第5話 回想:亜空間での勇者教育の始まり

 鈴木に主が衝撃の事実を知らせたとき、鮎田は別の場所にいて、白い部屋の主に状況を後で説明してもらった。


 主は淡々と説明した。


 恋人である鈴木を裏切って烏池と結託した高橋のこと。

 主はそんな高橋の不実の事実を、念話映像で鈴木に伝えたこと。

 鈴木の居ないところで鈴木を馬鹿にする高橋の愚行、烏池との生々しい淫らな行為を伝えたこと。

 絶望した鈴木がふとんにもぐり込み、泣きながら気絶するように眠ったのを確認したうえで、鮎田の所に来たこと。


 主は超然としつつ、どこかばつが悪そうな様子、鮎田はいろいろ腹を立てていた。


 主は、説明の最後に付け加えた。

「いつかは知らなければならなかったことだ。数日立ち直れないだろうが、仕方ない」


  ―― ひどいなあ、でも確かにその通りだ。

 

 余談だが、のちに鮎田は「主が鈴木に見せた映像の記録」を見る機会があった。

 改めて「ひどいなあ」 そして「本当にひどいのはクズども」 と思った。


 主が属している「連合」という組織は多種多様な記録を保存している。

 亜空間、各世界(鮎田たちの二一世紀連邦を含む第六十七世界・勇者一行派遣先のウルデンゴーリン王国の第六十五世界)、その他広範囲における様々な時代の記録だ。

 各世界の限られた首脳・実力者のみがその存在を知る組織、それが連合である。

 鮎田は連合を知ることを許された、実力者のひとりとなった。


 ***


 さて、余談はさておき。


 今回烏池は高橋を寝取り、桑田を傀儡かいらいとして異端の技術……巫術を使って、大事件を引き起こした。但し、いろいろとツメが甘かった。

 桑田を処理できなかった失敗の時点では、調整が可能だったかもしれない。

 しかし、「最初意図していた場所に送り込めなかっただけの失敗」なら、まだ良かった。

 よりによって融通がきかない主の統べる白い部屋、亜空間の中でも、特に連合の警備と管理が行き届いている場所に対象者が迷い込む。取りかえしがつかない失態である。クズたちも不運だ。


 いや、鮎田と鈴木が強運の持ち主ということだろう。


 ***


 鮎田と白い部屋の主は、鈴木の失恋後の「受難」時期に連携して対策を考えた。適度な距離を置いて鈴木を見守り、必要な物資や設備を供給した。

 徐々に日常生活に復帰する鈴木。主は鮎田と相談して、研究課題を提供することにした。環境を整え、相談に乗った。そして、出しつつある成果を高く評価した。


「鈴木氏の研究は興味深い。任せて大正解だった」

 得意げに空中でひらひらする布袋にうなずきながら、鮎田はホッとしていた。

 

 そして、鮎田も厳しい状況の中で優秀さを発揮していた。


 ***


 白い部屋の主による鮎田数樹への勇者教育が本格的に始まったきっかけは、パンツた。


白い部屋の主が鈴木に「これからの人生には不可欠な情報」を伝え終えた後のことだった。

 その少し前、白い部屋で寝る前に、鮎田は下着を着替えなかった。パンツをはいたまま浄化して、その上にパジャマを着て、起きて着替えてからもパンツはそのままだった。 


 ふたりは複雑な思いでしばらく沈黙していた。鈴木が心配だった。たぶん、きっかけを作ったから自業自得とはいえ、主も心配だろうと鮎田は思う。

 ――しばらく時を置くしかない。

 鮎田はそうも考えていた。

 

 やがて、白い部屋の主が、鮎田のデニムを見て、真面目な口調で言った。

 

「いま貴殿が下半身に着用の下着。ここに来る前から着ていた下着、そのままであるようだな」

 

 そう指摘された鮎田は赤面した。動揺を抑えるように視線を泳がせてから、椅子に敷かれた座布団を見た。座布団の位置をモゾモゾと調整し、気を取り直して説明し始めた。

 

「この座布団には、ほどよく弾力があって、座る身体を心地よく支えてくれます。でも、それは概念的な存在、魔法……えっと、ここだ」


 鮎田はさっきまで読んでいた資料のページを移動し、指で差した。

「それを幻影と呼ぶ、そういうことだと僕は思います。しかし、僕がここに来る前から着ている服は実体です」


「そのとおりである。資料を読む前から、それを鮎田氏は『見分け』られた」

 満足そうにひるがえった主は、鮎田の言ったことを肯定し、説明を始めた。


 主の魔法で構築した幻影に、必要に応じて実体を加え、部屋に来た訓練対象者に使わせる。


鮎田がすべて幻影ではないかと疑った下着・ふとん・パジャマ。

そのうち、幻影だったのはふとんとパジャマとのことだ。


 鮎田が読んだ資料には、彼がふとんと下着を見たとき、無意識に試していた方法が体系的に説明されていた。試してみたら、主が提供した下着は実体とはっきり見分けがつくようになった。


 鮎田は確かめてみた。

「あのときのふとんとパジャマは、実体ではなく、概念 …… 主の魔法で構築した幻影ですよね」

 主はうなずいた。


「全部実体にすると管理が大変。重要な事柄の管理に集中するため、些事は切り捨てる」

 

 鮎田は頭の中でメモを取った。

 ・亜空間の能力で生存する生命「主」は自分の望む形態の幻影を見せるだけでなく、使用させることができる。

 ・見分けられると、見て、使用して、なおかつ幻影と見抜ける。

 ・パンツは実体。

 ・ふとんは幻影。

 ・でも実体・幻影、どちらも心地よく使用できる。

 

 その後、鮎田は勇者魔法「勇者の目」を比較的簡単に会得した。生来の見る力と素質に加え、白い部屋の主による優れた指導を受けた結果、常時発動する勇者の目により、さまざまな対象の詳細と本質を見抜けるようになったのだ。


 ――「勇者の目」以外は、けっこうたいへんだった。


 のちに鮎田はそう回想した。


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次、第6話 回想:贈りあい


2023-10-01 改行を増やし、誤字を訂正しました。また、主の説明の言い回しも少し変えました。

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