第2話

 思わずルティは不躾なのを承知で、穴が開くほどオーウェンを凝視してしまった。


 彫像のように整った容姿に、騎士として引き締まった身体。どこをどう切り取っても美しい彼が女性とつきあわないなど、それこそ大ぼらにしか聞こえない。


 かつ、見合いを断り続けているというのに恋人がいるだなんて、おかしさ満点。むしろ疑ってくれと言っているようなもの。


「もう少しまともな感じに嘘がつけなかったんでしょうか?」


「ほんとそれ、僕も困っちゃってて」


 レイルはほとほとあきれ返っている。


 さらにオーウェンは浮いた話の一つもなく、女性と一緒にいるのを目撃した者が一人もいないとかなんとか。


 人々を魅了する容姿とは反対の、徹底した素っ気なさすぎる対応で有名だ。


 そんな堅物中の堅物であるオーウェンが、『愛しあっている女性の恋人』がいると主張しても誰も信じようとしない。


 水面下では男性趣味ではと言われていたのが、再浮上してしまう結果となり、さらに強く男性趣味を疑われることになってしまった。


「身から出た錆すぎますね」


 ルティの素直な反応にレイルは苦笑いし、オーウェンはさらにムスッとする。


「あまりにも騒ぎになってしまったから、この間、議会まで開かれることになったんだよ」


 国の重要事項を決める議会にまでオーウェンのそれが話題になるとは、国が平和な証拠とはいえ、なんとも言えない苦い気持ちになる。


 しかし、王弟殿下をお護りする重要な役職に就いているのだから、そこまで大仰なことになっても仕方のないことかもしれない。


 そして前回の議会に招集された時、そこでオーウェンの上司である王弟殿下が助け船を出してくれたそうだ。


「三ヶ月後の殿下主催の舞踏会に、『愛しあっている恋人』と一緒に参加するようにって王弟殿下からの勅命だよ」


「ああ、なるほど!」


 社交の場にオーウェンが女性と参加し、王弟殿下が二人を恋人認定したら、男色の噂を完全に鎮火できるということだろう。


 公の場で殿下が声を大にして言えば、それ以上は誰もなにも言えなくなるのは当然だ。


 それに、三カ月の猶予があれば、相手役の女性を見つける余裕もある。


 一度はそれで収まりそうになったのだが、クオレイア家と折り合いの悪い大臣が要らぬことを提言した。


「その一度きりでは『愛しあっている恋人』だと証明できないので、当日までの間、屋敷で恋人と一緒に過ごしてはどうかと意見が上がってね」


「……うわぁ……」


 明らかに、オーウェンを良く思っていない思惑が感じられる。


 彼の足を引っ張る発言ではあるが、貴族界の派閥争いではよくあることなのだろう。ルティは貴族たちの腹黒さに少々引いてしまった。


 しかし下手に大臣の意見断るよりも、ここは黙って大臣の進言を受け取ったほうがいいと王弟殿下も判断した。


「それで愛し合っていると認める要素が増えるのなら……というわけで、オーウェンは『愛しあっている恋人』と屋敷で生活をともにし、三ヶ月後の舞踏会に一緒に参加することを、議会で誓約させられたわけ」


 誓約までさせられるとは、ルティの想像よりも状況は緊迫しているようだ。


「こうなったら相手を探そう! っていう間合いで、ルティ嬢が現れてくれたんだよね」


 まさに、飛んで火にいるなんとやら。


「ちなみに、オーウェン様が男性趣味というのは、本当に嘘なんですね」


「当り前だ」


 今まで黙っていたオーウェンが、即座に恐ろしい顔で否定してくる。レイルは苦笑いしながら、身を乗り出してきた。


「厄介な噂だよね。だから、盛大に熱愛アピールをして、噂を払拭してほしいんだ」


「……――熱愛!?」


 レイルは「そう、熱愛」とニコッと微笑んだ。


「まさか恋人のふりだけじゃなく、三カ月もの間『熱愛アピール』をしろということですか?」


「ご明察!」


 オーウェンに『愛しあっている恋人』がいることを証明する。たしかに、それ以外方法が見つからないとはいえ、あまりにも無謀だ。


「ちなみに、私が『偽物』だと知られてしまったら、どうなるんですか?」


「殿下に虚偽の誓約をしたわたしは罷免、クオレイア家は地位を奪われ、君にはこの超高級宿の代金の請求とわたし個人の恨みの念が送られる」


 オーウェンの回答に、ルティは思いっきり眉間にしわを刻んだ。レイルは両手を合わせて懇願してくる。


「もうあとに引けない状況なんだ。ルティ嬢には、ぜひ協力をしていただきたくて」


 あまりにも八方塞がりの状況すぎて、むげに断りにくい。


 断りにくい、でも――。


 すぐに返事ができないでいると、オーウェンが含みのある視線を向けてきた。


「わたしは、相手がわたしに対する悪意やよからぬ下心を持っているのがわかる」


「えっ!?」


「そういう人間に触れると、手の平に激痛が走る特異体質だ」


 聞いたことのない症状にルティは目を見開く。


 ――これは、少々ではなく完全に訳ありすぎだ。


「ちなみにこのことは近しい者しか知らない。ぜひとも他言しないように頼む」


 ルティはそれを聞くなり、自分の髪の毛をガシッと掴んだ。


「どうしてそんな重要な秘密をサラッと私に暴露しちゃうんですか! 聞いたら強制参加確定っていう流れですよね!?」


「せっかく『偽恋人役』をしてもらうのだから、手の内は明かさないとだろう?」


 油断したと思ったがもう遅い。公爵家の秘密を知ったのなら逃げられないぞというオーウェンなりのおどしだ。


 断ろうものなら、機密事項の漏洩を盾にルティと弟の身柄をどうとでもできる。


「触れないのにどうやって『恋人役』をするんです!?」


「知恵を今から出し合うしかない」


 耳を塞いでも聞いてしまったのだから戻せない。オーウェンは『偽恋人役は』決定事項だとしれっと言い切った。


「そもそも断らないと誓ったのは君だ。そうだろう、コルボール伯爵令嬢?」


「そうですけど。こんな複雑な状況で、そんな内容だとは知らなくて。あと、元伯爵令嬢です」


 短絡的だった昨日の自分の頭にげんこつを入れたい。ルティはうーんと唸ったあと、肩を落とした。


「請け負うと安易に言ったのは、自分の責任ですね」


 そう、ルティだって、困っていた時に多くの人に助けてもらった。


 修道院長をはじめ先輩の修道女、近くに住んでいる住民などみんなが優しかった。そのおかげで、ルティは今も頑張れている。


 だからこういう時は、お互い様なのはよくわかっていた。オーウェンが必死だということは、痛いくらい理解できるそして、頼れる人がいないということも。


「……わかりました。『偽恋人役』として公衆の面前で『熱愛アピール』するお仕事を引き受けます」


「助かる」


 断らせるつもりはなかったみたいだが、側近もいる前できちんとルティが承諾したのでやっとオーウェンは安心したようだ。


 そうと決まれば、ルティとしては気持ちを前向きに切り替えるしかない。いつまでもグチグチ言うよりも、現状打破に努めるべきだ。


 衣食住の保証付き、さらに留守中の弟は修道院だけでなく公爵家の保護下にも置かれる約束も取り付けた。


 三ヶ月で弟の学費の援助のまで受けられるのであれば、むしろオイシイ仕事に違いない。


「それでは、今からしっかりがっちり、オーウェン様を愛すように努めますね!」


 ルティが宣誓するようにドンと胸を叩くと、オーウェンは目をぱちくりさせながら眉をひそめた。


「……あくまで『役』だから、本当にわたしのことを好きになってもらわなくてもいい」


 ルティはエッヘンと胸を張った。


「ご安心ください! オーウェン様は私の好みのタイプとは違います」


 はっきり言ってのけるとレイルは固まり、オーウェンは一拍の沈黙のあとくすくす笑い始めた。


「それなら気兼ねなくていい。お互いに好きにならないと約束しておこう」


 オーウェンはなんだか嬉しそうだ。きっと本当に困っていたのだろう。解決策が見つかって、緊張がほぐれたような表情からは、冷徹そうな印象は薄らいで見えた。


 人助けは良いことだと修道院でも毎日教わる。形はどうであれ目の前の困っている人を助けられるのなら、それはきっと今後のルティの徳に繋がるはずだ。


 今日一番穏やかな雰囲気になると、オーウェンは気づかないほど小さく口の端を持ち上げた。


「ではこれからよろしく頼むよ、コルボール伯爵令嬢」


「今から私たちは、運命共同体ってやつですね!」


 偽装に見えないように『愛しあっている恋人』として、公衆の面前で三ヶ月間『熱愛アピール』をする。


 一見おかしな内容にも思えるが、ルティはこの『偽恋人役』という仕事を引き受けることになった。


 まさかこれが、彼女の運命を大きく変えるとも知らずに――。

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