§4 家族

第17話 閑話:学食の仲間たち:溺愛生活と畑中と神崎

登場人物 Ch.1 §4 家族(名前・立場・所在 §4ネタバレ含む)https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560/episodes/16817330665078613876


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 2075年、ハロウィンの翌週、私、畑中麻衣美まいみは学食(安い方)にいた。

 

 同じ専攻の男子学生鮎田を見つけ、その向かいに、コーヒーの入った紙コップを持って座る。

 彼に確かめたいことがあるのだ。


「鮎田くん、こんにちは」


 鮎田も飲み物の容器を前に置いて座っていた。ブラックコーヒーのようだ。


「……ああ、畑中さん、こんにちは」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 私は細長い紙袋の端を切って、砂糖をコーヒーに入れた。ミルクは予め入れてある。


「えーと、何?」

「最近よく一緒にいるじゃない」


 私はふたつめの紙袋の端を切って、その中の砂糖も勢いよくコーヒーに入れた。


「えっ! ……ああ、ハロウィンの日に、今まで喋ったのを合わせたよりたくさん喋る機会があって、楽しくて。それからだね。よく……って、2回くらいだよ」


 言い終えた鮎田の目が泳ぎ、ごくっと自分のコーヒーを飲み干した。まだかなり残っていたのを一気に。


 ――名前は言っていないのに、即座にその反応。私の目は確かね。確か後期のはじめはもっと雑に寝癖がちだったはずの髪の毛が妙に整っている。眉も整えていないか? 何かあったのは間違いない。 恋?


  私は砂糖の袋を注意深く振り、砂糖を全部ミルクコーヒーの中に出してから、ふたつの袋をポケットに差した。

 ――捨てるのを忘れないようにしなくては。

 

 私はコーヒーを飲む。ふふん、と鼻で笑いつつ、質問する。


「告白したの?」


 ビクッとしたが、ちょっと安心したように空の紙コップを見る。私はさらに追い打ちするように言った。


「ねえ、どうなの」

「いや、コーヒーを飲んでる途中じゃなくてよかったなと。気道に入ると、痛い。もったいない」


 とぼけた表情とよくわからない言い訳に、私は思わず笑ってしまった。


「僕が畑中さんにいま言えることは、あまりないんだ」

「そうね、私の推測が正しければ、言うことは、まず本人に言うべきね」

 

 鮎田は真剣な表情になった。

 

「さすが、わかっていらっしゃる。で、僕から畑中さんにききたいことがある」

「私でわかることなら」


 同級生はさらに真剣に何かを強く思っているような目つきになって、私をじっと見て、ゆっくりと話し始めた。


「僕は、先輩の高橋さんが鈴木さんと交際していたこと、最近別れたことを知っている」

 

 私はコクコクとうなずいた。

 それは周知の事実だ。本人が「高橋先輩がずっと浮気していたから次に行く!」とあっけらかんと話していて、 友人一同安心した。先週の土曜日のことだ。


「偶然知る機会があって、わかった限りでは、アイツはクズだ」

 いつも温厚な彼の顔に怒りの色が差す。

 

 私はすこし後ろめたい気持ちになった。

 

 ――私もうっすらと気づいていた「クズ」のことをもっと早く鈴木に伝えるべきだったのかもしれない。ずっと悩んでいたけれど、あの時は確証がなかったし……言い訳だ。

 

「まあ、いまのは独り言。教えてほしいのは」

 同級生は少し言い淀んだ。

 

「こんなこと聞くのは、アレなんだけど……素敵な飲食店とかで、彼女がクズと行ったことがある店、知ってる?」


 ――あ、なるほど、思い出が残る店には連れて行きたくないのだな。

 

 なかなかの気配りだ。

 

 ――さてと。

 

 私はこの同級生に、真実を話すべきか、話さないべきか、悩むことになった。

 

 そこに、朗らかな声が天使の歌のように響いた。

 

「麻衣美! お待たせ!」

 

 愛しの神崎智司だ。ちょうどよくボサボサの髪、私と一緒に選んだすっきりしたデザインの服が、福々しい体型に似合っている。ああ、背肉をつま(略)。

 

 同級生が私を見て、ちょっと引いている。連邦凪海浦大学の「無愛想 東の正横綱」と言われているかもしれない私――西は親友――がとろけるような笑顔になったからだろう。


 ほっといてくれ。

 

 智司が鮎田に気づいた。隣に座って、あれっ、久しぶりだね、と明るく声をかけている。この社交性が(略)。


 決めた。


 私は立ち上がった。

 

「智司、ちょっとこっちに」

 きょとんとした目が可愛い。ああ髪もふもふしたいっ!


 ヨコシマな心をおさえて、私は智司に、これまでの鮎田と鈴木に関するいきさつと、クズが一度たりとも素敵なお店に鈴木を連れて行ったことがないという私の推測をささっと伝えた。

 

 智司は憤った。憤ったところも素敵って、この男(略)。

 

 結論を先に言うと、この日の私とダーリンのデートは取り消しになった。


 その日、立ち去った私が残したコーヒーを飲みながら、智司は鮎田の相談に乗った。2杯目のコーヒーはごちそうしてもらったという。

 その翌日も私と智司が過去に行った店の写真やデータを研究し、新たな店を探したそうだ。


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次、第18話 閑話:2076年の学食の仲間たちと新しい家庭


2023/10/14 登場人物リストを足しました

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