第24話 裏に潜む影
ロイたちが宿で話し合いをしている最中のことだった・・・。
「…やはり、カレは素晴らしいですねー」
「ええ、それはもう神に選ばれているとしか思えないほど…」
暗い森の奥深くにある、誰も寄りつくこともない辺鄙な場所に立つ城。
その一階にある大広間から水晶を通して覗き見る怪しげな黒ずくめの二人が話していた。
「スキルの価値が計り知れません。リスクを負ってまでギルドへ潜入し情報を持ち出した甲斐がありましたねー」
「スキル『変蝕』。相手に干渉し書き換える力。これは神のみ技とも呼べるでしょう。ぜひ、我らにご協力いただかなくては」
「であれば、さっそく動き出すとしましょーねー」
「ええ、では行きましょう。我らが同志よ」
黒ずくめの一人が指を鳴らすと、誰もいないはずの大広間から瞬時に、二人と同じ衣装を纏う黒づくめの者たちが現れた。
彼らは二人に跪き、頭を垂れている。
その姿はまるで王を慕う家臣のように。
「さて、ロイセーレンのスキルを奪うために皆さんも力を貸してくださいねー」
ハッ。という一言が響き渡り、彼ら黒づくめ約百人ほどが散って行った。
「カレのスキルが手にできれば後は私たちの勝利ですねー」
「ええ、スキルの力で世界を掌握。そして次の王となり、私たち『イクス・マキナ』が全てを従える。これも遠い未来ではなくなりました」
「はい。その間はしばし戯れる時間ですねーどうですか一局?」
黒づくめの一人は近くの駒遊戯を提案する。
「いいでしょう。この間を興じるのも私たちの特権ですからね」
もう一人も了承し、しばらく駒の鳴らす音だけが聞こえていた。
・・・・・・・・・
イクス・マキナという組織が動き出したことを予見した者たちがいる。
「どうやら奴らが動き出した様です」
淡々と述べる声の主は、静かにけれど花のように可憐な女性の声色で伝える。
「・・・そうか」
低く太いその声は周囲に威圧感を与え、圧倒的な強者所以の絶対的な力…魔力が溢れかえっていた。
この圧力に耐えかねた彼女は恐怖のあまり小刻みに震える。
「・・・そう怖がるな。これは怒りではない・・・喜びだ」
「…喜び、ですか?」
「それと、ロイセーレンがダンジョンへのクエストを終えた後に僅かながら魔力の流れが変わったとの報告が」
「・・・ロイセーレン。奴とは一度手合わせをしたが、ふっ・・・面白い奴だったな」
主と呼ばれる男は思い出して笑みをこぼす。
「主がそれほど気にかけるロイセーレンとはいったい何者なのですか?『テトラ』からの報告によると彼はギルドの中で最も弱いと聞いております」
テトラという人物からの報告を真に受け止める彼女は、主にその真偽を問いかける。
「・・・奴が弱い?魔力量や身体能力だけで見れば並以下だろうな…」
主が同意したことにホッと胸を撫で下ろす。
「であれば、やはり彼は…」
「・・・だが奴の力はそれだけじゃない…」
力を込められた言葉に彼女は身動きが取れなくなる。…失態だ。主の言葉に横槍を入れたのだ。もはや死ぬしか…。
主が紡ぐ言葉に固唾を飲んで待つ。
「・・・奴のもつスキルが紛うなき強さを持っている。・・・我を凌ぐほどの力をな」
「あ、主よりも強いなどそんなの考えられません!」
真っ向から否定し、ハッと慌てたように頭を下げて謝罪する。一度ならず二度までもここはやはり死ぬしかないのかと脳裏をよぎったが。謝らなくていいと、主は許す。
「・・・奴の欠点はそのスキルを完全に掌握していないことだ。・・・不完全な内は敵にすらならないだろうな…」
「では、今のうちにロイセーレンを始末しておきますか?」
彼女は命令を下せばいつでも動けることを主に訴える。
「・・・必要ない。奴は『最悪のシナリオ』に不可欠な人間だ。・・・それを回避してからでも遅くはない」
「最悪のシナリオ…。それは世界を混沌へ変える世界の意志ですね。主もそこへ参加されるのですか?」
「・・・ふっ、我はあくまでも傍観者だ。
・・・シナリオには入っていない…が。奴らが不利に損じるか、あるいは妨害に遭うことがあれば手を出すしかあるまい」
常に余裕の佇まいで先の未来を見据える主に彼女は心を奪われていた。
…それに今日はよく喋るのでもっと話したいという欲が溢れ出ていた。
「世界にすら牙を向き、我らを導く主。ずっとあなた様について行きます」
彼女は誓いのために手のひらに刻まれた紋様を向ける。紋様は赤く光り出し主の魔力と交わる。
「・・・では、
主の周りには先ほどの彼女を含めて九人の亜人種が集まっていた。
「我らが命は主のもの…、我らの導きは主の進む道…、我らの心は主と共に…。
集う我らは『ディザデストリー』…。
主の望むがまま、裏世界を統べし、平和と秩序を保つことを誓う…」
誓いの言葉を九人が言い終えると。
「行きましょう。我らが主、『ヌル』様」
先ほど主と話していた彼女が、八人の思いを代弁した。
ヌルと呼ばれた主は誓いに答える。
「・・・いいだろう。・・・では来るがいい…世界の全てをみせてやる」
ヌルとその仲間たちは一瞬にしてその場から姿を消した。
跡形もなく影すら残すことなく…。
在るのは消えた蝋燭の蝋と静寂だけだった。
・・・・・・・・・
荒廃した大地。
草も木も花も咲かず、ただ濃密な魔力と暴れ狂うモンスターが跋扈した世界。
しかし、この世界を統治したものがいる。
それは魔王と呼ばれる魔を従えし絶対的な力を持つ王。
その王は自分の城に付き従う部下を集め、話し合いを始めようとしていた。
「…表をあげよ」
膨大な禍々しい魔力を視線のみで威圧するのは、玉座で脚を組み頬杖をついた王。
この玉座の下にいるのは七人の魔族。
彼らは命令に従い顔を王に向けた。
「おまえたちを呼んだのは他でもない」
淡々と告げられる言葉に魔族たちは耳を傾けている。
「…まもなく災厄が訪れようとしている。この魔界にな。おまえたちにはしてもらいたいことがある」
低く冷たいその声は聞いたものを震え上がらせるには十分過ぎるほどの力が込められている。
「人間を滅ぼす。そのために力を
「…恐れながら魔王さま」
魔王と呼ぶのは、漆黒の長髪に禍々しい赤き瞳をもつ少年にも少女にもみえる魔王の側近は言う。
「なぜ人間を滅ぼすのですか?この魔界に人間が立ち入ることはできませんし、放っておいてもよいのではないでしょうか?」
魔界全土にはそこらに大気中の猛毒が漂い、この魔王城を中心に離れた荒廃する土地では常に凶暴なモンスターが生まれては滅び続け、ほとんどの種族には多すぎるほどの濃密な魔力が吹き出している。
どれも人間にとって死地に等しいこの場所が狙われるとは到底思えない。
「そうだな。これは人間が攻めてくるという単純な話ではない」
「と、申しますと?」
「未来視の出来る者から世界が滅びゆく運命にあることがわかった。それも遠くない未来にな」
側近一同は驚愕する。
世界が滅びるなど想像もしていなかった。
魔王が戯言を口にしているだけと考えたがそうではないらしい。
「それと人間がどう関係あるのですか?」
「人間の中に、『滅びの因子』をもつ存在がいるとわかった。場所は不明だが近いうちに覚醒するとわかった。そうなる前に我らの軍勢で人間を滅ぼすのだ」
「しかし、人間という種族そのものを滅ぼすにはあまりにも数が多すぎます。彼らは何度も過去の戦争で小さく生き残り、発展を遂げて大きくなっております。ここは、人間との話し合いを設けるべきでしょう」
「ふむ。そうか」
魔王は長考する。
その間側近たちはただ待ち続けた。
「…よし、決めたぞ」
魔王はようやく口にする。
「滅びの因子は人間に探させるとしよう。これよりセントラルへ赴き、人間との話し合いをつけてこい。その役はお前だ『サタン』」
「かしこまりました。このサタン、魔王様のために力を払って参ります」
胸に手を当て忠誠を誓うサタン。
頭を下げ長髪で顔が見えないが、赤き瞳が爛爛と輝き、選ばれたことへの喜びを隠しきれていなかった。
「おまえの部下は好きに使ってもかまわん。万が一の時は実力行使でもいい。任務を果たせ、期待している」
解散せよ。という一言により側近の魔族たちはその場から忽然と姿を消した。
魔王は窓に映る紅き月を見て物思いに耽る。
(おそらく…この騒ぎに気づいた人間側は奴を召喚するだろう。…いつの時代でも人間というのは厄介極まりないな)
不敵な笑みを溢し、これからのことを思案している最中、眠気に襲われてしまい。
その場で眠りについた。
・・・・・・・・・
中立国セントラル。
どこの種族にも属さないこの国家に、不測の事態が起こっていた。
「やめろ!この国でそんなことをすれば、世界が分断されてしまう!」
一人の聖職者が大声をあげるが、他の聖職者に身動きを封じられ、その場で拘束される。
「これは、神の決めたことなのですよ」
「教皇様…」
教皇と呼ばれた年老いた男は、教会中央の広場に立つ。
「魔族たちも動き始めました。我らだけ足踏みをしている場合ではないのです」
教皇は杖を片手に床を叩くと魔法陣が浮き上がる。
「では、始めてください」
聖職者たちが次々と読み上げている詠唱。
それは聖書の中に含まれる魔法発動の儀式。
読み上げるたびに彼らの魔力が魔法陣へ注がれていき、一人また一人と魔力切れで倒れていく。
最後の一人が倒れたところで教皇は唱える。
「余は世界の平和を求めし者―――。
限りある同胞たちの無垢なる力を束ね。
訪れる狂乱の世界に、一筋の希望に変えよ。
理を超え、数多に無数にある万象から、一縷の勇ましき力をここへ―――。
聖なる我らの導きに―――。
汝、呼びかけに応じるならば来たれ。
命運に従い、己が力を示し、時空の狭間より顕現せよ―――!!!」
魔力の解放による突風が吹き荒れる。
魔法陣は白く輝き、目にすることが困難なほどの光が教会内に包まれた。
「…あれは?」
拘束された男はくらんだ目を直すように開くと、そこには一人の人間がいた。
「よくおいでなさいました、『勇者』様」
教皇は手を叩き、成功だと喜びに浸り。倒れていた聖職者たちも拍手を送っている。
「…ここは、いったい?」
魔法陣によって召喚されたのは、若い青年だった。みるからにこの世界のものではない服装をしている。
茶髪に童顔ではあるが、整った容姿をしている、よく見ると人間にしては背丈が高い。
白いマントを身に纏い、中は真珠色の甲冑を身につけている、どちらかといえば騎士に近いのだろう。
剣を両腰に二本装備しているのも気になる。
「ここは異世界でございます。あなたにはこの世界を救ってもらいたいのです」
「…世界を救う、俺が?」
深緑の瞳が不安を隠しきれていなかった。
青年を召喚した教皇は優しい笑みとは裏腹にそこ知れぬ野望を抱えていた。
それぞれの思惑がこの時動き始め、ロイたちも巻き込まれることになる。
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