第19話 再現部:伝承と継承(勇者と白い部屋の主)

 “In music, if there is a reprise, an earlier section of music is repeated.”

 コウビルド米語辞典より。

 音楽の再現部(リプライズ)とは、過去の回想を繰り返すこと。



 ---

 

 報酬の話が一段落したあとのガーデンキッチン。

 主と鮎田の会話が続いていた。その内容が、歩に伝わるのはかなり後のことになる。


 ***

 

「報酬の話は以上だ。何か貴殿から言いそびれたことはあるか?」

鮎田はにこやかに首を横に振った。

「ありません。大丈夫です」


 白い部屋の主(人型)はその言葉にうなずいたあと、逡巡するような表情を浮かべて切り出した。


「こちらが報酬をお渡しする立場で頼み事をするのも変な話だが、ひとつ鮎田氏だけに聞いてもらいたいことがある」

「はい、なんでしょう」


 鮎田は主を改めて見た。

 京人形めいた女性の姿の幻影をまとっている。

 幻影とはいえ、ふとんなどと同じで、その姿は実体に近い機能を持っていた。白い部屋の主が作り出す幻影は、さまざまな配慮がなされ、行き届いた構造だった。

 

 鮎田の勇者の目はその芯の部分にある主の魂もとらえていた。

 いままでは「複雑な思考や幻影を滑らかに生成する」のだけが「見えて」いた魂が、いま「不慣れな思考を紡いで表現しようともがいている」のを感じた。


「惑わぬ目持ちし勇者が前に、現れたるは如何なるものぞ。あれらは常世(とこよ)の国のもの。彌猛心(やたけごころ)が弓武者に、懼(おそれ)を知らぬ大太刀武者でござそうろう」


 主は朗々と諳んじた。いきなりで、鮎田はびっくりした。聞いた古風な言葉は日本地方伝統芸能の正しい発声のように思えた。

 鮎田は記憶を手繰たぐった。


「それ、第六十七世界日本地方の古典文学ですね」

「知っているか」


 鮎田はうなずいた。

「『八州膺懲はっしゅうようちょう』という伝統芸能の演目。高校時代、古典文学を読むことにハマった時期があったので、読みました」


 八州膺懲。「日本地方の敵や悪者を懲らしめる」という意味がある。

 十五世紀に伝統芸能の主題になった伝説。武家の棟梁の弟が勇者の目を持ち、異世界である「常世の国」からつかわされたふたりの仲間と出会って勇者一行となり、あやかしと戦う。

 

 無敵の剣士と、猛々しく迅る彌猛心を持つ弓手。

 勇者が巨大なあやかしを見定め、剣士が切り裂き、弓手が射る。


 あやかしが退治され、棟梁が国の長として君臨する脇には弟の勇者が寄り添う。それを見届けて、戦士たちは元の世界に帰る。棟梁の弟はそのあとの新しい世の中を作る先駆けとして兄と協力し続ける。

 

「鮎田氏は第六十七世界の庶民で、兄はいない長子だったな」

 主は微笑んだ。

「はい。そして弓手は物怖じしないどころか、怯えて壊れそうになりましたね」

しかながら、似ている」

 

「亜空間は『常世の国』のことだったのですか」

「各々の世界、各々の時代により呼び方が変わる。貴殿らに説明する時使う言葉は『亜空間』である」


 主(人型)は少し具合が悪そうに顔をしかめた。言葉を選ぶのが難しいような雰囲気を鮎田は感じ取った。


「ただ、秘密である『連合』を虚構の物語にするとき、『常世の国』『Shangri-la』などという言葉は昔から第六十七世界の各地で使われている。我々亜空間内部の者は、いまでも自分たちに関わる名としてよく使う」

「神話の時代から常世の国と呼ばれていましたね。古事記、日本書紀、万葉集」


 ――高校時代の古典文学の授業みたいになってきた。


「今回の貴殿ら勇者一行は、神話の時代よりあとの十二世紀に第六十七世界で戦った八州膺懲の勇者一行の再来だ。私は十二世紀にはまだ『主』ではなかったが、彼らの戦いやその前後を見守っていた。主になる前の生命体は通称『常世霞とこよのかすみ』と呼ばれている」


 人型の主は懐かしむように目をすがめた。


「どこかの世界が危機に瀕したとき、最適な組み合わせのどれかの勇者一行が亜空間から送り込まれる。常世霞として何度も最適解を学んだ経験を持つ白い部屋の主が、常世霞を率いてそれを取り計らう」

「なるほど。主配下の常世霞がいるんですか?」


 主はうなずいて、細い指で上方を指した。


「鮎田氏。私の後ろ、5メートル上を見てくれ。勇者の目Z287の要領、覚えているだろうか」

「あ、はい。覚えてます」

「それを適用して注視してくれ」


 鮎田は指示された場所を注視した。

「うわっ……いっぱいいる。あれが常世霞」


 見上げた鮎田は狼狽眼うろたえまなこになった。


「そうだ。私もかつて、あれらのように勇者一行について勇者や戦士を見守った。そして、次の勇者一行に見知った事柄を伝承する手伝いをした。私はその仕事を千年ほど続けていた。


 鮎田はうなずいた。こういう奇天烈な話や展開にはもうすっかり慣れた。


「勇者の魔法は伝承と再現の積み重ね。主と常世霞の仕事のひとつは、討伐業務中の勇者を見守り、記録して伝承することだ。少し袋の姿に戻っていいか?」

「はい?」

「人型の幻影と同時投影すると困難になる事柄を説明したい」

「わかりました」


 主はお馴染みのB4サイズ手提げ袋形態に戻った。

 次に鮎田の前に白い壁が現れた。何かが投影されていて真っ白ではない。ところどころにいろいろな色合いの点が見えた。


 袋が落ち着いた男女不詳の低い声で言った。人型の時と同じように響く。

「私、主の能力を視覚化した。水色の点は常時発動している能力。薄紫色の点は必要に応じて動かす能力。深緑の点は動かすと負荷が大きい能力」


 袋の横に人型の幻影(専門職の男性の人型)が現れた。その出現と同時に壁にひとつ小さな深緑色の点が出現した。


 男性の幻影はお茶のカップを手に取り、香りを楽しそうに嗅いで、ひとくち飲んだ。


 点はどす黒い深緑色になった。よく見ると、壁のいくつかの場所に真っ黒な部分があった。広い壁はまだ白い部分がたくさんあったが、その黒い部分を勇者の目で見た鮎田は気づいた。


「真っ黒な部分は破綻……死ですか? 負荷のかかる能力を使いすぎると、常世の国の力が破綻して、主は終わりを迎える。そういうことですか? だったら!」


 主は決まり悪げに微笑んだ。


「うむ、まあ、そのようなものだ。しかし、私は貴殿が望む報酬を与える仕事、請けたいと思っている」

 主は壁を消し、袋を消し、男性を消した。


 洋風の髪型でスーツを着た京人形風の人型が再び現れた。


「常世霞たちに透明な水色と薄紫色の点があるのはわかるか?」

「はい」

「いまのあれらには緑の点はない。主に昇格するまで、透き通ったままでずっと過ごす。何千年も。疑問も希望も持たず、ただ仕事をして、学び、技術を会得するのが定法だ」


 鮎田はZ287の思考を読む手順に使えそうな方法を思い出し、適用してみた。

 ――主の言うとおりのようだ。


「しかし、完全に疑問、希望、仕事以外の喜びが封じられているわけではない。そして、それらを経ると、不透明な緑の点ができて、黒く変わる。黒い部分は成長でもある。幻影系の技術を身につけるためにはとても役に立つ」


---


次、第20話 再現部:予兆と団欒。§4最終、Ch.1終わりです。

2023-10-20 第20話のタイトルが19話と同じでした。訂正。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る