第23話 鮎田(旧姓鈴木)芽依、鈴木(旧姓栩内)芽依の日記を解読する話

 2076年2月末。歩と数樹の結婚披露パーティーが行われた。


 会場は第二行政地区の鮎田屋の宴会場。招待客は歩の大叔父ほか親戚数人と、移動用介護具に乗った「ばあちゃん」。

 新郎新婦の友人たち、恩師ほかも招かれた。

 「超現象を用いた移動」手段を駆使して送迎した。


 歩の両親やふたりの親族の遺影が飾られた。

 第二行政地区屈指の人気パーティー会場として高い評価を受けている鮎田屋が、慶びの席にふさわしい華やかな雰囲気ときめ細やかなサービスを提供した。

 数樹の弟や妹も手伝った。家庭的な雰囲気も醸し出しつつ、鮎田屋の自慢の料理やもてなしを堪能する祝宴は大いに盛り上がった。


 ***

 

 それから数週間後。

 

 そろそろふたりの首都での新居に移動する時期となった。その前にもう一度ということで、新婚夫婦は鮎田の実家を訪問した。そして、歩は母の日記の中の「ようか」について書かれたページを義母の鮎田芽依に見せたのだ。

 

「そのページはきれいな字で書いてあるから、読めるんですけど、あとが謎なんです」

 歩は2053年5月8日以降のページを見せた。


義母が覗き込む。

「あら懐かしい、これ、フェデラルショートハンドじゃない」

「ご存知ですか?」

「独身時代、いつかさんに会う少し前、大学で学長秘書をしていて、その時学長がよく使っていたわ。連邦共通語の速記記法の通称がフェデラルショートハンド。いつかさんも頭の回転の速い人だから、文字を書くスピードが頭で考える事柄に追いつかないとき、使ってたのね。どれどれ」


 義母が読み、端末を出した数樹がその内容を書きとった。

 ――さすが管理部門の公務員予定者、こういう事務は手慣れている。

 

 ***

 

[6月 歩はかわいい、とてもかわいい、でも時間ない、ねむ、つら、きれいな字、むり、ショートハンド一択、体調戻らない、起き上がれない]


[そんなにー---なくなああー--もおおお!]


[こしいたひ]

(あら、ここから2行全然読めない、と鮎田芽衣談)

 

[日付の感覚ない、

最近タツヤさん、おむつかえるのすごいうまくなってきた。

私より手際がいい。

歩、かわいい、体調すこしもどってきた、私しっかりしなきゃ]

 

[産休あけた。保育園にお送りするとき歩も泣いたけど、

私の方がもっと泣きそうになった、しっかりしなきゃ]

 

[きょうはタツヤさんが送りに行ってくれて、

俺もお別れのとき、涙腺ヤバいって、この男意外と可愛いなと]

 

[月日経つの早っ、この日記、半年くらい書いてない。歩、立って歩く、いたずらすごい、にくたらしい、でもかわいい、大好き]

 

[連邦首都出張。超現象ワープで行くからほぼ日帰りでいける。


トチウチで上げた業績が、鈴木に改姓させられて、一度切れてしまった。


だから、会議の発表でアピールして、以前の私といまの私を繋いでいきたい。

どちらか残って歩を見ようかと思ったけど、


ふたりで一気に仕事を日帰りで済ませて、3人でゆっくり休暇をとることにした。


そろそろ、ようかさんのお店に行きたい。タツヤさんも行きたいって。


きっとようかさんたちは幸せになっている。心を込めて私が祈ったから、大丈夫。お店のカードは日記に入ってる。大丈夫。


私も幸せなのを、二人で喜びあいたい。

ずっと暗い森と明るい幸せが交互にあるような生活だった。

森はほぼ通り抜けたような気がする。


歩は最近]


「……最近、で中断。残念ながら」


 鮎田芽衣は日記を閉じ、ため息をついた。


栩内とちうちは歩のお母さんの旧姓、タツヤさんはお父さんの達哉さんのことだね」


 母が卓に置いた日記を真剣な目つきで見ていた数樹が補足した。


「そう」

 そう言った歩の目からポロポロと涙がこぼれた。数樹が慌てて、ポケットからハンドタオルを差し出す。

 鮎田芽依が近寄って来て、歩をぎゅっと抱きしめた。


「お義母かあさん、ありがとうございました。私の父さんと母さん、こんな人だったんだ。大叔父さんにきいてた感じでは、もっと温和で落ち着いたイメージだった。お義母さんが関わると、鳩になったり、なみだもろかったり、ショートハンドで走り書きしたり。いろいろ面白い面が見えて、不思議です。本当にありがとうございます」


「こちらこそ。いつかちゃんはやっぱり天使だったのね。わたしたちの幸せを祈っていてくれた」


 ――お義母さんは鼻を真っ赤にさせて泣くタイプらしい。


 歩も多分そのタイプだ。


 初回訪問のとき、歩を警戒して寄ってこなかった鮎田家の黒猫のピピが、泣いている歩のところにきた。しなやかな身体を擦り付ける。

 

「ひとつ、気になったんだけど、歩さん、鮎田に改姓して、本当によかったの? 研究者は改姓すると、日記に書いてあったように不利なこともあるんじゃないかしら」


 自分の席に戻り、鼻は赤いままで、急に気遣わしげな真剣な表情を浮かべた鮎田芽衣は問いかけた。


「今は、私やいつかさんの頃と違って、夫婦別姓は可能になった。新姓を作って届けることもできるのだから、鮎田の長男とか、気を遣わなくてよかったのよ」

 数樹の隣の席に戻って座った歩は、ついてきた猫のピピを見た。ピピも歩を見て、それからぴょんと歩の膝に乗った。

「大丈夫です。論文は書きましたが、まだ発表していないので、最初の論文から鮎田歩になります。それに、鮎田って名前、結構気に入ってます。お義母さんや母たちの世代が苦労した夫姓への改姓ほぼ強要の問題。社会が変わって、今は解決していて、どちらも選べるようになってる。幸せな時代と思ってます」


「そっか、よかったね、あゆあゆ」


 歩と数樹は母にそう呼びかけられて赤面した。


「親が僕の嫁をその名で呼ぶなぁ!」

「鈴木達哉さんといつかさんの分まで、俺たちみんなで、うちのあゆあゆを可愛がろうな、息子よ」


 無口な鮎田の父もそれまでの無表情な顔を緩めて言った。

 数樹がキリッとした表情で叫ぶ。

「言われずとも!」




---


2023-10-22 「鮎田芽依」と「お義母さん」、表記が揺らいでいたので直しました。その他小さく直しています。「母」表記はちょっと悩みましたがそのままに。

次、§6 仕事 

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