第6話 回想:贈りあい
勇者修行で覚えることは多く、複雑で多岐にわたった。
勇者魔法の手順を間違えると、桑田が鮎田たちを主の元に送り込んでしまったようなことが起こりかねない。
「その程度で済んで幸いだった。当たり所が悪いと世界がひとつ壊れたかもしれない」
白い部屋の主は重々しく言った。
***
鮎田は厳しく面倒臭い教育に真剣に向き合った。ダメだと思って投げ出しそうになったこともあったが、自分なりに努力し、食いついていく日々が続いた。
鮎田は諦めなかった。鮎田は決意したからだ。
「過去から未来の贈りあい、大勢のひとが関わった積み重ねに、僕も参加したい。いまの僕ができることをやり遂げたいです。主、よろしくお願いいたします」
決意のきっかけは、白い部屋の主が教えてくれた「事実」だった。
***
白い部屋にふたりが到着したあと、身支度などと食事を終え、鈴木と主の念話について確認し、3人で話し合いをしていたときだった。
主は「事実」を説明する前に知識を問うてきた。鮎田たちの世界(白い部屋の主は第六十七世界と呼んでいた)の過去の状況についてだ。
鮎田たちは2053年に生まれた。この年、日本共和国は正式に二一世紀連邦に加入し、日本地方となった。
その30年前、鮎田たちの両親が子どもだったころ、世界は混乱していた。
生活の維持に必要不可欠な一次エネルギー源であった化石燃料。その枯渇への懸念は前世紀からあった。
さらに、燃料原産国の政情悪化に伴う燃料供給断で起きていた大混乱。追い打ちを掛けるように、原子力発電技術の行き詰まりによる事故。
混乱した世界は汚染されていた。代替燃料はどれも効率が悪かった。
今世紀最初に核兵器が使用されたのは、ちょうどその時期、政情悪化が極まった頃のことだった。
多くの死傷者。
重篤な後遺症を負った人々。
保護者がいないこどもたち。
超現象の技術が新たな一次エネルギー源として普及し、世界が復興を始めるまで、深刻な事態が続いていた。
学校の授業の課題で、鮎田たちはさまざまな記録を確認した。
複数の都市が壊滅。
閃光、土煙。バリバリとスピーカーを歪ませる轟音。
一見平穏。放射線を可視化できるカメラで撮ると真っ赤に染まっている街並み。
鈴木は独り言のように言った。
「核戦争で壊滅したり、原発の不具合で汚染されたりした地域には根気強く超現象を用いた浄化が行われ、再生。超現象の実用化・定着の初期の歴史は、浄化と再生の過程でもあった」
鮎田は鈴木の真剣な表情と、よどみなく語られる言葉に魅了されながらうなずいた。
「超現象の発見は技術的な進歩だけでなく、政治的な影響も大きかった。核戦争の終結は、その技術を用いた政治的な駆け引きの最大の成果だった。武力で我を通そうとしていた国を交渉で説得し、休戦、さらに終戦に持ち込めた。その理由は超現象の技術提供を交渉カードとして使えたから。それが定説」
主は満足げに鈴木の頭の周りを回った。
「よく理解していることがわかった。ここからは貴殿らが知らない亜空間の白い部屋視点の事情だ」
「主も関わっていたのですか?」
鮎田はちょっと驚いて聞いた。
「別の白い部屋の案件だった。しかし、内容は把握している。実はここ数世紀の間、亜空間の部屋から各世界に派遣され、大きな成果を上げ尊敬されていた者の中には、第六十七世界出身者が多かった」
主はうやうやしくヒラヒラした。
「異世界転移すると、各世界で活躍が目覚ましかった。例えばカタストロフィに向かう世界を救うような大きな業績、便利な日用品を開発するようなささやかだが庶民の生活を楽にする業績。各分野で優秀な勇者と戦士を輩出していた」
再び唐突に勇者の話になった。鈴木もぽかんとした顔をしている。
「中には今回の輩のような奴はいたが、差し引きで言えば、プラスの収支と見做されていた。ある意味、これまでの慰労の意味を込めて、のちに第六十七世界で超現象と呼ばれる技術の開発の糸口となる情報が贈り物として渡された」
そのとき、鮎田は決意したのだ。
自分も各世界に贈り物が出来る勇者のひとりになろうと。
そう決意したのは、鮎田だけではなかった。
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> 便利な日用品を開発するようなささやかだが庶民の生活を楽にする業績
主は「魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~」甘岸久弥先生(著)のことを話しているかもしれません。ダリヤさんは第六十七世界の日本地方出身かもしれませんし、偶然の一致かもしれません。
次、第7話 回想:桑田と鮎田、そして猫と袋
2023-10-01 改行を増やしました
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