第9話 兆し
(・・・・・・・て)
声が聞こえる。
いったい誰の声だろうか?
(・・・・・・きて)
声のする方に意識を向ける。
(・・・ロイ、起きて)
誰かが呼んでいる。
まぶたを開くと、そこは現実離れした光り輝く空間と呼ぶべきか。
神さまの時とは、違った異質さを感じる。
「はじめまして、ロイ」
振り返るとそこには小さな体に幻想的な美しい羽を生やした妖精らしき姿が見える。
ぼんやりしているため定かではないが。
「あなたには、森での一件で迷惑をかけてしまってごめんなさい」
妖精にはいろいろと聞きたかったのだが、声が出せない。
「ふふっ、声は出ないよ。私があなたの意識に話しかけてるだけだからね」
それなら聞くだけに徹するとしようか。
森での一件ってことはオーク絡みか。
「今回の森での騒動は危うく生態系を脅かすところだったの。それをあなたが防いでくれたってわけ!」
どうやら彼らの尻拭いをしたってことだな。
森の管理でトラブルがあったのだろうか?
「私たちの元に来て!お礼をさせてほしいの!それに、ロイが悩んでるスキル絡みのこともきっと力になれるから…」
もしかしてスキルの副反応を治す方法を知っているのか?
「場所はあなたのいる街の北。『神霊の森』の最奥にある。『マナエルテ』という都。
そこで待ってるね!…英雄の卵くん!」
言葉が途切れると。
強制的に空間はぷつりと消えてしまった。
天井を仰ぎながら目を覚ます。
ここは?
白いシーツと枕、布団を見やる。
どうやらベットの上で眠っていたようだ。
上体を上げ全体を動かしてみた。
あの時の痛みは完全になくなっている。
とりあえず一安心だ。
それにしてもさっきの妖精らしきものは、
いったい何者だったのだろうか?
それと『マナエルテ』という場所も聞いたことがない。
地図では『神霊の森』が北端のはずだ。
もしかしてまだ知られていない未知の場所かもしれない!
それに…英雄の卵とは、いったい・・・?
考え込んでいる間に誰かが部屋へ入ってきたと思えば、慌てて外へ飛び出していった。
何事だろうと不思議に思っていると。
アミさんが慌ててやってきた。
「ロイくん!目を覚ましたんですね!本当に無事でよかった!」
手を握りしめて安心したように笑みを浮かべるアミさん。
「えっと、俺はどれくらい眠っていたのですか?」
「三日間ずっと昏睡状態でした。医者や治癒師からは長くはないと告げられていたのでどうなるかと…でも、帰ってきてくれて本当によかった」
どうやらかなり重症だったみたいだ。
オーク相手にスキルを使いすぎたことが原因なのはいうまでもない。
「迷惑かけてすみませんでした。それと、手当てをしてくれてありがとうございました」
俺はアミさんからこの三日間に何があったのか細かい説明をしてもらった。
俺のいる診療室へ運んでくれたのはギルドの救護班。一緒にいたバンダナリーダーが街の正門まで運んでギルドへ依頼したらしい。
オークの一件はやはり『スタンピート』の前兆だったようだ。
オークがゴブリンの群れを率いていることがこれまでにないことで、すぐに森へ調査団を派遣したとのこと。
森の中腹付近の川辺で倒れたオークの死体を発見し調査をした。
スタンピートの長には、特有の『魔の紋様』が刻まれているらしく。
それを確認したことで今回の一件が明確になったのだ。
ちなみに俺の受けたクエストは。
森の調査中に見つけた、俺の荷物に入っていた薬草とドラットの骨が証明となり、無事に依頼を達成したことになっている。
「これでひとまず安心ですね」
俺は一通り事態を聞き終えて落ち着くようにベットに寝そべる。
「それにしてもロイくんがここまで強いだなんて驚きました。てっきり戦い慣れしてないとばかり思っていたので」
そうかもしれない。
俺は入念な準備をしてクエストに挑んだ。
その準備は明らかに過剰だったこともあり、その姿を目撃していたことから、自信のなさを感じさせてしまったのだろう。
冒険者は、たとえ初めてだろうと。
実力があると自負しているやつは最低限の準備だけで最初のクエストに挑む。
きっと他の冒険者からも、あいつは弱いやつだと見られているに違いない。
まあ、神さまや世界からも最弱扱いされているから。今更とは思ってる。
「俺も自分が倒したという実感はないので、次も倒せるかと言われたらわからないです」
正直、スキル頼りで自分の力で倒したわけではない。
これは今後の課題だな。
「…そこで、ロイくんにご相談があるのですが」
アミさんは畏まるように小声で尋ねてきた。
「なんですか?」
「ロイくんにギルドから特別措置をさせてはもらえないでしょうか?」
そうきたか…。
特別措置とは、ギルドと冒険者の間で取り交わされる契約の一つ。
この契約を持ち出したのは、初心者冒険者がスタンピートの群れを仕切っていたオークを倒したこと。これには前例がないのだそうだ。
それだけの実力があるならギルドは、今後の活躍や成長を見込んで契約を結んでおきたいという。
「それとどうか無理を承知でお願いします!
ロイくんのスキルを教えていただけませんでしょうか!」
頭を下げてお願いするアミさん。
俺は教えるべきか迷っていた。
さて、どうしたものか…。
契約はしてもいいのだが…。
スキルとは基本的に口外するものではない。
当人の貴重な情報であるため。
悪事に加担させられたり、誘拐されたりと犯罪にも巻き込まれた事例もある。
世間ではスキルの開示をしないのは暗黙のルールなのだ。
しかし、冒険者の場合は例外なことがある。
スキルを教えることで、個人に合わせたクエストを見繕ってくれたり、募集前のクエストを斡旋してくれたりと。
冒険者をする人からすれば仕事が勝手に舞い込むし、自分ができることしか依頼をされない。
ギルド側も適材適所にクエストを受けてもらうことで生存率や達成率を上げられる。
利害の一致した提案でもあるのだ。
それでもスキルについてはなるべく話したくはない。
この世界はステータスで全てが決まっていると、神さまから教えてもらった。
俺は理解しているが、ステータスという概念はこの世界に浸透していない。
よって、スキルは『ステータス操作』です!
といっても、意味がわからないだろう。
しかしスキルを『鑑定』と言ってしまうのも話が違う。
鑑定でオーガを倒せるわけがないからだ。
このスキルは、むしろ冒険者が持つスキルというより。
商人や薬師などが商売の目利きや診断や治療するために使っている。
だから、鑑定は世間の知る数少ないスキルの一つなのだ。
それにパーティーたちが目撃しているため、
誤魔化すこともできないだろう。
ならば残すは一つ。
偽名のスキルを教えること。
存在しないけれど、それっぽいスキルを言えば納得してくれるだろう。
「わかりました…契約します。それと、俺のスキルは『変触』《へんしょく》といって、触れたモノの一部を変化させるスキルです。オークには足を折るために足の骨を弱めました」
ウソは言っていない。
あくまでスキルの一部の力であることを伏せているにすぎない。
「変触ですか…、聞いたことのないスキルですね。成人の日に手に入れたのですか?」
「はい。俺もまだ使い始めたばかりですから詳しいことはまだわかっていません」
事実、このスキルには未知の部分が多い。
解明されればもっと戦いやすくなるはずだ。
「貴重な情報ありがとうございます。
クエストから生還されたパーティーの方とも情報が一致していますね。
では最後に能力を見せてください」
やはりそうきたか。
本当かどうかは目の前で見ればわかる。
今までのはあくまで聴取の一環だろう。
歩けるか心配されたが、俺は完治しているので調子も良い。
アミさんに案内されたのはギルドの訓練所。
「今ここは貸切ですから。スキルを使用していただいて構いません」
さて。どうしたものか…。
まあ見せるだけなら派手じゃなくてもいい。
俺は訓練所に置かれた訓練用の木剣を持ち、アミさんに渡す。
「アミさん。木剣を地面に叩いてください」
カンカン
言われた通りに地面を叩くアミさん。
「なにも起きませんよ?」
当然の反応。
俺は木剣に触れ、木剣の芯を劣化させる。
「もう一度叩いてください」
アミさんはもう一度木剣を地面に叩くと。
さっきとは違い。
バキッ!
という音を鳴らして割れた。
「えっ?!わ、われた!?割れました!
すごいですよ!ロイくん!」
驚いてもらえたようでなにより・・・。
…おっと、きたな。
頭を抱えて痛みをこらえる。
「ロ、ロイくん!大丈夫ですか?!まだ怪我が痛みますか?」
アミさんが駆け寄り背中をさすってくれた。
「は、はい。どうやらスキルを使うと身体に負荷がかかるみたいなんです」
「そんなことも知らずに使わせてしまってごめんなさい」
頭を下げて謝るアミさんは申し訳なさそうな顔で落ち込んでいた。
「気にしないでください。スキルを証明するためには仕方ないです。それにこの痛みを治す当てはありますから…」
「治す当てですか…。もしよろしければ教えてください」
「『神霊の森』です。この街の北側にあるところにある大森林と聞いています」
フレアから聞いた情報を元に話す。
「『神霊の森』。行ったことはありませんが、あそこは精霊から選ばれなければどんな人でも立ち入れないと聞いていますよ」
やはり、精霊から選ばれなければならないみたいだ。
「どうやって選ばれるのかってわかりますか?」
「いいえ、あの辺はクエストも少なく。精霊の管理下にあると考えられていますから」
やはり行って確かめる他ないか。
「とりあえず、行ってみてから考えてみます。もしかしたら入れるかもしれないですから」
さっそく準備を済ませよう。
訓練所を後にしようとしたが、
「あ、ロイくん!…気をつけてね」
「…ありがとうございます、アミさん。
お世話になりました」
俺はアミさんの「気をつけて」という言葉に妙な引っかかり感じたが、気のせいだと思いそれ以上は聞かずに宿に向かう。
・・・・・・・・・
ギルドを出て宿へ戻ると、
宿の主人が心配そうに声をかけてくれた。
俺は無事であることを伝える。
「ロイくん。君にお客さんがきてるよ」
お客?いったい誰だろうか?
ロビーの奥にある談話室へ案内される。
そこには、バンダナリーダーのパーティーがいた。
「おお!帰ってきたか!もう平気なのか?」
彼らに囲まれて心底心配された。少し大袈裟と感じたがこの空気感は嫌いではない。
「本当にありがとな!俺たちが無事でいるのはお前のおかげだ!感謝しても仕切れないくらいにな!」
力強く握手を交わす。彼らは皆いい人で互いのことを理解し合っているようだ。
俺も彼らのようなパーティーを作りたいと思った。
「そうだ、何か俺たちにできることはないか?お礼をさせてほしい!」
バンダナリーダーからお礼をしたいと迫られた、…そうだな。
「じゃあみんなの名前を聞いてもいいか?」
リーダーはポカンとした顔をしている。
「そ、そうだったな!まだ名乗ってもいなかったか…すまんな、俺の名は、
『ケビンマストラ』!
彼らは冒険者になって半年の新人あがり。
昔馴染みの間柄で仲も良く、数々の修羅場は潜ってきてるみたいだ。
「俺はロイセーレン。ロイって呼んでくれ。
礼なら今後困った時に力を貸してほしい」
今は彼らに力を借りる当てもない。
ならばこれから先のクエストなどで、力を借りる方がいいだろう。
「ロイがそれでいいなら、そうしよう。
だが必ず礼はさせてもらうからな!」
ケビンは義理堅いやつらしい。
「ああ。わざわざありがとう、ケビン」
「それにしても、オークを倒したんだからスゲーよな!ロイは元々何かやってたのか?」
お調子者っぽいタタラが食い気味に質問してきた。こいつはゴブリン相手に怪我した当人である。
彼はガタイもよく、腕っぷしには自信がありそうだ。膨らんだ上腕を無意識に見せつけてるように感じた。
「冒険者になる前は一人で訓練してたぞ。あとは、ドラットを倒したりだな」
「それだけで、オーガを倒しちゃうなんて、やるわね、ロイ!」
この男勝りな性格のとんがり帽子を被った女魔術師がヘルデ。
風魔法が得意で中級魔法を使える実力。
三人はいろいろと新人のうちに気をつけておくべきことを教えてくれた。
「ロイ、ゴロつきの冒険者には気をつけておけよ」
「なにかあるのか?」
「お前のことをよく思わない奴もいるってことだ」
なるほど、新人いびりというやつか。
確かに上下関係ってものを教えるとかいう理由で、使いっぱしりやいいカモとしてこき使う冒険者もいると、アミさんから聞いた。
特に俺の場合は悪目立ちをしている可能性が高い。よく注意しておくとしよう。
「さて…それじゃあ、俺たちは帰るぜ!またな、ロイ!」
「ああ、またな!」
ケビンたちは気さくでいいやつだったな…。
いっそ彼らとパーティーを組んでみても面白いと思ったが、やはり自分のパーティーは自分でつくりたいからやめた。
少し落ち着いたらパーティーでも募集してみるか。
明日に備えて早めに休むことにしたが、
興奮で目を覚ましてしまい、寝たのは真夜中から数時間経ってからだった。
・・・・・・・・・
…眠いが行くぞ!
全身水浴びをして、半睡眠した身体に覚醒を促す。
準備よし!
とうとうこの時が来たぞ!
出発地点である北門の前まで移動した。
「朝早いな、ロイ!」
聞き覚えがあると思えば、昨日ぶりに見るケビンだった。
「ケビンたちもな。クエストか?」
「あぁ、前回の反省のためにランクを落としたクエストを受けるところさ」
彼らなりに課題を見つけてパーティーの連携や調整をするらしい。
「そうか…、じゃあ俺は行くよ。またな」
次も会えることを期待してその場を離れる。
「おう!今度は飯でも食おうぜ!」
「ケビンの奢りならいいぞ!」
言ってくれるぜ!とケビンの泣き言を背に北門まで向かう。
「気をつけていけよ!」
右手をあげて拳をつくる。
俺なりのケビンへの返事だ。
目的地は『神霊の森』の奥深くにあるという『マナエルテ』。
ようやくスキルを気にせず使えるようになるかもしれない。
そうすれば、より強いモンスターとも渡り合えるだろう。
うずうずしているのがわかる。
これは興奮だ。
俺は急足で『神霊の森』へと向かった。
・・・・・・・・・
「・・・どうやら行ったみたいだな」
「あいつが噂の新人だろ?…追いかけるのか?」
「当たり前だろ。あいつのスキル次第では、俺たちの利益になるんだからな!ヘッ!」
「・・・おまえら、あいつの後をツケるぞ。
・・・何か隠しているはずだ」
路地裏から見つめる黒づくめたちは、影を縫うように走り出す。
黒マントがなびき揺れ、風が吹くとその場から跡形もなく消える。
背後に滲み寄る不穏な影は一人の冒険者を追いかけていった。
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