第11話

 朝食会場で、ルティは用意されていた朝食を見事なテーブルマナーで食した。


 それは小さい時に両親に叩き込まれたあとも、ずっと忘れず練習を続けていた賜物だ。


(――すっごい見られてる……それもそうよね)


 ルティの一挙一動に、必ず誰かの視線が追ってくるのがわかる。本当にオーウェンにふさわしい人物なのかどうか、あらさがしをしているのだろう。


 だが、あまりにも完璧なテーブルマナーであったため、疑いの視線ははすぐに消えた。ひとまずは大丈夫そうだ。


 安心すると、食事の美味しさがより強く感じられてくる。


(さっきのも美味しかったけど、これも美味しい……)


 焼かれたベーコンは厚切りで香ばしい。卵もふわふわで、おまけにパンまでできたてホカホカ。フレッシュなフルーツジュースまで出てくるとなると、まるで天国だ。


 贅沢な食事を噛みしめていると、給仕たちとは一味違った視線を感じる。


 すでに食べ終わっているオーウェンが、横で優雅に肘をつきながらルティを見つめていた。


 レイルには、王子様っぽいセリフを言う以外の方法で、食事中に『愛しあっている恋人』の演技をしてくるようにと口酸っぱく言われている。どうやらオーウェンは、レイルに言われたことをきっちり実行しているようだ。


(オーウェン様はきっと今、恋人に熱い眼差しを向ける演技をしているのね!)


 だとすると、オーウェンのそれは大成功だ。


 突然現れたルティよりも、彼のほうに給仕たちの全神経が集中しているのがその最たる証拠。


 今日の家主の姿は、給仕たちには『愛しあっている恋人』に夢中になっている姿に見えているようだ。


 女性と目も合わせない彼が、じっとルティを見ているのだから珍しいというのもあるだろうけれど。


 彼のうっとりしているような甘い視線に照れて、給仕たちが顔を赤くしているのもチラホラ散見される。


 オーウェンのいつもと違うおかしな行動のほうが、部外者の自分よりも注目されているようなので、半分安心しながらルティは食事を終えた。


「素晴らしいお料理です。今まで食べたスクランブルエッグの中で、一番でした」

「それはよかった」


 食べ終わって感想を述べると、オーウェンは素早くルティの手を取る。そして次の瞬間、指先にキス(するふり)をしてきた。


 フロアに激震が走る。ルティは慌てて手を引っ込めようとして必死に耐えた。


「……急にするなんて聞いてませんよ……!?」


 ヒソヒソ声で抗議すると、オーウェンはわずかに首を傾げた。


「いつでも『熱愛アピール』をするようにとレイルも言っていただろう」

「そのように指示されましたが……ということはつまり、今がそのチャンスっていうわけですね!」


 ルティは素早くオーウェンの意図を理解し、彼の頬をつん、と指先でつつくふりをした。オーウェンは一瞬固まりかけたが耐えた。口元だけをニコッとさせたようだが、ちょっと……いや、かなり引きつっている。


 しかし二人の突然のスキンシップに動揺し、使用人数人が皿を落としかけ、つまずきそうになっている。どうやら『熱愛アピール』の効果はゼロでは無いようだ。


 だが不幸なことに、食後のお茶を用意していた若いメイドは、間近で二人の熱愛現場を見てしまい手元が狂った。


「――危ない!」


 オーウェンはすぐさまルティの身体を引き寄せる。


 熱い紅茶が入っていた茶器が卓上で転がり床に落ち、派手な音を立てて割れた。クロスに染みが広がっていく。


 幸いにもオーウェンが引っ張ってくれたおかげで熱湯がルティにかかることはなかったが、空気が一瞬にして凍り付いた。


「も、も、申し訳ございません!」


 粗相をしてしまったメイドは、今にも泣きそうな顔を下げて震え始めた。


「お許しくださいっ!!」

「大丈夫ですか!?」


 ルティは立ち上がるなり、彼女の手を握る。


「火傷はしていませんか? 怪我は?」

「い、いえ……大丈夫です」


 叱られると思っていたメイドは、コクコクと頷いてから肩を落として放心状態になる。オーウェンも怪我はないと身振りで伝えてくる。


「怪我がなくてよかったです。オーウェン様もありがとうございます」


 ルティのそれを皮切りに給仕たちが口々に謝罪し、てきぱきと片づけを始めた。気にしないでと言っているのに、周りの空気はいまだに焦りを含んで重たい。


 オーウェンが怒るのではないかと、ピリピリしてしまっている。


(うまくこの場を切り抜けて、恋人っぽく見せるにはどうしたらいいのかしら)


 ルティは一呼吸置くと口を開いた。


「あの……食後のお茶を部屋まで持ってきてもらえますか?」


 クロスを取り換えていた給仕がきょとんとする。


「ゲストルームのテラスで、オーウェン様と一緒にティータイムを過ごしたいのです。オーウェン様、いいですよね?」

「もちろんだ」


 ルティの提案に、給仕たちは戸惑いながらも承諾する。怒られなかったことに安堵している者も多かっただろう。


 会場から去る前に、ルティは血の気の引いた顔をしていた侍女に近寄った。


「あなたがカップを割ってくれたから、オーウェン様とお庭を見ながらお茶を楽しめそうです。素敵な朝になりそう、ありがとうございます」


 ルティのそれは、彼女を責めないでほしいという響きを持っていた。


 そんな事件もあったおかげか、給仕たちの間でルティの評価は上々に終わったようだ。

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