第26話 決闘

「勇者の仲間に…俺が?」


突然のことで思考が追いつかない。

なぜ誘われたのだろうか?

勇者のお眼鏡に叶うとは、自分の中で全く考えていなかった。


「ちょっとリオン、何を考えているの?」


仲間の一人が杖をグイグイと勇者の背中に押し付けて意見する。


「エレン、彼はすごい力を持っている。だから誘ってるんだよ。あと、杖で背中をグイグイするの痛いからやめてほしいな」


「この男がすごいって?人は見かけによらないっていうけどね、魔力量とか冒険者の中でも最低じゃないの。とてもそうには見えないわ」


エレンと呼ばれた彼女は、どうやら俺のことを認めたくないようだ。


魔力量が読めるのはごく限られた者にしかできないから、彼女の力を賞賛する反面。

魔力量だけで実力を判断されてしまったことが少し残念に思った。


だが、勇者は俺の持つ力の存在に気づいているみたいだ。

まさか、人のスキルがわかるのか?


だがそれは神さまにしかできないはずだ。

それに世界のシステムが許すわけがない。

鑑定スキルがあっても。相手のスキルだけは絶対に見ることができないのは立証済み。


それなら他のスキルの可能性があるな。


「あら〜?でも彼の魔力効率は凄いわよ〜。ほぼ際限なく魔力を使いこなせるみたい。魔力量が少ないはずなのに不思議ね〜。

あなた、何者なの?」


エレンの隣に立つとんがり帽子を被ったミステリアスな女性が近づいて話しかけてきた。

不思議な色香が漂い魅惑的で豊満な体に、心を掴まれそうになるが理性を保つ。


「俺は冒険者のロイセーレンだ、ロイでいい。皆さんは同じパーティーなのですか?」


気になってたことを聞いてみることにした。


「そうさ。俺たち五人は魔王を倒すために結成されたパーティーなんだ」


やはり魔王討伐か…。

となると、セントラルの話は本当みたいだ。

Aランクの実力がある冒険者を揃えていることを考えると、本気でやり合うつもりなのだろう。


「魔王を倒すのなら、どうしてギルドに来たんですか?」


魔王の率いる魔族は皆、魔界に棲んでいる。

それならそこへ直接乗り込むべきだと思っている。場所はわからないが…。


「それが恥ずかしい話、資金が足りてなくてね。クエストでも受けながら魔王に挑もうという話になったのさ」


魔王退治のためなら、王族たちは勇者への協力を惜しまないとばかり思っていたが…、

どうやらそうではないらしい。


「そうでしたか。てっきり勇者様には王族から大量の支援金があるとばかり思っていたので意外でした」


「様はよしてくれよ、リオンでいい。敬語も不要さ。王族たちには最低限の資金で良いと伝えたんだ。自分の蓄えくらいは自分で作るってね。それでどうだろうか。仲間にならないかロイ?」


せっかく話を逸らしていたのに、まるで意味がなかった。ここは下手にややこしくするより、はっきりさせておこう。


「嬉しい話で…だけど。俺には自分のパーティーがあるんだ。だからリオンの仲間には入れない」


その場がシーンと静まり返る。

冒険者たちは口を開けて驚いていた。


まずいことをしたような気がしたが、伝えるべきことは伝えた、後悔はない。


「まさか、勇者の話を断るとはなぁ。大した小僧だ」


白い髭を蓄えた大賢者と呼ばれていた人物が口を開く。


「あぁ、だが背負うものがあるのは立派なことだ。漢としてな」


分厚く頑丈な鎧を纏う大男になぜか認められてしまった。


「そうか…だけど俺も諦めが悪いんでね。ここは一つ提案があるんだ」


「提案?」


「俺と決闘をして勝った方が、一つ言うことを聞くっていうのはどうだ?」


突然の決闘。それも勇者相手に…。負けたら勇者の仲間にならなくてはならない。


悪い気はしないがクリスとマオという仲間がいる以上は見捨てるわけにはいかない。


それに勇者には聞きたいことが他にもある。

ましてや世界の破滅について協力を取り付けるチャンスだ。やるしかない。


「わかった。俺が勝ったら言うことを聞いてもらうぞ」


「よし決まりだ。俺が勝てば君は俺の仲間になる。気負わず手合わせをしよう」


とんでもないことになったと冒険者たちがざわめき出す。


「よっしゃー!お前ら賭けるぞ!俺は勇者に銀貨一枚だな!」


「じゃあ俺は銀貨二枚だな!もちろん勇者だ!」


わらわらと冒険者たちが決闘の賭けを始め出した。騒ぎも大きくなりギルドにいたスタッフが外へ顔を出す。瞬時に状況を把握したみたいでギルドの闘技場を貸し出し、そこで決闘することになった。



「ロイ!勝って勇者を倒しちゃうのにゃ!」


マオがやけに好戦的になっていた。


「どうした?さっきまでとは違ってヤケに熱心だな」


「ギルドが正式な賭け試合を認めて報酬を出すらしいのにゃ。私はロイに賭けたから絶対に勝ってほしいのにゃ!」


いつの間に…。

ギルドまでそんな大事にするなんて思わなかったな。

…ということは絶対あいつも賭けてるな。


「ロイ!あなたは精一杯戦ってきなさいな!応援してるわよ!」


クリスが目を輝かせて…目を金貨にして俺を応援する。


「それで、お前はどっちに賭けたんだ?正式な賭博とはいえハメを外すなよ」


「ふふん!あたしは両方に賭けたわ!こういうのに慣れてないマオみたいな素人にはわからないでしょうけど。どっちにも賭ければ必ずペイできるのよ!これ、賭博の基本よ?」


よく負けて帰ってくるクセにと小言を呟き。先輩ヅラするクリスに、いらんことを吹き込むなと口を挟むが。


「あれ?でも今回は片方のみって縛りだった気がするのにゃ。両方に賭けた場合はペナルティで賭け金没収って…」


「待ってなさい!今すぐ決めてくるわ!ロイはせいぜいほどほどに頑張りなさいよ!」


マオの話を聞いて一目散に賭け金を取り戻しに行った。


あいつ…絶対勇者に賭ける気だな。

いくらつぎ込むのか知らないが、本当に勇者に賭けてたら小遣い減額にしてやる。


というか、今回俺が負けた時のペナルティをわかってるのか。


「大丈夫!ロイが負けても私が代わりに勇者をボコボコにしてあげる!だから安心するのにゃ!」


決闘なんだから勝ち抜き戦みたいなことにはならないぞ。と補足したかったが。

応援してくれているのにそんな野暮は必要ないだろう。


「じゃあ行ってくるよ。間違っても負けそうになったからといって魔法を撃つなよ?」


やらないとは思うけどという前置きをして釘を刺しておいた。

ギクッと、引きつった顔をするマオを見て、やろうとしていたことがわかった。


闘技場はなぜか満席で、ギャラリーが豊富に集まっている。

ここまで凄まじいものだとは思っていなかったので動揺するが気を引き締める。


相手は勇者だ。

Aランク冒険者を率いていたということは同じ実力はあるとみていい。

間違いなく格上の相手だ。


それでも勝てる可能性はある。

なぜなら、勇者が異世界から来たばかりだからだ。


まだこの世界に慣れていないはずだから、隙を与えなければ勝てる見込みがある。


俺と勇者は審判に従い前に出る。

今回の決闘は戦闘不能にするか、降参するかの試合。引き分けのような判定は審判の独断による判断で決定される。


「ロイ。楽しい試合にしよう」


勇者リオンは両腰の内の一つを手に持ち構える。


俺も剣を両手に持ち合図を待つ。


以前からユリウスの宝具にあった剣を使い始めていた。

魔力が八割ほど溜まっているマナタイトが、赤く煌めく。


この剣を知り合いの鍛治士に少し改造してもらい、実戦で扱いやすい形状に直してもらうことで手に馴染ませた。


この剣は自分の腕に連動して軌道を自在に操れるように進化させたのだ。


「勇者とこんな大試合をするなんて、考えてもなかった」


観衆の盛り上がりが伝わってくる。

ほとんどが勇者の応援なので、ホームにいるのにアウェイ感がすごい。


「ははっ、そうだろうね。でも不思議だよ君とははじめて会った気がしないんだ」


勇者の口から懐かしいとか、こちらの理解が及ばないことを言われても困る。


「そうか…お手柔らかに頼むよ」


「…それはどうかな?」


両者が武器を構えると会場が静まる。


審判の合図があったと同時に、俺と勇者の間合いが一瞬にして縮まる。


素早い剣撃の音が場内に響き渡る。


俺は一度離れ体制を整える。

勇者は余裕の笑みを浮かべているが、今ので一つわかったことがある。


勇者はまだこの世界に慣れていない。


肌感覚というか直感的にそんな気がした。

勇者の行動に少しズレみたいのを感じる。


おそらくこの世界の重力や体の変化に対応できていないのだろう。


これは好機だ。

すかさず詰め寄り高速で攻撃を浴びせる。


「凄いな。まさかここまでやるとは思わなかったよ」


勇者は笑い、この決闘を楽しんでいた。

彼は少し息を切らして、間合いを警戒している。


順調だ…もう少しで決着をつけられる。


今度は勇者の方から攻めてくる。

だが、剣ではなく魔法だ。


火、水、土、風。

基本の四属性魔法を同時に照射してきた。

剣で捌きつつ、ギリギリかわしきる。


勇者が魔法にも適性があったとは誤算だが、すべて中級魔法。

ステータスでの魔力も多い方ではなく、撃てても後三回くらい。


勇者に休む暇を与えないために、剣に込めた魔力を消費して上級魔法の『サンダーアロー』を放ち、勇者の上空から無数の雷の矢が襲いかかる。


勇者は剣で全て捌こうとするが…。


「な、なに!?足元が崩れた?」


スキルで地割れを起こしたことで体制を崩した勇者は何撃かダメージを負う。


よし。順調に攻め続けられている。

会場はどよめきが走りつつも、応援がさらにヒートアップする。


「ははっ、ダメージもらっちゃったな。もうお遊びには十分か…」


勇者は持っていた剣を鞘に戻して、もう片方の剣に手をかけた瞬間———。


?!?!?!


咄嗟の反射で弾くことができたが、勇者が一瞬で目の前に現れて斬り込んできた。



「あいつ。もう終わりね」


大観衆の中、勇者の仲間のエレンが話す。


「そうね〜。リオンを本気にさせたら止められないもの〜」


ソフィがあくびをしながら答える。


「だがあいつ。ロイといったか?ここまでリオンに引けを取らないとは、やはり漢だ」


ゴードンが感心して見つめる。


「それはワシらだけじゃなく、ここの会場にいるもの達、皆そう思ってるみたいじゃな」


ノールドは試合だけでなく周りの観客も気にかけてみていた。


「ふん。どうだかね」


エレンは吐き捨てるように言い残して、試合を眺める。


誰もがロイと勇者の一戦に釘付けになっていた。中でも一番驚いているのはギルド関係者たちだった。


まさかロイ自身が勇者とタイマンを張れるだけの力を持っていたことなど、知る由もなかったのだ。


彼のランクは未だE。次のクエストでDに昇格となっていたが、考えを改める必要があると考えていた。


観客の声援も勇者優勢だったが、ロイの声援も少しずつ増えていた。



どうやら本気はここかららしい。

勇者の剣撃が先程より、早く重く鋭く迫り来る。


この猛攻に抑えるだけで手一杯だ。

両手剣で攻撃することで、相手に休む暇を与えない斬撃を浴びせる。

これが勇者の戦い方なのかもしれない。


体制を整えるための隙がどこにもない。

このままではやられる…。


なんとか剣を片方だけでも破壊する!


俺は接近戦に持ち込み、蹴りで体制ずらす。


わずかな隙に、片方の剣の動きを封じ、剣の耐久を限りなく落として砕いた。


その瞬間、会場のどよめきが聞こえた。


だが、それと同時に俺の剣が空中に舞ってしまった。


マ、マズイ!!!


その隙を逃さなかった勇者は、もう片方の剣で斬りつける。


よろめき倒れそうになるが。

幸い防具を最高密度に強固にしていたことで気絶することはなかった。


しかし防具は裂けて使い物にならなくなってしまった。


俺たちは間合いを取る。


「剣を砕かれたのは初めてだよ…。この剣は世界一の鍛冶屋が作ったものらしいのにね。ほんとロイには驚かされてばかりだ」


戦いの最中に話しかけてきた。


「俺も勇者の剣が砕けるなんて思わなかったさ。…それ借り物だろ?」


ニヤリと口元が動く勇者にスキルで猛襲するが、全て対応された。

その間に剣を拾って考えを巡らせる。


やはり一筋縄ではいかないな…。


「どうする…そろそろ降参でもするかい?」


勇者は息の乱れを整えながら話す。


「…それは無理な話だ。こっちにも譲れないものがあるからな」


俺の体力もかなりすり減っていた。

剣の魔力は余力がある、魔法主体で畳み掛けてやる。


そして、もう片方の剣も壊す!


俺たちの間合いが近づき剣が交差しようとした直前だった…。


ドカーーーーーン!!!!!


突如、何かが落ちたか崩れたのかわからない大きな物音が、闘技場にまで聞こえてきた。


ギルドの関係者たちは何事かと、原因を調査するために慌ただしく外部と連絡を取る。


決闘も水を刺されてしまったので中断する。


「決闘どうなるんだろうな?」


正直ホッとしていた俺は、この決闘の是非について問いかけた。

しかし、彼は深刻な顔をしてぶつぶつ呟く。


「…まさか?もうここへ来てしまったのか?それは何がなんでも早すぎる…」


落ち着いた彼の印象とは違い、焦りを募らせる姿に少し驚く。


「どうした?いったい何が…」


「緊急!!!緊急だ!!!魔王軍幹部がこのフィオネストに攻めてきた!!!勇者リオンは至急北門へ移動せよ!!!繰り返す…」


闘技場の出入口が開かれ、大声で叫ぶギルド関係者が伝令を持ってきた。


ここに魔王軍幹部が攻めてきた?!


突然のことで会場内のギャラリーはざわめき不安に押しつぶされている。


「———皆、落ち着け!!!」


勇者リオンは大声を上げその場を制した。


「魔王軍は勇者の俺が必ず討ち倒す!安心してくれ!それと冒険者の中で腕に自信があるものは一緒にきてくれ!力を貸してほしい!俺は先に向かう!北門で待っているぞ!」


勇者はそう言い残して闘技場を後にした。

彼の仲間も後に続いて追いかける。


一瞬だったが、勇者に「手を貸して欲しい」と言われた。


まさか魔王軍幹部とやり合うのか…。


俺は逡巡したが、迷いを断ち切り覚悟を決めた。この街の危機だ!見逃せるわけない!


預けておいたポーチから、回復用のポーションを飲んで全快させる。


「クリス、マオ!俺たちもいくぞ!」


二人に声をかけて、勇者の後を追いかけようとした。

マオは躊躇いなくついてきたが…。


「ちょっとちょっと!賭けはどうなるのよ?!まさかノーゲームなんて言わないでしょうね?!」


こんな非常時に決闘の勝敗についてごねているクリスを、無理やり連れ出して北門へ向かった。

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