Ch.2 数樹と歩と家族と仲間たち

§5 閑話:いつかとようか

第21話 鮎田(旧姓鈴木)芽依が鈴木(旧姓栩内)芽依の日記に登場する話

Ch.1の登場人物まとめ - 赤い文字で断罪される勇者は敬愛する妻とかぼちゃを食べる:

https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560/episodes/16817330665078786821


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「この、ようかさんて、お義母かあさんのことですよね」


 2076年3月。来週には首都に引っ越しを控えた鮎田(旧姓鈴木)あゆみは数樹の実家を訪れていた。

 今回は2回目の訪問となる。


 数樹の母の名は鮎田芽依。定食屋を夫婦で切り盛りしている。数樹の飄々とした長身風姿は父親似のようだ。


「あら! こんなこと書いてくれていたのね」


 恰幅の良い芽依はよく響く大きめの声で嬉しそうに答えた。


「お店のカードも日記の後ろのポケットに入ってました」

 

***

 

[2053年5月8日


 今日から産休。なんとか研究も一段落。安心して、今朝は久しぶりに朝寝坊をした。そして、買っておいたこの日記帳を開いた。母親らしく、きれいな字を書くように心がけたい。


 そういえば、先月薬局で会って、ランチをご一緒したようかさんは今日がお誕生日だ。元気にやっているかしら。お店やいろんなことはうまくいっているかしら。うまくいきますように、と祈ります。


 他のひとのために祈るのが幸せ。いままであまり考えたことがなかった。ようかさんと話していたら、互いの幸せを祈り合うって素敵なことだなあ、と、思った。ずうっと走り続けなければならないと肩肘張っていたのが、弛んだ。「歩きながら祈る」のも、時にはいいのかも。


 お互い元気な子が生まれて、いつかこどもたちが私たちのように良い出会いをして、お友達になれたらいいな。歩が3歳になったら、お店に行く約束を楽しみに、私もいろいろ頑張ろう。]

 

 ***

 

 歩が自分の母の書いた育児日記を久しぶりに取り出し、今回の鮎田実家訪問に持参したきっかけは、前回、芽依が語ってくれた思い出話だった。


 こどものころから、黒い書類保管箱がいつも部屋のどこかにあった。

 その中には父母の論文が掲載された雑誌を印刷した紙冊子などが約20冊入っていた。歩は折々に箱を開けて、何度も読み返した。

 でも、この日記は今読みあげた最初のページしか読んでいなかった。


 ***

 

 前回の鮎田実家訪問は1月。ふたりの大学卒業が確定し、その報告と結婚の挨拶のためだった。そのとき、歩の父母の事情を詳しく説明した。


 歩を迎えてから朗らかな笑みを絶やさなかった数樹の母は、少し寂しそうな顔をした後、意を決したように叫んだ。


「ねえ、歩さん、あなたが産まれたのは第一行政地区中央病院?」


 突然そのような細かいことを聞かれて、さらによく響く大きな声で、たじろいだ歩たちだった。

 数樹は端末を取り出して、最近取得した歩の戸籍登録事項証明書に記載されている出生地を調べた。


「緑町一丁目。あまりよく見てなかったけど、僕と同じだから、中央病院だね」

「まあ! じゃあ、あなた、やっぱりいつかさんのお子さんなのね! お名前きいたときからそうじゃないかと思ったけど、鈴木姓は多いから自信なくて。うれしい」


 歩はさらに当惑した。


「えっと……母は鈴木芽依という名前ですので、いつかという方ではありません」

「むふふふ、私も旧姓鈴木、鈴木芽依なの」


 数樹がはじめてその一致に思い当たったという顔で驚いている。


「名前が縁で、あなたのお母さんとおともだちになって、一緒にお昼ごはんを食べながらお喋りしたことがあるのよ」

 

 ***

 2053年。日本共和国、のちの日本地方第一行政地区、緑町一丁目。


「スズキメイ様、いらっしゃいますか?」

「はい」「はあい」「はいっ」


 声を上げた3人で顔を見合わせた。カウンター向こうの薬局の店員も困り顔だ。


「くさかんむりのメに、にんべんにコロモの芽依さんは……」

「はい」「はあい」

「すみません、端末で保険証を見せてください……」


 店員は雑な動作で確認した。


「あ、わかりました! おふたりとも妊婦さんで、お誕生日も近いんですね! 『いつか』の方の鈴木さん、お会計お願いします」


 3人は目礼を交わして、会計カウンター行きと待合席戻りに分かれた。

 雑な個人情報管理の薬局、とはいえ、数樹の母はあまりそういうことで店員を責め立てたい気分ではなかった。


 ――むふふ、面白いことを経験してしまったわ。


 しばらくして、「診療番号下四桁****のスズキ様」という呼び出しがあった。数樹の母の番号だった。


 手続きを済ませた数樹の母は、薬局のある商業施設の出入り口の方に向かった。そして、いくつか置いてあるベンチのひとつにぼんやり座っている妊婦に気がついた。


 ――さっきの「いつか」さんだ。


 ちゃんと体重コントロールできている中肉中背の肉付き。ふくらんだお腹。

 仕立ての良い妊婦仕様のグレーのスーツ。きちんとした職場でも浮かない配慮を感じさせる。

 きれいに整えた髪。けれど、毛先はパサついている。


 あまり、ジロジロ見ちゃいけないと思いつつ、ふと気がついた。


 ――いつかさん、すごく疲れた顔をしている。目元に涙が滲んでいるような。


 あまり、干渉しちゃいけないと思いつつ、のちに歩の義母となる無鉄砲で朗らかな三十路の肝っ玉妊婦、鈴木芽依は、ベンチに勢いよく腰掛けた。


 ***


「体重コントロールはいつも叱られてたわ。幸い、いろいろ面倒なことにはならなかったけど。でも、あの時、ベンチは軋んだ。私、重かったから」


 数樹の母は朗らかに回想して、唐揚げをぱくりと食べ、回想を続けた。


「鳩が豆鉄砲を食らったような顔をされたわ。シュッとした気品のある、いつかさんがのけぞって驚く姿、まさに鳩って感じだったのよ」


 それが数樹の笑いのツボに入ってしまったらしい。「鳩……」と呟きながら、笑い転げた。


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次、第22話 鮎田(旧姓鈴木)芽依が鈴木(旧姓栩内)芽依のことを鳩ちゃん天使と呼ぶ話

「閑話」とタイトルの最初に入れたセクション、話は主人公以外の視点となります。

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