第10話 どうして

 「さぁ皆今日も綺麗にしようね」

  

 爽やかにロミーが皆に声をかけた。

 「オー」と不思議ちゃんのアカリンが手を上げると、それに元気溢れる小さな黒人のアベルが続いた。

 「お腹減ったでござる……」ぽっちゃりバルだ。


 朝一番の日課である家の掃除。意外にも全員が嫌な顔をしないで、真面目に取り組んでいる。家具や床など家中を丁寧に磨きあげるのだ。家の中が終わると近隣のゴミ拾いまでするのが、一連の流れになっている。この朝の掃除には十三さんも必ず参加していた。


 「ロミー。皆は最初からこんなに真面目にゴミ拾いしているのか? 嫌々している感じが全くしない」


 トングを片手にすぐ横でゴミ拾いをするロミーに尋ねた。


 「これはゴミ拾いではないんです。これは運を拾っているんですよ。十三さんからそう教えてもらいました。拾った分だけ良いことがあるって。だから『運拾い』って言った方が良いんですかね? フフ」

 「十三さんがそんなことを……?」

 「はい。自分達が使う家や物を自ら掃除し、大事にすることは当たり前のことだって。人に感謝し、食べ物に感謝し、物に感謝する。それが日本人だと。そうおっしゃっておられました」

 「そうか。良い考え方だな。教えてくれてありがとう。ロミー」



 自己紹介をした日から、数日が経過し少しずつだが色々と分かってきた。


 一番驚いたのが、この国の王が十三さんだということ。十三さんにこのことを問い詰めたら、『ただの代表だ』だった。十三さんが王になった時、国の名を『日本』と定めたそうだ。毎朝ゴミ拾いする姿からは、十三さんが王だという事実は、とても信じられないことだった。


 次にこの国には、ロミー達と数える程の外国人を除けば、日本人しか存在しないことが分かった。ロミー達は十三さんに日本語を教えてもらいながら、様々な学問や武術を習っているらしい。 


 これは自己紹介の時から感じていたことなのだが、ロミーやアイスベル、ユリアンらを筆頭に全員が十三さんを心酔していること。十三さんに対する態度が尋常じんじょうではない。

 いったい何があったのだろうか。


 最後になるが、この街は想像以上に大きかった。多くの人が行き交い文明も進んでいる。これは十三さんの存在が大きいのだが、それだけでなく、沈んだ世界から高度文明の遺物を引き上げているのだ。遺物の回収は国を上げて取り組んでおり、国が直接回収するものとは別に、ハンター協会や各企業も着手しているようだ。


 「おはよう。今日も精が出るな。ありがとよ」


 いつもゴミ拾いの時に声をかけてくるお爺さんとお婆さんだ。


 「源次郎爺さん。千代さん。おはようございます。いつも仲が良いですね」

 「ホホホ。そうだろう。儂らはずっとラブラブだからの。な、千代さん」

 「フフフ。そうねぇ。源次郎さん」


 お爺さんとお婆さんの仲睦まじい姿に癒される。


 「お前さんも儂のように早いこと運命の人に出会えると良いな。人生とは運命の人を探す旅みたいなもんじゃ」

 「俺にもそんな人がいると思いますか?」

 「そらいるさ。これだけたくさんの人がいるんだ。案外すぐ近くにいるかもしれんぞ。ホホホ」

 「運命の人ですか……。永く付き合っていくコツみたいなものは何かありますか?」

 「コツか……。そうさのう……。それはな女性には逆らわんことじゃ。男は大きな器で何事も寛容に受けとめてやらにゃいかん。儂のようにな」

 「まぁあなた、そんなふうに考えていたんですか?」

 「ホホホ」

 「フフフ」

 

 仲睦まじく見つめ合う二人。本当に幸せそうだ


 「なるほど~。参考にさせてもらいます。源次郎さん。話は変わりますが、昔のこと教えてもらえませんか? この国の歴史が知りたいんです」

 

 「そうさのう……。儂はここで生まれここで育った……。儂が子供の頃は、まぁひどいもんじゃったよ。毎日が生きていくだけで必死じゃった。毎日のように儂も勇敢に戦ったもんじゃ。ホホホ。でもある時、武田様がどこからともなく現れたんじゃ。大怪我をしておった……。ここに来てすぐ倒れてしまったがの。お主を担いでここに来た時の姿を、儂は今でもはっきりと覚えとる」

 

 「十三さんが大怪我を……?」

 

 「そうじゃ。それからじゃここが大きく変わっていくのは。それはもうすごい速度で発展していったよ。武田様が先頭に立ち、それに協力する者や従う者がどんどん増えていった。皆がすごい技術をたくさん教えてもろてのぉ。そらたまげたもんじゃ。ほらっ街を見てみろ。今もなおこの街は急速に発展し続けておる」


 周りを見渡してみる。

 様々な場所で工事が行われ、たくさんの人が行き交い活気が溢れている。


 「ここは武田様の街なんじゃ。あの人が居なければ今頃ここは……人が住めんようになっておったと儂は思うよ」

 「……」

 「若人わこうどよ。あの方と過ごす貴重な時間を。今この瞬間を大事に生きるのじゃぞ。そろそろおいとましようか。千代さんや」

 「はいあなた」


 源次郎さんは、俺の肩をポンッと軽く叩いてから、千代さんと手を繋ぎ去って行った。



☆★

 

                     

 ロミーの号令で今日も授業が始まった。

 十三さんが前で黒板のチョークを準備している。

 

 「どうだ皆。日本語は慣れたか? ユリアンどうだ?」

 「えーっと。先生のおかげで話すことは問題ありません。しかし、漢字がまだ難しい……です」

 

 普段は荒い気性のユリアンだが、十三さんに対してだけは従順で言葉使いも選んでいる。

 

 「そうだな。皆かなりうまくなった。アベルはどうだ?」

 「僕はまだまだ。うまく話せない。頭悪いから」

 「そんな悲観することはないぞ。それだけ話せるのだから大したもんだ。皆ここまでよく頑張った。そろそろ日本語の授業は終わりにしても良いかもしれないな」

 「僕はまだ教えてほしい!!」


 くりくりの髪が今日も可愛いアベルが叫ぶ。


 「アベルは日本語の何が難しい?」

 「うーん……。何だろ……? 習ったのと話すのが何か違うの」

 「……。そうだな。そうかもしれん。今日は日本語の面白い話をしよう」


 十三さんは黒板に何か書き始める。


 『暗黙の了解』


 「日本語にはこういう言葉があるが、皆は知っているか? 『暗黙の了解』これは、口に出して明言しなくても、当事者間で理解を得られていることなんだが……日本語は当事者間で認識していることは省略することが多い。と言っても分からんか。例文を出してみよう」


 十三さんは再び黒板に向かう。


 「AさんとBさんが会話していたとしよう。例文がこれだ」


 Aさん『今日は、わたしは暑いですけど、あなたも暑いですか。あ、馬が来ました。うわー、すごい速いですね』


 Bさん『はい、わたしも今日は暑いです。この馬は危ないから、離れた方が良いですよ』


 「これでも十分通じるが、日本人同士はこんな会話はまずしない。日本人同士が会話するとこんな感じになる」


 Aさん『今日は暑いね。あ、来た。うわー、速いねー』


 Bさん『暑いね。危ないから離れよ』


 「これだけ省略しても十分通じる。二人で話している場合『わたし』『あなた』は言う必要はない。『馬』も同様だ。馬が走って来ることは、お互いが見ているわけだ。話す相手は『あなた』しか居ないし、『馬』が来ていることは二人が見て認識している。共通で認識できている内容は言わなくても伝わるのだ」


 「なるほどですね~。面白いです。これが場の空気を読む文化という物なのですね」


 目を輝かせ納得するロミー。


 「まぁ……そうだ。『察する』ことが得意な日本人ならではの文化と言って良い。対照的に、お主達の得意な言語は、かつて世界で一番使われていた言語で『英語』というすばらしい言語だ。コミュニケーションがほぼ言語を通じて行われ、文法も明快であいまいさがない。伝えたい内容のすべてを明確に言語化することが前提になっている。英語は主語を省略したりしないからな」


 「武田先生。なぜ日本語には『私』や『僕』、『俺』など同じ意味の『アイ』がたくさんあるのですか? それだけじゃありません。『喰う』『食べる』『頂く』『召し上がる』など、これも全て『eatイート』です。他にもたくさんあります。同じ意味の言葉が多すぎではないですか?」


 手を挙げロミーが質問する。


 「良い質問だ。英語で『私』は『アイ』。小僧、『アイ』を日本語で書けるだけ黒板に書いてみなさい」


 なぜ俺だけ『小僧』と呼ばれるんだ?

 少し不貞腐れながらも俺は黒板に書き始めた。こうなったらいっぱい書いて驚かせてやろう。


 『自分、僕、俺、俺様、儂、私、あたし、あたくし、あたい、わえ、わて、わい、うち、おら、おい、おいどん、うら、ぼくちゃん、ぼくちん、おれっち、ミー、当方、下名かめい愚僧ぐそう、拙僧、我輩、吾輩、それがしちん、麻呂、麿、我、おのれ、余、予、小生、あっし、あちき、わらわ、拙者、手前、此方……』


 「それくらいで良いだろう。まだまだあるが……大したもんだ。よくすらすらそれだけ出てきたな。今小僧が書いたものを英語に置き換えると全て『アイ』だ。英語では男性でも女性でも『アイ』だけの一つしかない。お主達は知らないと思うが、ドイツ語は『Ich』、スペイン語は『Yo』。これ一つしかない。とても分かり易い。ではなぜ日本語はこれだけ異常に『アイ』が多いのか? 小僧説明できるか?」


 「正確には分かりませんが、まず相手との関係性や場面に応じて変わります。それと性別や年齢。男性は「僕」や「俺」、女性は「私」や「あたし」を使うことが多いと思います。後は……ビジネスや公的な場、友人同士、家族など状況に応じても変わることがあります。後は……そうですね。地域や時代によっても変わると思います。一人称の選び方が、その人の自己表現の場になっていて、性格や気分を反映することもあります。例えば「俺」を使うと自信や強さを表現できる一方、「私」を使うと慎み深く、丁寧な印象を与えます」


何も言われないので、俺は続けて話した。


 「先の『eat』の質問も『I』と同様だと思います。相手や状況によって使い分けている。一般的には「食べる」を使う。目上の人に対してだと「召し上がる」。「喰う」は楽しんで食べるというニュアンスは薄く、生きるための食事というニュアンスが強くなるかなぁ。豪快で生々しい感じが強調されるようなイメージがします。こんな感じに同じ意味の言葉がたくさんがあっても、少しずつニュアンスが違うんだと思います。この微妙な違いを英語にすることは難しい。そんな言葉はそもそも無いですからね。他にも日本語には、英語に直訳することが難しい言葉はたくさんあるのではないでしょうか」


 「ふむ。まあ良いだろう。ではバル。英語で『あなた』は何だ?」

 「『Youユー』でござる」


 眼鏡を持ち上げながら野太い声で答える。


 「では皆想像してみてくれ。とても仲が良い夫婦がいたとしよう。長い間、夫は戦地に赴いていてもう何年も妻に会っていない。そこに妻から一つの手紙が届いた。そこに書かれたいたのはたったの三文字。『You』。皆は夫になってどう思うか考えてみてほしい。どうだ? アイスベル。君が手紙を受け取った夫ならどう思う?」


 「うーん……。よくわからない気持ちになると思います」

 

 「そうだな。そのとおりだ。『You』だけでは何かよく分からない。では手紙の内容を日本語にしてみよう。『あなた』この三文字ならどうだ? 皆想像してみてほしい。小僧どうだ? お主ならどう感じる」

 

 俺なら……。


 「…………。泣いてしまうかもしれません」

 「どうして泣くのだ。『あなた』の三文字に何を感じた。同じ三文字で同じ意味だ。お主が感じたことを教えてくれ」

 

 「……あなた……元気にしていますか? あなた……ご飯はちゃんと食べていますか? あなた……早く帰って来てください。あなた……会いたい。あなた……愛しています。『あなた』というたった三文字でしたが、今言ったような妻の気持ちを察することができました」


 「小僧。お主はどうやらちゃんと日本人だったようだな。伝わってよかったよ。ムハハハ」

 「……」


 なぜ日本語の『あなた』なら、このような妻の想いを想像することがたのだろうか……。


 「今小僧は察すると言った。では『察する』とは何か? それは『相手の立場になって考える』ということだ。これは非常に大事なことだ。相手の『状況』『表情』『しぐさ』『言い方』全ての情報から相手が『何を考えているのか』『なぜそうするのか』『なぜそんなことを言うのか』『なぜ何も言わないのか』など、相手の立場で想像を膨らませてみてほしい。これは誰に対してもだ。今横にいる仲間達。これから出会う者……敵も味方もすべてが対象だ。儂も含めてな」


 「敵もですか?」ユリアンが驚いた顔で聞き返した。

 「そうだ。良い機会だ。儂がなぜこんな話を長々としたのか? ぜひ儂の立場になって考えてみてほしい」


 そう言って十三さんは、いつものように『ムハハハ』と笑った。

 

 「これが『思いやる』という文化なのですね」とロミーが目を輝かせている。


 「……ああ……まぁそうだな。先の手紙の話に戻るが英語では『You』だけでなく、全てしっかり書かないと伝わりづらい。全ての内容を英語にしようするなら、かなりの文字数になるだろう。しかし、伝えたいことは相手にしっかりと伝わる。日本語でも、もちろん内容をしっかり伝えることは可能だが、日本人は何かと言葉を短くしたり、省略したりすることが多い。だから、言葉が足りなくて伝えたいことが、あいまいに伝わってしまうこともある。『そんなこと言わなくても、分かってくれていると思っていた』みたいな感じでな」


 「なるほど~。本当に面白いですね~」


 ロミーがうんうんと頷く。

 ロミーは本当に勉強が好きみたいだな。フフ


 「どっちの言葉が良いとか悪いではない。これが文化の違いというものなのだ。今日は少し脱線してしまったが、最初にアベルが何か違うと言ったのは、今いったような話が原因かもしれないな。……小僧前に来い」 

 「はい」

 「お主はそこそこ勉強は得意だろう? 勉強を皆に教えてみろ」

 「えっ!?」

 

 それは十三さん無茶ぶりじゃない?


 「何でも良い。やってみろ」


 皆からの視線が突き刺さる。

 十三さんが言っているんだ。

 しないわけにもいかない。


 「……。ゴ、ゴホン。え、えーっと。どうしようか。算数でもする?」

 「私算数苦手なんだ~」

 「僕も~」


 アカリンにアベルが続いた。


 「苦手だからやるんじゃないか」

 「「うぇ~」」

 「でも今日は最初だし算数は止めておこう。……今日は皆に勉強の秘訣を教えてあげよう」

 

 「おお」と皆が騒ぎ出す。


 「皆に教えたい秘訣とは――――『どうして戦法』さ」


 皆が何を言っているんだ? というような顔を作っているが気にしない。


 「『どうして?』を常に頭に置いておこう。物事には必ずそうなる理由と結果がある。この道場を見てくれ。床が光るぐらい綺麗だ。こんな綺麗なんだ? アカリン」


 「どうしてって毎日皆で磨いているから――」

 「そうだ。それが理由だ。磨いているから綺麗なんだ。当たり前だと思うだろ? じゃーどうして昼は明るくて夜は暗いんだ? バル」

 「昼は太陽があるでござるよ」

 「昼は太陽が空にのぼるんだ? 世界は海に沈んでしまったんだ? この島は日本人ばかりなんだ? ……これを勉強に当てはめてみよう。『2✕3=6』なんだ? 桃香」

 「えっーっと。2が3個あるから……?」

 「そうだ。そのとおりだ。まぁ……何が言いたいかというとだな……。思考することから逃げないでほしいんだ。何かするときには『どうして?』を意識してみてほしい。君達が十三さんに何か指示されたとしよう。君達は黙って指示されたことをするだろう。でもそこで少し考えてほしいんだ。『どうして?』そんな指示が出たのだろうかとね。何も考えず指示されたことをするのか? それではロボットと変わらない。それでは成長できない。考えて指示の本質が理解できれば、もっと効率的、効果的に指示をこなせるかもしれない」


 「「「……」」」


 「なんだ!」


 「それ考えることから逃げてはいけない。何となく勉強したってほとんど身に付かないだろう。最初は理屈とか関係なく丸暗記するのも一つの手段だ。しかし、それだけではいけない。そうなるのかを自分で考え、一つ一つ納得し腹に落としこんでほしい。考えて考えて考えて考え抜く。 それが……いずれ君達の力になると俺は本気でそう思っている」


 「「「……」」」


 「人は嫌なことや難しいことは考えない方が楽なんだよ……気づかない内にそれから逃げたり考えないようにしている。俺もそうだった……。俺の人生は逃げ続けた人生だ。今でも後悔しているよ。君達には俺みたいになってほしくない。最後になるが……そんな駄目な人生でも、俺は一つだけ分かったことがある。それを皆に伝えて終わろうと思う」


 「――絶対に諦めるな!!」


 「人生は良いことばかりではない。多くの困難にぶつかり、うまくいかない事もたくさんあるだろう。やりたくない事はしなくたって良い。逃げたいなら逃げたって良い。でも本当にやりたい事を見つけた時は……諦めないでほしい!! 真剣に向き合ってほしいんだ……」


 「朔太郎は諦めなかったのか?」


 タリアが尋ねて来る。


 「ああ。諦めなかったよ……諦めなくて本当に良かったと思っている」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブルーセイバー ~未来からムキムキ爺さんが俺を殺しにやって来た~ 十文字うへへ @nilvershu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画