第29話

 用意したプリンは二つ。一つをオーウェンの前に、もう一つは向かいに座るフェルナンドの前に用意した。


「ありがとう、ルティさん」


 準備を終えたルティの手を素早く取るなり、フェルナンドは甲に口づけしてくる。これ見よがしに、オーウェンを挑発しているようにしか思えない。


 ルティは苦笑いをかみ殺すと、そっと手を引っ込めてから反対の手でプリンを指し示す。


「フェルナンド様もどうぞお召し上がりください」


 ちらりとオーウェンを見ると、フェルナンドを呪おうとしているかのような殺気のこもった視線が彼に向けられている。


 ルティは、普段はそれほどオーウェンが感情をあらわにすることはないと知っている。


 つまり、こんなにもあからさまにオーウェンが嫌がるということは、本当にフェルナンドとの相性が悪いのだろう。


 オーウェンの飛び切り機嫌の悪い視線をものともせずに、フェルナンドはプリンに喜んだ。


「ではいただくよ……うん、美味しい。素晴らしいシェフを雇っているようだね」

「お褒めいただき嬉しいです。ですがそれは、私が作ったんです。オーウェン様が食べたいとおっしゃったので」


 ルティはオーウェンの隣で寄り添うようにし、『恋人の手作り』を思い切り主張した。フェルナンドは目を見開く。


「へえ。そうだったのか。オーウェンは決まった物しか食べないはずだが、成長したのかな?」

「ふん。『恋人』がわたしのために作ってくれたものは、食べられるに決まっている」

「じゃあどうぞ。作りたてを召し上がれ。大きな一口でたくさんね」


 フェルナンドは間髪入れずにオーウェンに言い返し、ふんと笑った。


「愛する人の手作りなら、ガブっと頬張るくらいわけないだろう?」


(ま、まずいわ……いくら緊急時とはいえ、無理にたくさん食べたらオーウェン様のお腹がびっくりしちゃう!)


 ルティがオーウェンのほうを向こうとしたところ、ぐいっと肩を引き寄せられた。


 そして、プリンをすくい上げたスプーンが目の前に差し出される。反射的にルティは口を開けてパクっと食べた。


 フェルナンドは怪訝そうな顔になる。


「オーウェン、君が食べるんじゃ……」

「もちろんだ。だが間食はこうして彼女と食べさせあいっこすると決めている」


 オーウェンがとんでもないことを言い始めた。ルティの頬に手を添えて、至近距離で見つめてくる。そしてそのまま、耳を傾けてきた。


「うん、うん。ああそうか。わたしにあーんとされているのを、他人にまじまじと見られるのは恥ずかしいのか。なに、もっとくっつきたい? 君は甘え上手だな」


 まるでルティが言ってるかのように言葉を紡ぐと、オーウェンはフェルナンドに向かって不敵な笑みを向けた。


「というわけで、貴重な恋人同士の時間を邪魔するのは監査とはいえお断りする。食べ終わったら速やかに退出してほしい」

「…………わかったよ。ごちそうさま。また作ってね、ルティさん」


 プリンをかきこむと、フェルナンドは眼圧強めでニコッと笑って出ていく。少々乱暴に閉じられた扉の音が響いた。


「…………た、助かった……」


 ルティはプリンを呑み込むと、オーウェンに向き直った。途端、オーウェンは緊張の糸が切れたのかソファに背中をドンと預けて息を吐く。


「……すまない、もうこれしか思いつかなかった……我ながら最悪の能無しとしか言いようがない」

「いえ、神がかった演技でした!」


 ルティが励ますと、オーウェンはしばらくしてから身体を起こして、じいっとプリンを見つめる。


 すでに先ほど、オーウェンはプリンを一口試食していた。だからこの計画では、フェルナンドの前でゆっくり食べてみせる予定だったのだ。


 あんなに煽られなければ、その計画の通りになっていたのにとルティは肩を落とす。


「食べてみるか。いつどこでまた叔父にけしかけられるかわからないし、『恋人』の手作りに身体を慣らしておかねば……」


 ぶつぶつ言い始めてしまったオーウェンを止めるため、ルティは慌てて彼の手を掴んだ。


「無理に食べるとお腹を壊します」

「しかし、せっかく作ってくれたのだから」


 スプーンを握ったオーウェンの手を、ルティは必死になって止めた。


「でもこれはダメです! 絶対ダメ! なにがあってもダメ!」

「なぜだ? そこまで拒絶する必要は――」

「そのスプーンで食べると、か、間接キスになっちゃうから……!」


 そんなことをオーウェンにさせるわけにはいかない。ルティは顔色を悪くしたが、オーウェンはなぜか顔を真っ赤にした。


「だ……、大丈夫だ。『恋人』なんだし、これくらいは」

「『偽恋人』です!」

『……けぷっ!』


 ボーノの声がしてそちらを見ると、皿の上にあったプリンは見事に消えてなくなっていた。


「……まさかボーノ、食べちゃったの?」

『ぷぷぷぷーん!』


 尻尾をパタパタさせて満足そうな顔をしているボーノを見てから、ルティとオーウェンはなんだかどっと疲れてしまった。


 フェルナンドが来て数時間しか経っていないというのに、ルティもオーウェンも緊張しっぱなしだった。


 無事に一日を終えたのも束の間。二人にとって、本当の問題はこれからだ。

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