第1章 お互いに好きになってはいけません
第1話
【名前】
オーウェン・クオレイア公爵。二十二歳。独身。
【経歴】
騎士学校時代から王弟殿下と友人であり、現在は殿下の近衛騎士。
半年前にクオレイア家当主を正式に受け継ぎ、公爵となる。
【性格】
仕事に真面目で一筋、実績も多く殿下の近衛騎士隊長候補と言われる豪傑。
ただし、誰にでも隙を見せず素っ気ない、ものすごくカタブツな人柄。
そして、少々訳あり。
「……っとまあ、オーウェンの概要はこんなもんかな」
大雑把な説明を終えた人物はオーウェンの側近だという青年だ。気さくな様子で、レイル・グレイシャーと名乗ってくれた。
ゆるくウェーブする淡い茶髪に栗色の瞳は愛嬌がある。人好きのする幼い顔立ちと明るい雰囲気が、堅物感のあるオーウェンとは対照的だった。
しかしその実は三大公爵家の一つ、法律を司るグレイシャー家の分家次男だというので、ルティは色々と驚いて思考が追いついていない。
そもそも、突然家を乗っ取られたこともあり、ルティは社交界デビューすることもなく修道院に入ってしまっている。お偉いがたの名前くらいは知っているが、まさか自分の目の前に現れて対峙するとは思ってもいない。
実はルティは昨晩、オーウェンに圧力をかけられて、首都の超超超一流宿にボーノとともに宿泊していた。
なんだかまずいことに巻き込まれそうだから聴取終わりに逃げようとしていたというのに、あれよあれよという間に、ホテルの特大の部屋に押し込められていたのだ。
公爵家の圧と仕事の速さはとんでもなかったと、今でもびっくりしている。
部屋に押し込められたとはいえ、逃げ出せただろうと想うかもしれないが、『逃げたら宿泊代の請求書が届くからな』という、とっておきの台詞まで添えられてしまいどうにもできなかった。
結局オーウェンのなすがままになってしまいなにもできず、こうして今日を迎えている。
そして今朝早くから、彼の側近のレイルがルティの宿泊する豪勢な部屋にやってきているのだった。
たった今説明された内容にルティが訝しんでいると、レイルはニコッと微笑んだ。
「というわけでルティ嬢。約三カ月間、オーウェンの『偽恋人役』をお願いできると聞いているよ」
「……そうですが、訳ありとまでは聞いてないと言いますか」
ルティはお茶を飲んで心を落ち着けようとしたが、ちっとも味がしなかった。
(そもそも『恋人役』を頼むくらいなんだから、事情があるのはわかるけど)
後先考えず承諾してしまったのを、今ちょっと後悔している。急に『偽恋人役』だと言われたって困るというものだ。
そんな仕事は聞いたことがない。
……しかし、目の前の貴族の中の貴族という二人を相手に、今さら断れる勇気は出ない。
やっぱりやめますなどと口走ったら、オーウェンは違約金だとでも言いそうな恐ろしい雰囲気を醸し出している。……いや、もともとそういうお顔立ちなのかもしれないが
「もう少し詳しく教えてもらってもいいですか? 状況がサッッッパリです」
言いながら、ルティは目の前に座る人物――オーウェン・クオレイアをまじまじと見入った。
(改めてみると、美男子ってこの人のための言葉ね)
青みがかった黒髪に、意志の強そうな淡いブルーサファイア色の瞳。
ルティより五つ年上の二十二歳ということだが、造形が整っているので年齢よりも大人びて見える。決して、恋人に困るような容姿でも地位でもない。
それなのに、ルティのような元貴族の修道女にこんなことを頼んでくるなんて。
「いったい、オーウェン様の身になにが起きているんですか?」
ルティの質問には、レイルが答えてくれた。
「首都では、オーウェンのよからぬ噂が囁かれているんだよね」
「噂?」
「――クオレイア家の長男、オーウェンは男性趣味である。ってね」
「はいぃっ!?」
ルティはそれを聞くなり素っ頓狂な声を上げてしまった。オーウェンにじろりとされたので、慌てて口元を抑える。
レイルは困ったように眉毛を下げた。
「これが意外と厄介でね~。一般人の恋愛は自由だけど、騎士たちは別だから」
もちろん、誰が聞いても面倒なことに間違いなかった。
この国の騎士たちは、騎士道に反するような恋愛も結婚も、罷免の口実になる。
ましてやオーウェンは王弟殿下の直属。
剣に誓っているため、規律外の恋愛は違反となり、懲戒免職の対象とみなされる。
「それに、男性趣味の噂を知った大臣たちが、殿下の身の安全を危惧して大騒ぎ。オーウェンを近衛騎士から除名すべきと、騒ぎ立てはじめたんだ」
そしてルティが山でせっせと薬草摘みをしている間に、首都でそれはそれは大変な騒ぎになっているそうだ。
下手すると、国王のおひざ元である王都で査問委員会が開かれる、という話まで持ちあがっているらしい。
「今はここ首都だけで噂が留まってくれているけど、王都まで飛び火したら大変だ。真偽を確かめに監査役が来てしまうからね」
つまり、身に覚えのない噂によって、オーウェンは騎士の職を罷免されかねない状況というわけだ。
「どうしてそんな噂をみんなが信じてしまったんですか?」
「オーウェンが見合い話を断り続け、誰彼かまわず素っ気なくしていたからだよ」
公爵家の地位を貶めようとしてくる人々の仕業なのは間違いないが、とレイルはあきれたと肩をすくめた。
つまりは、振った相手に逆恨みされたと同じと思っていいだろう。
「でも、それ以上にまずいことがあってね。男性趣味の噂を払拭させようとして、オーウェンが言った『大ぼら』がこれまた酷くて」
どんな嘘をついたのだろうと、ルティはレイルの言葉を待つ。
「――自分には『愛しあっている恋人がいる』と言ったんだよ」
実際には恋人どころか婚約者もいないのにね、とレイルは隣に座る渦中の人物をちらりと見る。さすがにルティもポカンとした。
「オーウェンは二十二歳になる今までの間、一度も見合い話に応じたことがないのに」
「……う、うわぁ……」
見事なまでに空振りの嘘だ。
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