第3話 回想:白い部屋の3人(勇者とその思い人と白い部屋の主)
主は生成り色の布製手提げ袋の姿をしていて、生命体だ。声帯がないはずだ。しかし、人間の声で喋る。手足はないけれど、多種多様な術を使いこなして自分の意図する行動をする。異世界にありがちなことである。
白い部屋の主は、不思議な力でふたりの白い部屋での生活の世話を焼き、その他さまざまなことを教えてくれた。
しかし、無神経で、融通がきかず、ズレているところがある。例えば、こんな物言いをする。
「まずは、排泄処理を」
気が利かない、そういう訳ではない。
実際、
賢いから、要所を押さえ、適切な設備を整え、異世界転移で戸惑うふたりをサポートしてくれる。
しかし、微妙な言い回しや振る舞いが「変」なことや、「無神経で唐突」なのはそれとは別だ。ある意味、「名前を覚えない鈴木」に通じるところがある。
似ているから、よくちぐはぐな問答をしているらしい。かなり頻繁に話し込んでいるらしい。
らしい、というのは。
***
この部屋に来た最初の頃、説明のためと言った後、袋が部屋から消えた。
しばらくして、鈴木の眉間に皺が寄り、大きな目が細くなった。
「ひ、ひいっ」
怯えた悲鳴。
「す、鈴木さん、どうしたの」
鮎田はなすすべもわからずおろおろした。
「ひ、ひゃい」
鮎田は鈴木の再びの意味不明な悲鳴に身震いした。しかし、情けなくうろたえ続ける鮎田の前で、いつの間にか鈴木は講演者のような落ち着きを取り戻し、静かに言った。
「袋と私は念話で話せる」
あっけにとられる鮎田の前で、鈴木の眉間に再び皺が寄った。
「ひ、ひゃい、主と私は念話で話せます、私は、主が伝えた内容を復唱しています」
慌てて言い淀んだ後、切り替えた冷静な口調で伝えられた内容は理解できたが、当惑は残った。
その後すぐ部屋に姿を現した主は白い部屋のことや、白い部屋の属する亜空間について説明してくれた。
いま鮎田と鈴木は、元の世界とは違う異世界にいる。ふたりの元の世界を主は「第六十七世界」と呼んだ。
亜空間とは、既存の世界とは違う法則で成立している空間のことだ。詳しく説明すると長くなる。要は白い部屋のような場所だ。
鮎田には念話能力がないそうだ。ふだん、だいたいのことは人並み以上にこなせる鮎田は、少し意外だった。
――ま、そういうこともある。やはり鈴木さんはすごい。惚れ直す……って、これが聞こえたらヤバッ。
鮎田は内心を悟られぬよう、悔しそうな表情を心掛けた。
「さて、私と鈴木氏の間の念話について説明しよう。私が思考の中の一定の場所に念で示した言葉を、鈴木氏は感じとれる。一方で、私はその気になれば、鈴木氏の考えの全てを読み取れる」
主の説明内容に、鮎田は深く同情して思い人を見た。
――能力はすごいけど、読み取られるのは気の毒だ。
とは言え、その辺は主も配慮したとのちに聞いた。
***
そんなわけで、鈴木と主――「先生」とか「ぬしさま」ではなく、「ぬし」と呼ぶよう厳命が下されていた――は頻繁に話し込む。鮎田に聞こえる口頭でもそうだが、念話経由でもそうらしい。念話中、鈴木は独特の「心がここにあらず」な表情をする。
鮎田にはわかる。
鈴木や白い部屋の主の不可解な無表情を解き明かせる。
念話自体は出来ない……内容を分からないが、鈴木が念話中なのは、わかる。
ときどき互いの無神経さやズレが災いし、お互いの思いがかみ合わなくなる鈴木と主の間に入って、調整するのが鮎田の役割のひとつとなった。
だんだん打てば響くような連携するようになった
その介入、3人になることは、ふたりも嫌ではないように、鮎田は思っている。鮎田はふたりのことが大好きだ。ふたりも鮎田にそれぞれ好感を持ってくれている。
***
主は、白い部屋にふたりが到着したあと、すぐに仕事をもちかけてきた。
鈴木の念話能力があれば、距離や世界を越え、必要に応じて、優れた指導者(自称)白い部屋の主からの情報と助言を受け取れる。
そして鮎田の能力についても、主は説明した。
ふたりが説明に納得したあと、主はふたりをそれぞれ個別の場所へ移動させ、思いがけない行動に出た。
恋人である鈴木を裏切って、鮎田たちの同級の女子学生烏池と結託した高橋について、主は念話映像で鈴木に伝えたのだ。
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次、第4話 短い閑話:鮎田の同級生、畑中麻衣美の後悔
2023/9/27 10/1 少し加筆し、改行を増やしました。
2023/10/3
烏池についての説明を追加しました。わかりにくかった、申し訳ないです、
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