第3話 成人の日

「・・・・・・ッイ!!!」


声が聞こえる。

誰だ?


「・・・ッイ!!・・・をあけ・・!!!」


もう少しで聞こえそうだ。

意識を声に集中させる。


「ロイ!ロイってば!起きてよ、目を開けて!!!」


この声、聞き覚えがある。


俺は目を開ける。

目に映るのは、真紅の長髪が鮮烈さ醸し、

透き通るような淡く澄んだ碧い瞳。

そして一目見たら忘れない、

美と愛らしさを兼ねた容姿。


目の前にいる人物を俺は知っている。


紅の髪が顔まで届いてくすぐったい。

それに小さく綺麗な白い手が、俺の手を握りしめている。


「ロイ…、本当に心配したんだから!」


思いっきり抱きつかれてしまった。


どうやらここは病室らしい。


魔力災害に巻き込まれ、発見した彼女の父によってここへ運び込まれたのだと教えてくれた。


「ごめんな、フレア。心配かけた」


俺はフレアを抱きしめる。


彼女は、フレアヒューメル・インストリー。

この村に唯一ある医者の長女。


この病室は彼女の家だ。


「ほんとうよ!なんで、なんで!ロイがいつも酷い目にあうのよ!」


涙を流して訴えるフレア。


フレアだけは俺を村の連中のように扱わず、

対等に接してくれる最高の友人だ。


彼女の家族も俺に優しくしてくれる。

はじめは気を許せずフレアにもキツくあたっていたこともあったが。

今は良好な関係を保っている。


俺が恩義を感じている村で唯一の一家だ。


「手当してくれてありがとなフレア。全部フレアがしてくれたのか?」


「ぐすっ、そうよ。お父さんに診てもらった方が本当はいいと思うけど、今はお母さんの容体を診ているから」


彼女の家族はもうすぐ新たな命が誕生するところなのだ。


「でも、フレアは凄いな。お父さんに任されるくらい信頼されてるんだろ?」


俺より一つ下にも関わらずフレアは人間として出来上がっている。

大人たちに混ざっても遜色ない。


「そんなことない。まだまだ半人前。

世界にはまだ困ってる人が大勢いるの。

私、たくさんの人を助ける医者になりたい」


フレアは小さい頃からずっとその夢を語っていた。俺は彼女の夢を応援している。


「なれるさ、フレアなら。重症な俺を回復させた腕前なんだ。もっと自信持てよ!」


フレアの肩を気持ちを込めて叩く。


「ありがとロイ。あなただけは私の夢を笑わずに応援してくれた。だから今日ここにいるの。約束する…必ず私があなたの体も心も全て治してみせるから!」


手を握り直して、約束を誓うフレア。

彼女なら夢も約束も全て叶えてしまうだろう。


だが、俺にもやらなくてはならないことができたんだ。

それをフレアにだけは伝えようと思う。


「聞いてほしいフレア。…俺は成人になったら冒険者になる」


「え、…えぇ!?なんで急にそんな話になるの?」


驚きのあまり掴みかかってきた。

肩を掴まれて前後に揺さぶられる。

落ち着け!俺は怪我人だぞ?!


「待て待て!前から俺は強くなるためにいつか旅に出るって話しただろ?」


「でも、それって最低限の力を身につけてからの話でしょ?怪我してるロイにはまだ早いよ!」


どうやら説得は困難のようだ。

確かに今のままじゃ何を言っても聞き入れてもらえないだろう。


成人の日は三日後。

神さまの話が正しければ、スキルを得られるはずだ。


それから準備を整えて出発するとしよう。


「そうだな。まずは怪我を治すのが先だ。

…しばらくここにいてもいいか?」


この怪我では動けないのが当たり前なんだが、家族と会うのを今は避けたかった。


「あたりまえでしょ。あなた、内臓から骨までぐちゃぐちゃの状態で運ばれてきたのよ。

回復魔法とポーションで形は元に戻ったけれど、疲労は相当残ってるはず…。

全治するまでは絶対に帰さないから!」


人差し指を向けられて、安静にしていないと許さないとまで付け足される。

まったく、フレアにはお手上げだ。


だが一つ文句を言わせてほしい。


おい神さま!

重症じゃなくて手遅れ一歩手前じゃないか!

なんとかするの言葉はどこいった?!


しかし、こうして生きているのだから結果としてみればいいのだろうか?

ここで騒いでも意味がないので心の内にしまっておく。


けれど、驚いたのはフレアが死に際手前の人間を回復させたことだ。


彼女は他にも剣術の才能から知識の広さ、歳の近い男にも勝る腕っぷし。

そして最も凄いのは、魔法の実力が村一番とも名高い俺の親父を悠々に超えていること。


しかも才能に溺れずひたむきに努力していたことも近くで見ていた俺が一番よく知っている。


そう。

これまでは俺がフレアに勝てる要素はまるでなかったのだ。


だが、今の俺には『ステータス操作』というスキルがある。

さらに、成人になれば新たなスキルだって手に入る。


これらの力でフレアを守ることができれば、ようやく恩返しができる上に、

彼女を守れるのだ。


回復したらさっそく試したいものだ。

神さまに怪我を早く治してもらうよう。

窓の外から見える雲ひとつない青空へ祈った。




病室で安静にしてから三日経ち。

成人の日を迎えた。


三日も経つとベットの上の生活はあまりにも窮屈だ。


外は晴天、村の中は平和。

さっきからあくびが止まらない。

まだ寝足りないのだろうか。


成人の日というのは家族や友人たちを集めて食事や催しをして、当人が成人したことを総出で祝うのだが。


俺自身、家族から蚊帳の外として扱われているため祝われることはない。


しかし、今はとにかくスキルだ。


さっきからどうやってスキルを得るのか気になっていた。


部屋の天井を見つめて。

ボーッと、考え事をしている最中。

それは突然起こった。


(ロイセーレン。あなたは成人に達したため、スキルが付与されます)


この声、神さまのとこにいた無機質な女の声じゃないか?


(ロイセーレンは、スキル『鑑定』を取得しました)


スキル『鑑定』?

いったいどんなスキルなのだろうか?


途端に脳内へスキルの情報が膨大に流れ込んできた。


脳が破裂そうなほどめまいや頭痛に陥る。

この体験は二度目だが、何度も味わう痛みではない。


(スキル取得により、ロイセーレンのステータスを更新。…完了。ロイセーレンはこれよりスキル獲得が不可となります。世界システムの更新。…完了)


まてまて!

スキル獲得が不可ってなんだよ!?

俺はこの理不尽さに腹を立てる。


あ、そういえば神さまが、 成人を迎えたらスキルを得られなくなるとかいってたような…。

これのことだったのか。


何はともあれ肝心のスキルは手に入ったわけだし、良しとしよう。


スキル『鑑定』。このスキルは、

人やモノといった対象を自分で選択すると、対象の情報が閲覧できるというスキルだ。


例えば、薬草採取する場合。

雑多な草むらで対象の薬草を瞬時に発見したり、品質の状態もわかる。


もちろん戦闘でも、モンスターの名称や危険度、弱点箇所がわかる。


かなり汎用性の高いスキルのようだ。


神さまこれは使えるよ!本当にありがとう!

俺は神様に心からの礼を尽くす。


鑑定は身体をあまり使わずにできそうだ。

さっそく病室のモノを手当たり次第に鑑定してみた。


いろいろと試してわかったことがある。

一つは、はっきりと認識できているものにしか鑑定の対象にはならないこと。


遠くのモノやぼんやりと認識したモノは鑑定の対象から外れてしまう。


二つは、脳への負荷が大きいこと。

直接情報を受け取るため、スキル取得の時ほどではないが頭痛がする。


調子にのって使いすぎたので、頭が締め付けられるように痛い。

乱発は厳禁だろう。


それでももう少し試しておこうとスキルを使ったが、脳の痛みに耐えかね倒れるように眠りについた。




数時間後。

なんだかいい匂いがする。


部屋は薄暗く、ロウソクの灯火が部屋中の照明となり落ち着いた雰囲気に包まれる。


すでに日は沈んでしまい、

すっかり夜みたいだ。

頭痛も治ったらしい。


コンコン。


ノック音が聞こえると扉からフレアが入ってきた。


「目が覚めたんだね。起きてたのなら返事くらいしてよ」


「ああ、すまん」


ネグリジェ姿の彼女はいつもと違って、女性らしい雰囲気を纏っている。

不覚にも見惚れていた。


「はい。食事もってきたけど食べられそう?それとこれは祝い菓子ね」


ベット横のテーブルには、村の中では滅多に食べる機会のない食材を使った豪勢な食事が並べられていた。

その中でも祝い菓子は、貴重な砂糖をこしらえたフルーツのパイ菓子だった。


村では数年に一度食べられるかどうかの一品。食べてしまって良いのだろうか?


「ありがとな、いろいろ世話になってるのにご馳走まで。ほんとに食べていいのか?」


「私がしたくてしてるの、遠慮はダメ!

ちゃんと食べてよね!それに今日は…。

ロイの成人の日だし、お祝いをしたかったから」


おろした真紅の美麗な髪をいじっては恥ずかしそうにしている。


フレアの優しさに甘え祝い飯を食べる。

家族と食べる食事よりあったかく美味しい。


フレアの気持ちが込められている気がした。本当にいつも助けてもらってばかりだ。


俺は改めて思う・・・フレアを守りたいと。

彼女のそばにいたいと。


食事を済ませお礼を伝えるとともに、


「フレア。話がある…聞いてくれないか?」


「なに?話って」


テーブルの片付けを止め、

近くにある椅子へ座るフレア。

何度見ても飽きない。

きっと心が掴まれて離れないのだろう。


俺は彼女に成人になったら言おうと思っていたことを伝える。


「フレア、俺はフレアのことが好きだ。婚約を前提に付き合ってほしい」


フレアに告白すること。

これが成人になったら言おうとしていたことだ。


風が窓にぶつかり軋んだ音が部屋の静寂さを伝える。


フレアは瞬きひとつせずに固まっていたが、

とたんに涙を流して手で顔を覆い俯いてしまった。


「な、泣くなよ。なにか悪いことしたか?」


「してない。これは、その…嬉しくて…。

やっとロイに、振り向いてもらえたから…」


尊い。この一言に尽きる。


フレアを宥めるためベットから起き上がる。

どうやら身体はほぼ治っているみたいだ。

泣いて小さくなってる彼女に近づき抱きしめた。


「フレア。これまで支えてくれてありがとう。

ここにいられるのはフレアのおかげだ。

今度は俺がフレアを守る!フレアが成人の日を迎えるまでに。俺、強くなるから!

そして強くなった俺を見て、気持ちが変わらなかったら。俺と婚約してくれ!」


彼女の顔をあげて目を合わせる。

なんて綺麗な瞳。涙ひとつとってもこんなに愛らしいと思ったことはあるだろうか?


「もちろん!本当は今すぐにでもしたいけど…。成人を迎えるまではお預けね。

でもね…ロイ。あなたは今のままでも十分素敵だよ。けれど、強くなるっていうなら止めない。だから私のことを守ってね!ロイ!」


笑顔で涙を流す彼女を強く抱きしめる。

フレアを守る。

どんなことがあっても必ず守る。

俺はそのために力を振るおう。


月の明かりに照らされて、

空も風も虫たちも自然の奏でるメロディーとなって美しい音色が聴こえてくる。

まるで、僕らを祝福してくれているような、天からの贈り物みたいに感じた。

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