狐兎百合バウムクーヘンエンド小説

※バウムクーヘンエンドとは

いかにも結ばれそうな仲のいい2人のうち一方が、物語の中で全く別の相手と結ばれる結末のこと。(ピクシブ百科事典より)



 純白だった。

 会場の視線を一身に集めて、照れくさそうな、満足そうな表情で、それでも眩しく輝く純白のドレスを身に纏う。どこか誇らしげにも映るその姿を、ファインダー越しにもう一度収めてからカメラを置いた。

 さっき、レンズの向こうからこちらに視線を寄越したあの子は、確かに自分に微笑みかけた。それがどういう気持ちから出てきた笑みだったのかを考えてしまう前に、テーブルの上のグラスに口をつける。


 結婚なんて一生しない。ドレスなんて馬鹿らしくて、ちゃんちゃら可笑しい。そう言って笑い飛ばしたのはよくある放課後のファーストフード店での場面だった。

「貴方の色にだぁ? 染まってたまるかよー!」

「どっちかってーとお姫は染めちゃう方だもんね」

「むしろブリーチしてやんよ」

「そして新たな色をな」

 軽口だと分かっていても、どこかでホッとしている自分がいた。誰かをモノにする事はあっても誰かのものになんて一生ならない。そう豪語する頬に施されたハートのペイントを、いつでも眩しく感じていた。

「きつねちは恋した相手と結婚するタイプだね」

「っ、っま、マ?」

「ま、しか言ってない!」

 恋がどんな感情なのか、その時はまだわからなかったから。だから、イヒヒと悪戯めかして笑うあの子に合わせた。恋って。恋って、何だ。


 もしかして、わりと不自由な感情かしら。

 そう気付いたのはそれからずいぶん経って、あの子から、らしくもない改まった封書が届いてから。

「私と姫ちゃんが出逢ったのは高校生の頃で、入学式の朝に、逆方向の電車に乗ろうとしたところで襟首を掴んで止めてくれたのが、姫ちゃんでした」

 スタンドマイクの前で昔話をする事になるだなんて、あの頃は思いもしなかった。

「今日は友人代表の私から、姫ちゃんの取り扱い説明をしておきたいと思います。まず大前提として、姫ちゃんは世界で一番可愛い女の子だということを忘れてはいけません」

 トレードマークのウサ耳の代わりに、今日のあの子の頭上には豪奢なティアラが輝いている。違和感しかないよと笑ってやろうとしていた所だったのに。でも、何でも似合っちゃうのがあの子だ。

「何か怪しい動きをしているときはサプライズを仕掛けているときです。万が一気付いてしまっても、見て見ぬふりを心がけてください」

 数々のサプライズに踊らされてきた身としては、これなくしてあの子を語ることは出来ない。まさかこの披露宴もサプライズなんじゃと思わない事もないんだけど、どうやらこれは本物のそれ。

「適切な愛情とメンテナンスで、長期の性能が持続します。交換・返品は一切不可となります。ずっとずっと……一生、大切に……して下さい」

 最終的に涙声になっちゃう辺りまできちんとテンプレを踏襲して、私のスピーチは幕を下ろす。口パクだけで「きつねち、ありがと」を言いながら手を叩くあの子に、口角をあげて頷いて見せた。


 手に下げた引き出物の紙袋を揺らしながら歩く、ほろ酔いの帰り道。綺麗だったなぁ。うん、綺麗だった。ちゃんとした大人然とした顔で高砂に収まるあの子を、しんみりと思い出す。

 そう言えばお見送りの扉の前で、私の耳元に口を寄せたっけ。その頃にはもういい感じに酔っていて、だから何を言われたものかよく分かっていなかった。お色直しのドレス、何色だったっけ。そもそもドレスだつたかな。レモンイエローだった、ような気がする。

「あのね、きつねち」

「うん?」

「白は、全ての波長を跳ね返してる色、なんだって」

「……なるほどね?」

 相変わらず、何が「なるほどね」なのか今ひとつ分かってないままの「なるほどね」だったけど、そこは織り込み済みで笑い合う。

 貰った引き菓子とやらは定番中の定番ことバームクーヘンだった。フォークで雑に切り分けて口に放り込むと、外側の糖衣がしゃりりと微かな音を立てる。甘くて儚くて、これってまるで恋の砕ける音みたい。

「なるほどね」

 やっと腑落ちした感情ごと甘い塊を飲み込んで、もう一度だけ呟いた。

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