第13話

 クオレイア公爵家の首都邸に引っ越しをしてきて三日。


 ルティとオーウェンは、朝食の時間を必ず一緒に過ごすようにしていた。彼が当直の仕事の時以外は夕食も同席する。


 そうやってお互いにうまく立ち回りながら、ルティは使用人たちからは徐々に自分がオーウェンの『恋人』として認識されているのを感じていた。


 やはり初手の『お姫様抱っこ』のインパクトが効いているらしい。


 彼の今までの素っ気ない行いがむしろ功を奏したようだ。ちょっとでもルティに対して微笑んでいると、それを見た使用人たちはまるで珍獣を見たような反応になる。


 そして彼らの驚きはいつしか『ルティは本当にオーウェン様の恋人なんだ!』という確信に変化していた。


 そういうわけで、レイルは日々上機嫌で現状報告するようになっている。しかし、気を抜くことはできない。


 再度細かく打ち合わせをしたいが、オーウェンの忙しさがたたって、まとまって話し合う時間が取れていなかった。


「……さすがに、そろそろメイド長も煩わしいな」


 オーウェンはやっとルティと二人きりになると、ソファに座り込んでぼそりと呟く。


 本日は家での事務仕事だったため、ルティは執務室にお茶を届けに来ていた。


「まるで、いつでもわたしたちを監視しているかのようだ」


 最後は独り言のように尻すぼみになりながら、オーウェンは目頭を押さえる。慣れない『熱愛アピール』に、少々疲れがたまってきているらしい。眉間にはしわが深く刻まれていた。


「そういえば、君の侍女の件はどうした?」

「まだお話を聞いていませんね」


 この数日間、結局メイド長がルティの侍女の役割をしてくれている。


 といっても、身の回りのことはほとんど一人でできるので、手を貸してもらう場面は少ない。


「このままメイド長が君のお付きになるのだったら、非常にやりにくいな」


 四六時中近くで疑われているとなると、オーウェンとしては神経がすり減るようだ。


「ドレスの紐も結べるようになりましたから、お手伝さんがいなくても大丈夫と言えば大丈夫なのですが」


 オーウェンはルティを半眼で見つめてくる。


「ダメに決まっている。少しは伯爵令嬢らしく――」


 その時、コンコンとノックが聞こえてきた。外から声をかけてきたのは、たった今噂をしていたメイド長だ。


「ルティ様の侍女を決定したので、オーウェン様にご報告に上がりました」


 オーウェンの許可で「失礼します」と言いながら入ってきた侍女を見て、ルティは「あ」と声を出した。


「あなたはあの時の!」

「ルティ様。その節は、ありがとうございます」


 現れたのは、朝食の時にお茶をこぼしてしまったメイド――メルだ。


「ほかにも候補者がいたのですが、彼女がどうしてもと引かず。何度も面接をし、許可を出しました。歳もルティ様の一つ上です。いかがでしょうか?」


 赤味のある茶髪と丸い瞳のせいか、メルはどこか幼い印象で年下に見えた。


「もちろん、メルが良ければお手伝いをお願いします」


 ルティが笑顔になると、メルは口元を手で隠して感極まった様子で目をしばたたかせた。


「ありがとうございます。一生懸命お仕えいたします!」

「頼もしいです。よろしくお願いしますね」


 オーウェンの許可をもらおうと振り返ると、彼は心なしかホッとしているようにうなずいていた。侍女が決まり、メイド長の監視が薄まるのが嬉しいのだろう。


「もう少ししたら、ボーノと散歩に行きますからメルも一緒に来てください」


 メルは元気よく「はい!」と返事をする。素直で好印象だったので、ルティは安堵した。


 しばらくしてオーウェンが仕事に戻るというので、ルティとメルは庭の散歩に出かけるために退出しようとした。


「待ってくれ、話がある」


 メルには部屋の外で待つように伝え、呼ばれたルティはオーウェンに近づいた。


「なんでしょう?」

「言い忘れていたが、庭の奥の森に使われていない建物がある。危ないから、近づかないようにしてくれ」

「わかりました。それではメルと話をしてきますね。メイドたちの生の声を聞くチャンスです!」


 ルティはボーノを連れて、さっそくメルと一緒に庭に出た。


 色とりどりの季節の花が植えられた庭は、手入れが行き届いていて美しい。


 薬草やキノコを採りに行っていた野山とはまた違っていて、毎日歩いていても飽きなかった。


「――ところでルティ様は、どちらでオーウェン様と知り合われたのですか?」


 他愛のない会話をしながら散歩をしていると、メルがルティに尋ねてくる。


「すごく昔、オーウェン様がコルボール家に来たことがあるんです。それから秘かに思いを寄せていたんですよ」


 ルティは設定として考えておいた台詞を伝える。


(思いを寄せてはいなかったけど、知らないうちに接点があったのには私も驚いたわ)


 レイルの調べでわかったことだが、事実、オーウェンはコルボール邸に来訪したことがある。それは、ルティの父が新事業のお披露目会を開いた時のこと。


 オーウェンの父である当時のクオレイア公爵をルティの父は招待した。その時、オーウェンが同行していたのだ。


 しかしルティはその時熱を出していてパーティーには参加できなかったので、オーウェンがいたことさえ知らない。


 だが今は、この設定の材料として使うのにちょうどよかった。


(嘘じゃないのはありがたいわ。嘘は、重ねるほどに自分を苦しめるものだから)


 ルティはメルに優雅に微笑みかけた。


「障りがあるように感じて秘密にしていたんですよ」


 身分差が大きく、愛し合っていると切りだせなかったという言い訳もあらかじめ考えておいたものだ。


「まあ。公爵様と内緒の恋だなんて、とっても燃えますね!」

「……萌え? ええ、まあそうですね!」


 恋の話が楽しいのか、メルはそのあともオーウェンとのことをたくさん聞いてくる。あまりにもたくさん質問されたので、ルティはハッとした。


「もしかして、メルもオーウェン様に憧れているのですか?」

「そんなことありません! 私は……」


 彼女は口を濁す。その表情から、ルティは恋する乙女の心を感じた。


「もしかして、メルには好きな人がいるんですか!? 婚約者様ですか?」

「私に婚約者はおりませんし、残念ながら誰かと結婚する予定はないんです」

「そうですか。あなたはかわいくていい人だから、求婚者が殺到すると思うんですけどね」


 ルティのそれに、メルは表情を一瞬曇らせてから首を横に振った。


「滅相もないです。私のことはいいので、ルティ様たちのことを聞かせてくださいませ!」


 メルにせっつかれながら、ルティは楽しい散歩の時間を過ごした。

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