第14話

 それからさらに七日後。


 ルティが朝の散歩に出かけようとしたところ、扉の外でノックしようとしているオーウェンが立っていた。


「あ、あれ? オーウェン様?」


 てっきり人がいないと思っていたため、ルティは彼がいたことに驚いた。


「今朝の散歩はわたしが一緒に行こう」


 メルは、家族の調子が悪いというので今日から少しだけ休んでもらうことにした。そんな訳で、侍女がいないことをオーウェンは心配してきてくれたようだ。


 もちろん『熱愛アピール』もかねてのことではあるが、ルティとしては嬉しい。


 早朝の庭に誰もいないことを確かめ、オーウェンとルティは小さな声で会話し始めた。


「メイド長の詮索の目が緩んで、だいぶ楽になった」


 それはよかったなと思ったのだが、ルティは最近感じていたあることを相談する。


「ですが、『熱愛アピール』が順調とは言い難いんですよね」

「わたしも気になっていた。誰かが意図的に君の悪い噂を流しているように思う」


 ルティとオーウェンは、同時に首を傾げた。


 実はここ数日、ルティのおかしな噂話が屋敷内に出回っている。高慢な態度を取られたとか、睨まれたとか、足を引っかけられて転んだなどなど。


「もちろん、身に覚えはないのですが……」

「君の評判を落とし居心地を悪くし、屋敷から出ていかせようとしているのだろう。わたしに気のある人間が噂していると推測している」


 オーウェンに憧れていたのならば、突然現れたどこの馬の骨ともわからない『恋人』は目障りに決まっている。


 彼に憧れていればいるほど、ルティに対する嫉妬は増幅するに違いない。


「そんなことでめげませんし、最後まできっちりお仕事をしますから安心してください」


 オーウェンは「当り前だ」と口をへの字に曲げた。


「ところでコルボール伯爵令嬢。どこへ向かっている?」

「元、ですよ。行ってみたかった場所があるんです。ついて来ていただけますか?」


 オーウェンと一緒に庭を散策しながら、ルティは建物の裏手へ曲がった。


「そっちは、メイドたちがいる」

「メルが止めるので行かないようにしていたんですが、いつもお世話してくれるお礼がどうしても言いたくて」


 ルティはオーウェンが止めるのも聞かず、ワクワクしながら建物の後方に回る。すると、洗い物をする広い場所が現れた。メイドたちの姿もたくさん見える。


「朝からお仕事をしてくださって、ありがたいですね」


 ルティが礼を言いに出ていこうとすると、オーウェンに手を引かれて木の影に隠れるような形になる。


 なんだろうと思っていると、静かに、と鋭い口調で言われた。


 聞き耳を立てていると、タイミングよくルティの噂話が聞こえてきた。


「……まさか本当にオーウェン様が女性を連れてくるなんて思ってなかったわね」

「オーウェン様と愛し合っているっていうから、どんなご令嬢かと思ったら、意外と庶民っぽい人よね」

「素朴な感じがいいのなら、私のほうがピッタリなんだけどなぁ」


 まさしく彼女らの口ぶりからは、オーウェンへの憧れが滲んでいる。会話を耳にしたルティは、顔を上気させながらオーウェンの腕を揺すった。


「オーウェン様、私が話の話題になっていますよ。まるで人気者になった気分です!」

「君の頭は、少々能天気の成分が多く含まれていないか?」


 すると、一人のメイドが口を開く。


「……ねえ、やっぱり、ルティ様が恋人っていうのは嘘なんじゃないかしら?」


 ルティはドキリとしてオーウェンを見上げる。彼も途端に怪訝そうにしたが、このまま様子を窺うことにした。


「急きょ慌てて来たって感じが否めないわ」

「言われてみれば」

「男性趣味の噂を払拭するため、一時だけ『恋人役』を引き受けたとか!」


 時として、女性の勘というのは驚くほど鋭い。


 このままルティのことを疑う人数が増えれば、『偽恋人』であることがバレてしまうかもしれない。そうでなくとも、猜疑心が増すのはよくない。


「オーウェン様に釣り合わないし、恋人らしくないと言われてみればそうよね」

「でも、オーウェン様は大事にしているように見えるわ」


 聞いていると、どうやら使用人たちの間でもルティに対する意見が割れているようだ。


「でも、いくらオーウェン様の恋人だとしても、豚を連れてくるなんてありえないわよね」

「そういえば、オーウェン様は生き物がお嫌いだったっけ」


 口々に好き放題言い合う声が絶え間なく聞こえてくる。あることないこと言われたのを聞いていたルティは、突然オーウェンの手をすり抜けて飛び出した。


「あっ、コルボール伯爵令嬢――!」

「オーウェン様は、ここで待っていてください!」


 ルティは頬を上気させながらメイドたちの前に姿を見せた。

 悪口相手が目の前に急に現れたことで、メイドたちは震えあがって一斉に頭を下げる。


「ルティ様……これはその……」

「聞き捨てなりません!」


 その場で一番年長と思われるメイドがおずおずと口を開いたのを、ルティは大きな声で一蹴した。ぴしゃりと言われて、彼女たちは身を縮める。


「いいですか、みなさん。顔を上げてこちらにいらしてください」


 まさかビンタされるのではないかと全員が恐怖を感じたところで、ルティはボーノを持ち上げてみんなの前にかざした。


「この子は豚ではなく真珠豚のボーノです!」


 ルティを止めようとして伸ばしていたオーウェンの手が、その瞬間に宙をさまよった。


 オーウェンは木の影から「まさか、そっちに怒ってるのか!?」と目を丸くしている。


 しかしルティはそれどころではなく必死だ。


「少し白くない……というかクリーム色ですが、れっきとした真珠豚なんです!」


 急に真珠豚について熱弁をふるわれたメイドたちは、ぽかんとしたまま固まった。

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