赤い文字で断罪される勇者は敬愛する妻とかぼちゃを食べる:暗い森で迷い惑って夢を諦めかけましたが、大切な家族と連れ添い幸せになります
第22話 鮎田(旧姓鈴木)芽依が鈴木(旧姓栩内)芽依のことを鳩ちゃん天使と呼ぶ話
第22話 鮎田(旧姓鈴木)芽依が鈴木(旧姓栩内)芽依のことを鳩ちゃん天使と呼ぶ話
2053年。通院帰りの妊婦鈴木芽依が憂鬱な気分で静かに座っていたベンチ。
隣に威勢のいい重量級の見知らぬ妊婦がいきなり座る。ベンチを軋ませ、満面の笑顔で話しかけてくる。
「こんにちは、いつかさん。わたし、2021年5月8日生まれの鈴木芽依。ようかって呼んでね」
「え……」
「さっき、薬局でお会いしたじゃない」
「あ」
突然「いつか」というふたつ名をつけられた鈴木芽依(5月5日生まれ)がビビるのも無理はなかった。
しかし鈴木芽依(5月8日生まれ)は止まらない。
「いつかさん、予定日は?」
「……6月です」
「いつかさんの方が後なんだね。中央病院?」
「はい」
「一緒だ! ところで、お腹空いたわね! 体重管理あるから、ヘルシーなごはんが食べられるカフェに行きたいわ。私が食べすぎないように見張ってね!」
鈴木芽依(数樹の母、ようか)がお願いしてみると、鈴木芽依(歩の母、いつか)は困った顔をした。
ようかも、内心『私、やり過ぎた?』と不安になっていた。
丸顔に笑顔は絶やさなかったが、ボサボサのショートカットを無意識にむっちりした片手でガシガシかきむしってしまった。
いつかはクスッと笑った。
「はい、ご一緒させてください」
ふたりはカフェに連れだって入り、ようかは店員に半個室のテーブルを頼んだ。
なんとなくそうしたほうがいいように思った。ふたりともヘルシーランチを頼む。
最初のあたたかなコンソメスープ。
案の定、それを一口飲んだとたん、いつかはぽろぽろと涙をこぼした。
「ずっと、走ってきたのに……、研究とか、いろいろ。すごく頑張ってきた。こども、夫がほしいって、わたしもそのときは、すごく。でも、もう走れない、育てるのも、無理かもしれない」
――そっか。シュッとしたひとも、いろいろ悩みがあると、ちょっと支離滅裂になるのだな。
そう数樹の母は思った。
「んーとね、いつかさん、大丈夫! 走ったあと歩くと、ずっと走って疲労骨折するより、絶対いいよ。わたしもねー、いろいろ大変だけど、まっすぐはしれないけど」
数樹の母は一生懸命に慰めた。
***
そこまで回想を聞いた数樹が言った。
「母さん、それ意味がわからない。でも、そうだよなあ、あゆあゆも、そういう凹むとこあって。こんつめすぎ」
そこで数樹はハッと気が付いた顔をした。
「あぁ! つっ!」
「なによ、数樹、嫁さんをあゆあゆって呼んでるの! ムフっ、マジ!」
「忘れてくれ……」
数樹はボリボリと頭をかきむしった。
――お、数樹の頭ガシガシ久しぶりに見た。なんか子ども返りしている。
あゆあゆ暴露に巻き込まれ動揺して赤面しつつ、歩はちょっとほっこりした。
***
「でね、そしたらメインが来たわけ。給仕の人がさ、プロでさ、何もなかったように並べて、そっと戻っていった。じゃあー食べよう食べよう、ってなって」
喋りながら、ぐいっとビールを飲む。
「そしたら、いつかさんも、ただちょっと愚痴りたいだけだったみたいで、元気になってきた。で、わたしたちが定食屋を始めるって話をしたら、行きたいって言ってくれて。このカードをいつかさんに渡した」
数樹の母は立ち上がった。
引き出しの中から、ファイルを出す。最初のページに入った黄色の地に赤文字のカラフルなカードを取り出した。
「多国籍料理定食 鮎田屋……懐かしいカードだ。開店前に作ったやつ」
それまで寡黙に座っていた数樹の父がそれを見て、話に加わってきた。
長男によく似た長身。器用そうな大きな手も親子を感じさせた。
「その頃、私たち、まだ入籍してなかったの。鮎田のご両親に、私たちがお店を始めることと、結婚と、両方反対されていた。未婚のまま産むことになるのか、反対を押し切って籍を入れちゃうか、わからなかった」
数樹の父は神妙な表情になり、一方で母は満面の笑みで言った。
「けど、とにかく、頑張ってた時期ね。いつか開店するから、って友達にカードを配って呆れられてた。そんな話をしたら、いつかちゃん、また豆鉄砲食らった顔をして」
「うちの両親は、芽依を試してた部分もあったらしい。余計なお世話だって俺は何度も大げんかしてたが、最終的に芽依の尽くし勝ちだった」
「あらやだ、お父さんおおげさよぉー」
――結構ドロドロした問題なのに、さらっと片付けた……。
若いふたりは圧倒されつつ、黙って拝聴した。
「そんな訳で、あと何年かは、きっとようかの家は安定しないよって言った。そしたら、じゃあ、3年くらい経ったら、いつかさんが鮎田屋に子供連れて遊びに来るって言い出して」
テーブルに置かれた日記帳を数樹の母は愛おしそうに見つめた。
「わかった! それまでには鮎田芽依になっとく! 予約のメール! 待ってるよ! って私が言って。そして、なぜか、いつかさんに会った日の夜に、ご両親が折れてきた。幸せのシュッとした鳩ちゃん天使なのよ、いつかさんは」
数樹は笑った。
「なんだよ鳩ちゃん天使って。出産の直前に父さんと母さんが入籍してるのは、そんな訳か」
「まあ、尽くすというか。親のいいなりを強いられてたお父さんの相棒に私がなる。そして、資金計画やいろんな調整をして、店を作った、ともいうわね」
鮎田の父は黙ってうなずいている。
「ご両親も自分が子どもを思うままに動かそうとしちゃってる、それはマズイって、なんとなくわかったみたい。先週、施設へ遊びに行ったとき、
あ、ばあちゃんはアレ、と、飾り棚に飾られた何枚かの家族写真を指さす。
見ると、そのどれにも、どこか数樹の面影のあるお年寄りが、お義父さんお義母さん数樹たち(兄数樹。弟と妹は今日不在)と一緒に写っていた。
飾らない笑顔で楽しそうにしていたり、何か暴走している気配の芽依を見て、愛おしそうに呆れたりしている。
「ご心配はわかるの。そうやって夢を見てお店を始めた若者は、高い確率で失敗する。実際、私たちは危険な賭けをしていたかもしれない。でも勝算はあった」
鮎田芽依は、経営者の顔というのだろうか、キリッとした顔をした。
「数樹が生まれて半年くらいは、ふたりで子育てするために、お店の準備は最低限にした。半年後保育園へ預け、開店準備。1年後お父さんは勤めをやめて、その3ヶ月後、開店。見込み通り翌年には利益の出せる店になった。でもね、数年後、新聞で私の旧姓のときと同じ名前の同年代の女性が事故でお亡くなりになったのを読んだ」
誇らしげだった顔は、とても辛そうな表情に変わった。
「約束したのに。こっちは万全の体制で迎えられるのに。そう思って、すごく悲しかった。でも鈴木芽依ってすごくありふれた名前だから、研究者の鈴木芽衣さんは他にもいて、人違いかもしれないって思った」
数樹はぎゅっと歩の手を握った。
「でも、5年経っても、10年経っても、いつかさんからようか宛ての連絡は来なかった。鮎田屋のカードに印刷した予約用メールアドレスや電話番号も変えていないのに」
そして、数樹の母はニコッと笑った。
「研究者の鈴木歩さん、鮎田屋にようこそ」
「ここは僕の実家の居間ですが」
「うるさいよ、数樹」
歩はくつろいだふにゃっとした笑みを浮かべた。
「じゃあ、入籍祝い食事会は鮎田屋で」
「嬉しいこと言うじゃない歩さん」
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次、鮎田(旧姓鈴木)芽依、鈴木(旧姓栩内)芽依の日記を解読する話
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