しるべ

花野井あす

しるべ

 私は靴を探していた。


 もう間もなくこの世界へ訪れるであろうひとりの娘のための、美しく強い靴を。


 妻は日々はらを膨らませて娘を呼ぶ支度をしている。ならば夫である私も妻を見習って備えねばならぬ。そう思案おもって私は靴屋を巡っていた。


 家族友人は妻がたいへんに愚鈍ぐず醜女しこめだと罵るが、私にとってはさとく可憐なひとである。きっと娘も彼女に似て聡く可憐なひとになるだろう。そんな娘のための靴を、私は求めているのだ。


 華美で実の用がないもの、利便に富むが無骨なもの。これらは私の娘に相応しくない。似合いではない。私は彷徨った。娘にはきっと白い天竺牡丹ダリアの花のような鮮やかさの中に黒瑪瑙オニキスのようなしたたかさのある靴が好いに違いない。


 ああ約束の日が近い。

 私はきっと見出して見せると言葉を交わしたというのに、望みのものはまだ手元にない。


 妻は静かに語りかけた。

 確固たしかなものは要らない。きっとあなたが手招いてくれるに違いないのだから。きっとわたしが背を押してやるに違いないのだから。だからお帰り。わたしたちの元へお帰り。


 私は妻と娘のそばに在る事を決めた。

 私は妻とともに、海辺を漂う小石に過ぎない娘をみちびくことに決めた。

 私は妻とともに、娘が夜空に瞬く北極星ポラリスになれるよう、ひとつのしるべになることを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しるべ 花野井あす @asu_hana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説