第3話


 *



 五日後に迎えに行くとルティとの約束を取り決めたあと、オーウェンはいったん屋敷に戻るためにクオレイア公爵家の豪華絢爛な馬車に乗り込んだ。


 黒毛の馬が走り出すなり、向かいに座ったレイルがニコニコしながら口を開く。


「あんなにきっぱり、君に向かってタイプじゃないって言った女の子を見たことないよ。たいがい惚れられちゃうもんね、オーウェンは」


「…………」


「君の地位を知ればなおさら、女の子たちは目の色を変えるんだけど」


 レイルは珍しいものを見たと言わんばかりに、口元のにやつきを抑えきれていない。


「面白いなぁ、ルティ嬢は。むしろどんな男性がタイプなんだろう。気にならない?」


「……なるもんか」


 オーウェンはレイルを一瞥してから、ふうと息を吐いた。


 側近という立場ではあるが、レイルはオーウェンの幼馴染であり、小さい時から一緒に育った仲だ。


 さらに、法律家を多く排出する公爵家の家系の出身でもあり、オーウェンに対する口調は極めて砕けている。


「どんな恋人相手役の子を見つけたのか心配していたけど、ひとまずルティ嬢に問題はなさそうだね。弟の進学にしか興味がなさそうだし」


「彼女の弟は、公にはわからない形で手厚くサポートしてくれ。修道院長にも連絡を」


「もちろん。君の立場を知った上で、良心とたったそれだけの報酬で承諾してくれる人が現れるなんて思わなかったよ。彼女を逃したらほかにはいない。尊大な態度をやめて大事にしなよね」


「いわれなくとも」


 公爵という地位だけでも、クオレイア家当主の妻の座を狙う女性は多い。


 それに加えて男性でも息を呑むような美貌が災いして、オーウェンは対人関係では良い思い出が一つもなかった。


 ルティじゃなければ、高額な報酬を要求してくる人間はいくらでもいただろう。


 それだけならまだいい。


 あわよくば妻の座をと、したたかに打って出てくるものも中にはいるはずだ。というよりも、そっちのほうが大半だろう。


 オーウェンはつくづく運が良かったと胸中で息を吐いた。


 さらにルティが現在は貴族ではなく派閥に所属しておらず、社交界デビューしていないというのは願ってもいない好条件だ。


 対立派閥と少しでも繋がりがあれば、計画が漏れる可能性がある。


 色々な意味で偶然とはいえ、お人好しすぎるな彼女と出会えたのは幸運だった。


「うまく行くように手伝ってくれ。お前のクビもかかっているんだからな」


 釘を刺すようなオーウェンの視線と一言に、レイルはすぐさま表情を引き締める。


「もちろん。さてこれからどう『熱愛アピール』するかも考えなくっちゃね」


「ああ、そうだな……」


 ひとまず安心材料が見つかったのはよかった。オーウェンは息を細く吐くと、目をつぶった。

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