどの空き地。いや実際には農協の機具置き場だが、何も置かれていない面積が圧倒的に広かった。
車が三、四台も止まっている。俺一人の為に総出で来てくれたのか。ありがたいような申しわけないような気持ちで、自転車の速度を上げて突っ込んだ。
「なんだぁ?」
重々しい声が聞こえ、ウンコ座りの七、八人が一斉に立ち上がった。自転車に跨ったまま、息を切らした俺をゆっくりと囲む。
たぶん隣の地区の奴らだった。見知った顔がなく、頭には金色のリーゼントや赤と黄色のメッシュ。
どうやら溜まり場にしているらしい。念の為、先輩とクラスメイトの名を出してみた。
「誰だそれ」
「何でもいいや。集会の邪魔した罰金、出せや」
逃げる隙はない。逃げようとも思いつかなかった気がする。言われるまま財布を取り出し、一万と何千円かを全部奪われた。
結果として殴られなかったし、また持って来いともならなかったのは良かった。
「おっ、ドジマ。カラオケ楽しかったか?」
週が明けて学校へ行くと、なぜか新しいニックネームで呼ばれた。同じアルバイトのあいつも、そう呼んだ一人。
宅配便の仕分けはすぐに辞めた。高校の卒業まで、午後五時以降に一人で家を出ることもなくなった。
* * *
街灯などあるはずもない夜道の先。運転するトラック以外の明かりが、遠くに見えた。
道路が曲がり、あるいは枝葉に隠されて見えなくなるものの、少しずつ近づく。誰が設置しているやら、ぽつんと立つ自動販売機だ。
ちょうど退避スペースもあって、いつもそこで休憩を取る。降ろし先まで、もう十分もかからない距離だが。
暑い時期には、キンキンに冷えた炭酸を。今はもう、温かい缶コーヒーがおいしい。
木々の合間に妖怪を見ても不思議のないような夜闇の中。俺を見ろと自己顕示の塊みたいな爆音を放つ車やバイクが通っても、三十八歳ともなればビビらなくなった。
ただ、やはり夜はあまり好きでない。理不尽な人間の味方をする時間の気がして。
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