第5話 旅立ち

「おそい!心配したでしょ、ロイのバカ!」


時は夕刻を指し、空もすっかり日が沈みつつある。影は色濃く伸びて、辺りを夕闇に包む準備をしているようだ。


「悪かった!つい夢中になりすぎてな」


俺は泥だらけのまま、まるで子どもが外を遊び回って帰ってきたような姿で帰宅する。


フレアはさしずめ、子どもを叱りつける母親といったところか。


「…それに、その大量の“ドラット”をどうしろっていうのよ?」


「いやー…、なんとか料理したりできないかなってさ…あはは」


あの後無我夢中に狩っていたら、二十匹以上も討伐していた。


途中で体力が尽きながらも休憩しつつ、

紐で引きずって持ち帰ってきた。


「あのね。確かにロイが今までよりも強いのは認めるわ。けれど、それとこれとは話が別よ!どうするのよ!食べきれるわけないじゃない!」


二人だけでこの量を食べ切るには多すぎる。

そこまで考えが至らなかったため、反省だ。


「じゃあ解体して売るのは?確かドラットの肉は料理に、毛皮は防具になるって聞いたぞ」


「そうだけど、この量を全て解体していたら夜中になるわよ!…それに知ってるでしょ、

…私が解体を苦手なの」


そうだった。

フレアはホラーやグロいものが苦手なのだ。

加工された肉は平気だが、昔は傷口から出る血を見ただけで卒倒していたこともある。

超かわいいよな。


「解体のやり方は知ってるから、できる限りやっておく。フレアは引き取ってくれる人を探してほしい」


「わかった。それじゃお願いね」


さてと。自分で蒔いた種だがどうしたものか普通に解体していてはフレアのいう通り夜中になってしまう。


少し辛いが仕方ない。


俺はスキルを使用してドラットの毛皮と肉、一部には魔力結晶が残存していたので。

解体の下地をする。


ステータス操作だけで解体をすることはできない。できるのは解体の手間を省く程度…これだけでもかなり便利ではあるんだが。


解体していると、スキルの反動による痛みが走る。


これなんとかならないのかよ!

いい加減うんざりだ!


早く対策を考えないとスキルを使うのに抵抗ができてしまう。


これではせっかくのスキルが邪魔になって、二度と使いたいと思わなくなるだろう。


それは本意ではない。

もしかしたら、フレアなら何か知ってるかもしれない。

あとで聞いてみるとしよう。



一時間足らずで解体を終える。

やはりスキルは便利だな。

痛みも和らいできたみたいだ。


タイミングよく、フレアが村の業者を連れてきた。

フレアと業者のおじさんは、目を丸くしている。


「うへー。これ全部買い取りですかい?フレアの嬢ちゃん」


「は、はい。どうですか引き取ってくれますか?」


不安な眼差しで見つめるフレア。


「もちろん!全部買い取らせてもらうぜぇ。にしても丁寧な解体だな。傷無くここまでできるとはさすが嬢ちゃんだな」


お、プロに褒められた。

なんか新鮮で嬉しいな。


「違います。私ではなく、ロイが解体してくれました」


「はぁ?ロイって、『無能のロイ』のことですかい?ご冗談でしょ」


冗談ではない。と言ってやりたいが、弁護する気力はないのでスルー。


フレアがプルプルと肩を震わせて拳を固く握りしめている。なにやら怒っているみたいだ。

落ち着けフレア、どうどう。


「その呼び方やめてもらえますか?ロイのことを悪くいう人は、誰であろうと許しませんから!」


鋭い視線が業者のおじさんに向けられる。

フレアが俺を庇ってくれたのが心底嬉しい。

でも眉間に皺がよるからほどほどにな。


「全く嬢ちゃんも物好きな人ですね〜。

…おい、ロイ。これはおまえがやったんだな?」


「あぁ。そうだがなにか?」


なんだ?

俺が解体したことを信じられないのは無理もないが、わざわざ聞いてくるなんて珍しいこともあるもんだ。


「なんでもねーよ。じゃあフレアの嬢ちゃん。明日買い取り金を渡すから、また店に来ておくれよ。今日は遅いからもう寝るんだぞ」


こうして無事にドラットの解体の品を引き取ってもらうことができた。



・・・・・・・・


「うっま!なにこれすごい美味いな!」


並べられた料理はどれも彩りのよい食事。

メインはもちろん肉肉肉肉肉・・・・・。

全てフレアの手料理だ。


特に美味いのはドラットの唐揚げ。


ドラットは村の外敵ではあるが、栄養価の高い食材でもある。

なんでも、村の作物を好むため人間に都合のいい食材になったとか。


「まだあるからいっぱい食べてよ!余った肉は保存食にしておかないとね」


「フレアありがとうな。飯もそうだが、さっき庇ってくれてさ。…嬉しかった」


「当然でしょ!私の婚約者をバカにされて腹が立たないもんですか!」


自分で言って自分で照れて黙ってしまった。

はぁ…そんなフレアもかわいい。


さて、俺はそろそろ本題を切り出す。


「フレア。明日は実家に帰るよ」


「…それって、もう旅に出るってこと?」


不安な顔で見つめてくる。

前から話していたこととわかっていても、

気持ちが追いついていないのだろう。


「ああ、ここから近くの街『フィオネスト』に行く。そこで冒険者になる」


今日までの積み重ねてきた修行が果たして冒険者として通用するのか、気になるところだ.


「…ねぇ。本当に冒険者になるの?

もっと他の安全な仕事じゃダメなの?」


「気持ちはわかるが、俺も強くなりたいからな。それもフレアを守るためだ…。大丈夫。一年経ったら帰ってくる」


「だったら私も行く!一緒ならロイを危険から守れるよ!」


確かにフレアが一緒なら、大抵のモンスターは敵にすらならないだろう。


でもそれは彼女に守られるだけだ。


俺はフレア離れしないといけない。

自分の力で生きられる強さがなければ彼女を守れないから。


「ダメだ!フレアを巻き込むわけにはいかないんだ。それに成人じゃない人は村から出ない決まりだしな」


村にはどうしようもない決まりがいくつかある。


「そんなの関係ない!私はロイと一緒にいられないことの方がイヤ!」


涙を流して座り込む。


フレアも不安なのだろう。

彼女にも友人と呼べる人はいるが、俺と一緒にいたことで後ろ指を指されているのかもしれない。


よく考えてみたら二人で遊ぶことの方が多かったように思う。


「泣かないでくれ。気持ちはわかるけど、出るのはたったの一年くらいだ。

その間は寂しい思いをさせるかもしれないが…それでも待っててほしい!

フレアが惚れ直すくらい強くなって必ず帰ってくるから!」


恥ずかしいことを言ってる自覚はある。


それでも、『思いは伝えなくては意味を持つことはない』。


これは俺が尊敬している人の言葉だ。


「…なら約束して!

一、必ず無事に帰ってくること!

二、定期的に手紙を書くこと!

それから…

三、他の女にベタベタしないこと!!!」


最初の二つはともかく。三つ目はフレアのことを考えればあり得ないことなんだが…、

信用されてないのだろうか?


「この三つを守ると誓うなら、もうなにも言わない…どうする?」


そんなの無論だ。


「わかった…必ず書くし、帰ってくる。

フレアありがとうな」


俺は強くフレアを抱きしめる。

わずかに揺らいでいた決意がはっきりと固まった。




・・・・・・・・・


(帰ってきてしまった…。)


村一番の家屋。

木造の家にしてはどこか貴族の名残りを感じる白と金色の煌びやかな外装。

庭園まであるのだから、村とのミスマッチさが際立つ。


もともとここは好きじゃなかった。


家族だからいるだけで、そうでないならきっとここにはいない。


しかし、生まれがここである事実は変えられないから。


これまでの環境についてとやかくいうつもりはない、それでも気が進まない。


早急に荷物をまとめて出よう。


「ロイ…坊ちゃん。でございますか?」


みつかった!?

うわー…、とやかく言われるんだろうな…。


振り返るとそこには見知った人物がいた。


「なんだ、ロバートか…。久しぶりだね。元気にしてたかい?」


彼は執事のロバート。家の使用人でタキシードの似合う白髪白髭のジェントルマン。


俺の世話役をしてくれていた身内の中で唯一の恩人だ。


「今までどちらにいらしていたのですか?

このロバート、ずっと心配しておりました」


「フレアのとこさ。心配をかけてすまない。それと急だが、明日には村を立つから荷物を取りに来たんだよ」


「坊ちゃんが一人で行くなど無謀です!

そんなこと、命がいくつあっても足りませぬ!」


ロバートは俺が生まれてからのことを一番知っている。

そんな彼が俺を止めるのも無理はない。


「そうだよな。ロバートちょっときてくれ」


「何ですか?」


庭園の近くには修練場がある。

正門近くでは危ないため、ロバートと共に修練場に移動する。


俺は近くにあった手頃の石を拾い上げる。

拾った石を修練用の的に当てて貫通させて見せた。


「ぼっ、坊ちゃん!」


どうやら驚いているみたいだ。

これでわかってくれただろう、俺が旅に出ても問題ないと。


「いつのまに、石を持ち上げられるようになったのですか!?

このロバート、開いた口が塞がりませぬ!」


そっちか〜。

だが仕方ないな。手のひらサイズの石一つすら、重くて投げることはおろか、持ち上げることができなかったからな。


「あっという間ですね。もう坊ちゃんに仕えるのは卒業でございます。寂しくなります」


「ロバート…、今まで世話をしてくれてありがとう」


ロバートと久々に話した。

どうやら定年も近いため、俺の成人と同時に引退すると決めていたらしい。


だが、成人しても帰ってこない俺が心配で働き続けていたみたいだ。

どうやら悪いことをしたみたいだ。


ロバートには旅の支度を内密に手伝ってもらった。


「坊ちゃん。これまでお仕えすることができて、本当にありがとうございました。

私はこれでお役から退きますが、村には滞在するので必ずまた顔を見せてくださいな」


「わかった。ロバート、一つだけ頼めるか?」


「なんでございましょう」


「俺が旅立った後。フレアのことを気にかけてほしい」


ロバートならフレアをきっと手助けしてくれるだろう。

家族の中で一番信頼できるからこそ、

彼に任せる他ない。


「わかりました。坊ちゃんの頼みです。帰ってくるまでお勤めを果たしましょう」


「必ず帰ったら礼をさせてもらうから。ロバート本当にありがとう!」


「こちらこそです。…坊ちゃんお気をつけて」


握手を交わしてロバートとしばしの別れを惜しんだ。



・・・・・・・・・


「よし、準備万端だな」


荷物も準備を終え、後は明日の朝に村を発つだけだ。


冒険者になったらまずは。

ギルドへ行って…

それからクエストを受けて…

あとは…パーティーを作ろう!


仲間がいれば強いモンスターとも戦いやすいだろう。

どんな仲間ができるだろうか。


どうしよう、楽しみすぎて寝られない!


早く明日にならないだろうか。


あれこれ期待を膨らませていると。

ノックの音と同時に、フレアが部屋に入ってきた。


病室でみたネグリジェとはまた別の白く煌びやかな美しい衣装。

まるで天使のような姿だった。


「ごめん。夜遅くに」


「どうした?フレア」


こんな夜遅くになんだろうか?


「その、少し話したくて…いい?」


「もちろんだ」


真顔で即答。

フレアは少し驚いていたが、

よそよそしくベットに座った。


話をしたいといっていたのに、座ったきり黙ってしまった。

ここは俺から話を切り出すとしようか。


「なあフレア。スキルを使うと頭が痛くなるんだけど、対処法って知らないか?」


「スキル使用後の頭痛?聞いたことないわね。そんなに酷いの?」


大丈夫?と気にかけてくれるフレア。

マジ天使。


「まあな。知らないなら別にいいんだ」


「待って、どんな痛みも呪いも治せる方法なら聞いたことあるよ」


「どうやるんだ!?」


俺はフレアに詰め寄る。

それが本当ならもう痛みに悩まなくて済むかもしれない。


「ち、ちかいよ…ロイ」


「ごめん!怖かったよな」


しまった!興奮のあまり近づきすぎた。

急いで離れようとすると。

フレアに腕を掴まれる。


「べ、別に怖くない…。驚いただけだから」


「…そうか」


フレアさん。

ちょっと距離が近すぎやしませんかね?

もう腕とかほぼくっついてるし…。


これはもしや…、そういうことなのか!?


「思い出した。

『フィオネスト』を北に進んだ森の奥。

確か精霊の住む『神霊の森』(しんれいのもり)の泉から湧き出る“浄化の水”(じょうかのみず)にそんな効果があったよ」


これは有益な情報だ。

それを飲めば痛みを感じなくて済むのかもしれない。


「ただ神霊の森は精霊たちから認められないと入れないから。辿り着いても入れるかどうか…」


「ありがとな、フレア。おかげで望みが見えたよ。冒険者になったら行ってみるさ」


さすがフレアだ。医学の勉強をしているからこの手の知識は深いのだろう。


感謝のあまりにフレアの肩を掴んで引き寄せていた。やらかしたと思ったが、

フレアは固まって動かない。


しばらくの沈黙。


するとフレアが頭を肩に乗せてきた。

さらにすりすりと頭を擦り付けてきた。

撫でろってことか?


俺は頭を撫でる。赤くサラサラした髪は触り心地が大変良い。

本人もなんか嬉しそうだ。


でもこれってやはりそうなんだろうか…?

だがどうする?本当にいいんだろうか…?


まだフレアは成人じゃないし…。

村の掟もあるし…。


いやいや!しっかりしろロイ!

フレアを守る男がこんな弱腰でどうする。

ここは勢いに任せてしまおう!


俺はフレアの頭を撫で終えると、肩から背中から下へとゆっくりさする。


抵抗しないということは、受け入れたサインだ。


柔らかくきめ細かな白く綺麗な肌は雪のような繊細さを感じる。

フレアも一人の女の子であることが改めてわかった。


俺たちは互いに向き合う。

なんて綺麗な碧い瞳だろうか、その引力に引き込まれていくように、薄ピンクの唇へと重ねていた。


見つめ合うと、瞼を閉じた・・・。


それからはフレアをただただ愛した。

彼女も身を委ねて、愛を感じている。


この時間が止まってくれることを切に願い、俺たちはひたすら愛し合った。



・・・・・・・・・


支度を整えて俺は、村の正門にいた。


まだ日も昇っていない夜闇の中。

俺は静まった村を見つめる。


嫌なことも良いこともこの村に全て置いて。

新しいロイセーレン・グランヨルデとしてまた帰ってこよう。


フレアを守るために、

そして夢である英雄に近づくために。

しばしの別れとして村へお辞儀をした。


「…いくか」


俺は歩き出す。

目指すは『フィオネスト』。

それから『神霊の森』。


ここから俺の冒険が始まるんだ!


「・・・ロイ!ロイーーー!」


俺を呼ぶ声が聞こえる。

振り向くとフレアが全力で追いかけてきた。


「なんで、なんで置き手紙だけおいて行こうとするのよ!」


朝からカンカンに怒るフレア。

寝起きのままだからか、

髪も服もヨレヨレだ。


「だって置き手紙の方が、かっこよくないか?」


俺の自論を述べる。


「かっこいいとかじゃない!私だって見送りしたかったんだから!もう、ロイのバカ!」


ポカポカお腹を叩いてきた。


「ごめんな。ほらその格好だと風邪引くぞ」


俺は黒いローブをフレアにかける。


「このローブ。ロイがずっと使ってきたものじゃ…」


「これを俺と思えば寂しくないだろ?」


フレアは嬉しそうにローブにくるまった。


「それなら、私はこれをロイに…」


渡されたのは、銀のチェーンに赤く輝く真紅の宝石がついたネックレス。


「これは?」


「お父さんとお母さんから受け継いだ大切な魔石のお守り。この中に私の魔力が少し入ってるの」


「そんな大事なもの、受け取れないよ」


「何言ってるの?帰ってきたときに返してもらうために預けるだけだから!

強くなって私を守れる男になるんでしょ?

ならお守りくらい守り通してみせなさい!」


ほんと、フレアには頭が上がらないな。

預かったネックレスを首につけ、上着の中に宝石をしまう。


「じゃあ、いってきますフレア」


「いってらっしゃい、ロイ」


フレアに見送られながら俺は村を出発した。


後ろは振り返らない。


次に帰ったときどれだけ俺は成長しているだろうか。

きっとそれは、これからの生き方次第で大きく左右すると思う。


まだ見ぬ未知の世界。

必ず強くなってやる!


俺の決意は燃えていた。


空に一線の光が広がる。

その眩しさに目を細めた。


陽光に近づくほど、空が明るむ。

まるで俺の門出を案内するように道の上は、

眩く輝いていた。

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