第25話 勇者

試練を終えてから一週が経ち。

今日もギルドからクエストを受けて帰ってきたところ。


ギルド内が異様に騒がしい。


「・・・・・聞いたか?『セントラル』のこと」


「・・・・・あぁ、まさか本当に」


「・・・・・信じられないぜ」


冒険者たちがザワザワと何か噂をしているようだ。


いったい何があったのだろう?


この前のダンジョンの件を含めて日頃から世話になってることだし力になりたい。


アミさんが困ったような顔をしていたので声をかけてみた。


「アミさん、何かあったのですか?」


「えぇ…。ロイくん、どうやらセントラルに勇者が召喚されたらしいの」


「勇者?」


アミさんによると、セントラルを治める王族が異世界から勇者を召喚したらしい。


魔族が人間に宣戦布告をしたらしく、最悪の場合は戦争にまで発展するとのこと。


人間側は対抗手段として勇者の力を使って危機を逃れようとしている。


このフィオネストはセントラルの管理下にあるため、クエストの依頼も魔族に対するクエストを優先的に扱うようにと指示をされ。

現場は慌てて準備を進めてるようだ。


アミさんは一通りの説明を終えると、忙しなく次の仕事に戻ってしまった。


大変なことになってるな。


他人事ではないんだろうが、あまり実感がない。これまでのクエストによる影響なのか定かではないが。今は下手に触れないほうがいいだろう。


冒険者たちも不安になっている。


俺はギルドのテーブルでうずくまる二人に声をかけた。


「いつまで縮こまっているんだ?切り替えろよ、明日もクエスト受けるからな」


俺はクリスの肩を叩き慰める。


「ねぇ。もうクエストなんてしなくてもいいんじゃないの?あたしたちは財宝を持ってるのよ?なんでまたクエストをやる生活に戻ってるの?」


涙目のクリスは納得いかないと意見する。


「にゃー。今日も最高でしたー」


マオはいい顔でニヤニヤしている。

満足そうだ。


「いいか?前にも言ったが俺たちは伝説の最強パーティーになるんだ。このクエストくらいで弱音を吐いても仕方ないだろ。

確かに財宝を手に入れて借金返済もできた。だが、遊ぶために使ってたらそのうち絶対になくなる」


クリスのことだ。いくら大金とはいえ、一年足らず使い切るのが目に見える。


「それでいいじゃないの。何が不満なの?」


当然とばかりに言い切ったこの天使に呆れたが続ける。


「財宝はパーティーの運用資金にする!武器の新調や魔道具、ポーションなんかの購入にあてるぞ」


「そんなのいつもやってることじゃないの。それに武器ならこの前もらったやつがあるでしょ。何が不満なの?」


ここぞとばかり反論してくるクリスが要所を突いてきた。

口だけは無駄に立つよな、この天使。


「他にもあるぞ、俺たちが冒険者を続けることが難しくなった時の保険として残しておきたい。それと一番はパーティーの拠点を作ることだろうな」


老後の備えってやつだ。フレアと暮らすためにも資金は大いに越したことはないし…。


二人だっていつまでも冒険者を続けるわけじゃないかもしれない。


あまり考えたくはないが…、

もしもの時のため、貯めておくことは間違いじゃないはずだ。


あと、パーティーで行動するなら拠点を持っておくだけで他の冒険者から一目置かれて、ギルドへのイメージも良くなり、クエストが受けやすくなるらしい。

と、そう聞いている。


「拠点ということは…。つまり家を買うのかにゃ!ロイ!」


マオがテーブルに勢いよく手を置いて、身を乗り出す。


「家…あたしたちのマイホーム…。悪くないわね!拠点作りは賛成よ!」


クリスも納得してくれたみたいだ。


「今すぐってわけじゃない、そのうちな。せめてあと一人パーティーが増えたあたりから考えようとは思ってるが…」


すぐに動き出したいが、準備を整えておきたいことがまだある。


「何言ってるの?あたしたちだけで十分よ!だから早く拠点を作りましょう?」


「そうです!私という最強にして最上位の魔法が使える魔術師がいれば良いのにゃ!」


二人は納得いかないとごねているが…。


防具と魔法だけがまともで、時々しか剣を使えない中見はポンクズな天使。


最強と最上位の魔法しか使えない上に魔力消費が多すぎて、後はお荷物になるだけの燃費の悪い火力バカな黒猫魔術師。


そして、スキルでステータスの一部に干渉して戦いつつ、二人の世話をする冒険者の俺。


まとまっていないこともないが…。

せめてあと一人は俺たちのパーティーを補完できるような仲間がいると、俺が動けやすくなるんだけどな…。


「それにしても、さっきからギルドが騒がしかったのはなぜなのにゃ?」


マオがギルド内の騒ぎに疑問を抱く。


「ああ、どうやらセントラルで勇者が召喚されたらしいぞ」


話を聞いた途端に二人は固まって微動だにせず、深刻な顔で悩み出した。


「…勇者が召喚されたのかにゃ?…それもセントラルで?」


「ああ、アミさんも他の冒険者もそう言ってたぞ」


マオとクリスは顔を見合わせる。

何か不都合でもあるのか?


「なぁ、勇者がいるだけでそんなに深刻なのか?」


確かに魔族は危ないというのが、昔からの教えではあった。


けれど俺はそうは思わない。

魔族も人間も根っこのところは同じだと考えている。


「あのね。勇者召喚ってのは今に始まったことじゃないの。昔から危機が起きるたびに勇者を呼んで、人間は自分たちの脅威を退けてきたわ。…ざっと百回ほどね」


それは多いのか多すぎるのかよくわからないが、勇者というのはそんなホイホイ召喚していいものなのか?

クリスは人間の歴史事情にまで詳しいのかと少し感心する。


「なら、今回も同じく勇者が解決して終わりじゃないのか?」


話の流れを汲み取るにそんな気がする。

だが、クリスがため息一つした後、まるで子どもを諭すように話しかけてきた。


「ロイ?ここで大事なのはセントラルが勇者を召喚したことなの。中立国であるセントラルが勇者を召喚した。これって中立国の立場としてルール違反なのよ」


要するにこういうことらしい。


中立国のセントラルが勇者を召喚した。

これは人間側への肩入れを意味する。


中立国である以上はどこの種族にも属さずに中立な立場を取ることを求められる。

それでこの国は生き残ってきた。


だが今回のセントラルの行動は、魔族たちを敵に回すような行為であることは自明であると。


魔族側も容認することはないだろうから。

今回の騒動によって、魔族と人間の対立をさらに深めてしまった。


元々、人間と魔族は相入れないという風に幼少期から教わってきている。

教育を受けてきたほとんどの人間は、それを鵜呑みにしてしまうだろう。


人間側としては魔族への風当たりがさらに強くなり、魔族側も人間への敵意を示す。


この二種族間の対立がもう避けられないところにきていることは明らかだ。


そして、最悪戦争にまで発展するだろうというのも、可能性としては非常にあり得る。


その場合、このフィオネストの街はセントラルの管理下にあるため、冒険者は必然的に戦争へ参戦する兵隊要員として招集される場合があるらしい。


クリスの話を聞き終えた俺は、しばらく考え込んでいた。

話は思ったよりもややこしく、一つ言えるのは俺たちでどうこうできる範囲を超えていることだ。


関わるとしたら徴兵として呼ばれるくらい。

だが、それは避けたいところだ。

他の冒険者たちも同じことを思っているに違いない。


いったいセントラルの王族と魔族たちの間で何が起こっているのだろうか?


俺たちの裏で、動いている何かがいるのだろうか?


神霊の森にいたあいつ…確か『ヌル』と名乗っていたな。まさかあいつらが関わってたりするのか?


・・・ダメだ、いくら考えても埒が明かない。


俺は二人に今日はもう解散することを伝えて宿に戻る。


拠点のことは一旦預けておくことになったので、二人はがっかりしていたが明日もあるため早めにそれぞれの宿へ帰った。



・・・・・・・・・


宿へ戻ると店主へ帰ったことを伝えて部屋へ戻る。


あれからユリウスの手記を読み返して、わかったことがいくつかある。


一つ、ユリウスは元の世界へ帰るための方法を模索していたこと。

彼はスキルの『予知』と『創造』で帰る手立てを考えていたが、元の世界へ帰るための力が不足していたことを告げていた。

最終的には運命の伴侶に出会ったからどうでもよくなったそうだ。


二つ、この世界は何者かによってすでに決められた力しか得られないこと。

彼は稀代の魔術師で文字通りどんなものでも作り出すことはできたらしい。

しかし、不老の秘薬、時への逆行、異世界へ転移など。

あまりにも世界のバランスを崩しかねないことはできなかったようだ。

ステータスという概念はなかったみたいだが的を得ているところがいくつもあったので感心しながら読んでいた。


三つ、この世界の破滅の回避する方法についてだ。彼の予言の言葉から読み取るとこうなるだろうと推察した。


人々の希望となる勇気あるもの。

勇者ゆうしゃ英雄えいゆう


剣に愛されし天の祝福を与えるもの。

大剣士ソードマスター剣聖けんせい聖騎士パラディン剣豪けんごう


東にいる和をもって豪を成すもの。

東に住む何者か。


魔に選ばれ従えるもの。

ビーストマスター、妖精王ようせいおう獣人王じゅうじんおう

森精王エルフおう大竜王だいりゅうおう大魔王だいまおう


神のごとし力で世界に干渉するもの。

大魔術師アークウィザード大魔導師アークキャスター大賢者だいけんじゃ

大司教アークビショップ大神官アークプリースト大錬金術師アークアルケミスト


これが現時点で考えられる候補だ。

他にもいるかもしれないが、俺の知りうる限りの存在。


この中の誰かが世界を守るためのキーマンとなるだろう。


託されてしまった以上は、なんとか五人を集めないとな。

それと今回の勇者騒動はいい機会だ。


直接勇者にあって話をしてみるとしよう。


他には救世主について調べてみたが一切の記述がなかった。破れたページがいくつかあったので、もしかしたらそこに書かれていた可能性がある。


他にも世界の裏について書かれた話がいくつもあったが、ほぼユリウス本人が解決したと書かれている。


本当にいったい何者だよと疑問は膨らむばかりだ。

転生者という言葉が常に引っかかり、気になるところだが。

自分でもなぜ日本語を読めて、知っているのかを思い出せずにいた。


もう夜も遅い。

明日に備えて俺は就寝する。

外から響く虫の声がいつもより心地よく聞こえていた。



・・・・・・・・・


翌日。

今日もクエストを受けるため三人でクエストの掲示板を見に行くと。


そこには魔族討伐の依頼がびっしりと目立つ場所に掲示されていた。

それに報酬単価も高く、昨日のアミさんたちはこれの準備で忙しなかったのだとわかった。


「うわ、魔族退治ばかりね。ゴブリン、オークにオーガ、ミノタウロス…こっちにはドラゴンまでいるわよ」


「ものすごい数。それだけ魔族を遠ざけたいと考えているのかにゃ…」


クリスは少し興奮しながら眺めているのに対し、マオはあまり嬉しそうではなかった。

いつもなら真逆の反応するのに驚きだ。


「どうしたマオ?いつもなら真っ先に喜んで飛びつくのに。変なものでも食べたのか?」


「失礼です!私はどんなモンスター相手だろうと喜んで相手をします!けど、もしかしたら自分にも火の粉がかかるんじゃないかと、この街の亜人はそう思ってるはずにゃ」


そうだ。彼女は月猫魔族ルーンキャッツだ。これまでのこともあり、きっと差別意識にも敏感なのだろう。確かに町中になぜか亜人が少ないと感じていたが、この騒動が原因なのはいうまでもない。


「すまん、無神経だったな。マオは大切な仲間だ。何があっても俺が助けてやるさ」


「ありがとう。でも気にせず、いつも通りにしてくれればいいのにゃ」


笑顔を取り繕うマオの表情が少し和らいだように見えた。


「ちょっとちょっと。クエストは結局どうするのよ?あたし遊びすぎてお金ないから報酬多いのがいいんだけど」


この天使はいつも空気を読まない。

というかまた遊んでいたのかと俺は落胆して落ち込み、マオも同情している。


仕方がないので報酬もよさそうな、同じ近辺のクエストを探していると…。


「おいおい!今この街に勇者が来てるってよ!そんでこのギルドに来るらしいぞ」


ギルドの扉を開けた一人の冒険者が慌てて伝えに来た。


勇者がこの街にいるのか?これは願ってもないチャンスだと思っていると。


冒険者たちは一目見ようとギルドを飛び出して外で待機することにしたらしい。


俺たちも後に続くことにした。


フィオネストの大通りにはものすごい数の人だかりで賑わっている。

みんな勇者の顔を一目見ようとぞろぞろ集まってきた。


勇者たちはそれに応えるよう手を振り応えている。

老若男女から受ける声援と祝福。

彼らはこの街に受け入れてもらえたことに、安心した。


目の前には目的地であるギルドが見えた。

少しだけ歩みを早める。


すると、ギルドの前に何十人もの冒険者たちが待ち構えていた。



勇者らしき姿が見えてきた。


先頭に一人、後ろに四人が二列で歩いて近づいてくる。


「おいおい、あれが勇者か?まだガキじゃねーか」


「だが、みろよ後ろにいる連中」


「ウソだろ?あれは大神官アークビショップの『エレン』か、隣にいるのは大魔導師アークキャスターの『ソフィ』じゃねーか!」


「まてまて!その後ろには、大賢者だいけんじゃの『ノールド』と大重戦士だいじゅうせんしの『ゴードン』だ!」


「とんでもねぇメンバーだ。みんなAランク冒険者だぞ、それもSにもっとも近いと言われてるな」


冒険者たちが口を揃えている冒険者はきっと有名な凄腕ばかりなのだろう。

彼らはパーティーなのか?


勇者たちは歩みを止めた。


「はじめまして、勇者『リオン』です。歓迎してくれてありがたいですが、道を開けてはもらえないだろうか?」


爽やかな顔でにこやかに笑う。

茶髪は風になびき深緑の瞳からは敵意を感じない。容姿は中性的な顔立ちで女性から好かれそうである。真珠のような甲冑が勇者という異質さに当てはまり違和感はない。

両腰に剣を装備している。


珍しいなとまじまじと見ていると。


「はじめましてだな勇者リオン。悪いが簡単にはここを通すわけにはいかねーのさ、ちょっとツラを貸してもらおうか?」


一人の屈強な冒険者が勇者に喧嘩を売っている。こんな大衆でそんなことをして目立ちたいのか、ただのアホなのか。


「君とは争うつもりはないよ。けどもし君が挑戦してくるなら、受けては立つさ」


勇者は先ほどまでの爽やかな青年から、戦士の顔つきに変わる。


「そうこなくっちゃ、な!」


冒険者は不意打ちにも似た拳を、勇者へ殴ろうとする。


「…悪いね」


一言謝ってから、冒険者はぐるんと空中で一回転し泡を吹いて倒れてしまった。

何が起きたのかまるでわからなかった。


「大丈夫。少し気絶してるだけさ…、俺は冒険者登録に来たんだ!異議のあるやつはこの男のようにかかってくるといい!」


勇者はこの場でいつでも相手になると宣言するが誰も名乗るものはいなかった。


「…よし。では通るよ」


断りを入れて勇者は、冒険者ギルドに入ろうとする。

俺もなんとなく勇者をじっと見ていたら、彼とばったり目が合ってしまった。


勇者は俺を見てその場で立ち止まる。

あれ、何かまずいことでもしたのだろうか?


勇者の仲間たちはどうしたのかと、勇者の視線の先にいる俺を睨みだした。


なんで俺は勇者に見られているんだ?

内心慌てているがここで取り乱したら負けな気がしてグッとこらえる。


すると勇者は悠々と近づいてきて、

こう言った。


「君、俺の仲間にならないか?」


「…はい?」


あまりにも突然で言葉が出てこなかった。

そう。俺は勇者から仲間にならないかと誘われたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る