第12話


 *



「――先ほどはメルが失礼いたしました」


 深々と頭を下げながら、ワゴンでティーセットを運んできたのはメイド長だ。


 彼女の姿を見るなり、ソファに座っていたオーウェンは問答無用で隣に座っていたルティの身体を引き寄せた。


 あまりの強さにルティは半分オーウェンの胸に顔を打ちつけたのだが、メイド長は運よく見ていなかった。


 メイド長はテラス席でてきぱきとお茶の準備を始める。準備が整ったところでテラスに行くと、素敵な茶器とお菓子類が用意されていた。


「ルティ様の寛大なお心に免じて、メルは注意だけで済ませたのですが、よろしかったでしょうか?」

「もちろんです。彼女のおかげで、こうしてオーウェン様と二人きりで過ごせますから」


 ルティが二人きりを強調したのを、メイド長は理解したらしい。だが、ルティの意図とは違い、再度頭を下げると「ではおくつろぎください」と部屋の隅で直立し始めてしまった。


「ええと、メイド長さん。お仕事に戻っていただいて結構ですが」


 さきほど、あえて『二人きり』と言ったはずなだが、メイド長は引き下がる様子がない。


「いえ。片付けもわたくしが担当しますので。空気と思ってくださいませ」


 瞬間、メイド長は部屋の壁と同系色の布を身体に巻き付け、すんと気配を消した。


 そうまでされると無理に出ていってほしいとは言えない。テラスに設置されている長椅子にルティはおとなしく腰を下ろす。


「……オーウェン様、メイド長が壁になりました」

「ああ。彼女は今、完全に壁だな」


 オーウェンは、ああなってしまったメイド長はもう無理だなとあきらめた顔をしていた。


「先に言っておくが、失礼」


 オーウェンはものすごく小声で言うなり、ルティの肩に手を伸ばして引き寄せた。


 密着する形になったところでルティが身じろぎすると、オーウェンにさらに強く引き寄せられる。


「『恋人』同士としての動きを見張られているように感じる。我慢してほしい」

「もちろんです。仕事ですし大丈夫ですよ!」


 ルティが呟くと、オーウェンは困ったような表情を見せたがゆっくり頷いた。


「……そうか。ならもう一度言っておく。失礼」


 覗き込んできたオーウェンの顔が、唇の手前でピタッと止まる。


 ルティは呼吸を止めてじっと我慢した。演技だとわかっているが、あまりの近さに心臓がバクバクする。


 その間、三秒ほど。息をひそめて待つ。


「よし。メイド長が、壁側を向いた」


 オーウェンの顔が離れていき、ルティはホッとしながら新鮮な空気を肺に送り込む。彼は、メイド長に対して『キス(のような仕草)』を見せつけていたようだ。


「これでゆっくり茶を楽しめるはずだ」


 一仕事終えたような空気で、彼はけだるそうに身体を放した。


「オーウェン様が、仕事ができるっていう話は本当なんですね」

「まさか君は、わたしを仕事ができない男だと思っていたのか!?」

「違いますよ。間近で想像以上の演技しごとを見られて、感動したんです!」


 オーウェンは若干困ったように細く息を吐いた。


「ミスが許されないからな。家族が大変なことになり、使用人が路頭に迷い、部下たちに迷惑がかかる。わたしもそれなりに必死だ」

「余裕しゃくしゃくに見えますよ。わたしももっと頑張らないとですね!」


 オーウェンは意気込んでいるルティを見ると、ふっと口の端を緩めた。


「君だって好きでもない男とこんなことをして、嫌だろう。茶番につきあわせて申し訳ない」

「そんなことないですよ。オーウェン様は優しいし嫌なことはしない人のようですから、安心してお仕事できます」

「そうか」

「まあ、ちょっとお顔は怖いですけど」

「……それは余計だ!」


 つい大きな声を出してしまったオーウェンが、しまったという顔をする。それを見たルティは、クスクスと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る