§2 回想 二一世紀連邦凪海浦大学~亜空間~王国(赤の森)

第2話 回想:9月の彼女、そしてハロウインとかぼちゃ(西暦2075年)

登場人物 Ch.1 §2 回想…(名前・所属・所在・略称) https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560/episodes/16817330664708320219

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 2075年9月中旬、二一世紀にじゅういっせいき連邦日本地方第一行政地区にある連邦凪海浦なぎみうら大学では学校説明会オープンキャンパスが開催されていた。


 大学進学を控えた高校生が集まり、教員や在校生が大学のさまざまな事柄について説明する。

 鮎田は学内バイトで場内整理・警備を担当、鈴木は超現象研究専攻の四年生として、説明会の専攻紹介講演を担当していた。


 専攻紹介の会場である講堂の廊下で、鮎田と鈴木は、他の同級生を交えて立ち話をした。ふたりが会うのは、6月の連邦公務員試験で顔を合わせて以来だった。


 余談ではあるが、立ち話の最初の頃、鈴木は鮎田の名前を呼ぼうとして、ど忘れしたことに気づいたようだった。試験で他の同級生も一緒の集団面接に参加したことが話題になったとき、鮎田の名を呼ばないで済むようにうまく逃げていた。


 途中で話に加わった同級生の田中(超現象専攻)が鮎田の名前を呼んで挨拶した時、一瞬ホッとした顔をしたので、察した。


 その後、ヘラヘラ笑いながらこちらに近づいてくる大柄な同級生桑田に、鈴木は気づき怯えた表情をした。鮎田はさりげなく鈴木を楽屋に誘導して、場内整理要員としての職務を果たした。


 鮎田は鈴木のことならだいたい分かるとひそかに自負している。

 「彼氏のいる女子」に対して相応しい節度を保ちつつ、ずっと観察していたから。「鈴木は恋人で大学の卒業生である高橋先輩以外の男性を眼中に置かない」と知っている。


 そして、大学4年になってから、それまでの泥人形のような外見そのままの寡黙な様子から、一転して躁状態で鈴木にちょっかいを出すようになった桑田のことを怖がっていることも知っている。


 鮎田の陰に隠れて扉の中に入った鈴木は、閉じられた扉にホッとした表情を見せ、礼と挨拶をして、田中と連れだって去って行った。

 

 ***

 

 専攻紹介講演の順番が超現象選考に回ってきた。講堂の舞台の上で鈴木は話し始めた。面接の時と同じ黒いパンツスーツ姿で同色のかかとの低い革靴を履いている。黒髪は飾り気なく低い位置でひとつに結わえられていた。


「こんにちは。凪海浦大学超現象研究専攻の四年生 鈴木歩と申します」


 鈴木は姿勢が良い。声もしっかりしている。高校時代の剣道部で、よく通る声を出すコツをつかんだ。そう亜空間の白い部屋で勇者修行の合間の雑談で聞いた。


「高校などでも超現象という技術の使い方について学んでいると思います。大学で学問として学ぶ超現象についてこれから説明します。」


 映し出される映像が古風な文字の図になった。


「最初に、この技術の歴史について説明しますね。17世紀に錬金術という学問がありました」


 古文書に描かれた錬金術のさしえが表示される。


「錬金術とは、『卑金属』たとえば銅や亜鉛、それらの混合物を『貴金属』つまり黄金に変えることを目的とした学問です」


 17世紀に使われていた機械の図。ガラスの管とくねくねした金属が組み合わされ、ところどころ火で熱する仕組みだ。


「錬金術がすたれた後、一部の研究者が錬金術に影響された学問を続けました。それらの学問には『キミア』という接頭語をつけられています」


 鈴木の脇に控えている田中が切り替え操作をした投影画像は、「キミア」の連邦共通語での表記「chymia」を大きな字で示した画面に変わった。


「そのなかに、キミア熱力学という学問があります。容易に手に入れられる物質を効率の良い往復運動の動力源にすることを目指す研究をしていたキミア熱力学の研究者が、バイオマス燃料を開発する過程で画期的な技術が発見されました」


 いくつかの図が、鈴木の詳細な説明に合わせ、田中の操作でタイミング良く切り替えられていく。


「この発見は当初、あまりに画期的すぎて、学術界では、戯け者たわけものの夢想と冷笑されていました」


 鈴木は客席に向かってふわりと笑顔を向けた。無表情な彼女だが、必要なときは外向きの社交的な表情を作れる。

 ――すぐ名前を忘れる運動着姿のがさつな同級生も魅力的だが、こういう姿も眼福。

 

 最後列で場内を見渡しながら、鮎田は役得が少し嬉しかった。


「しかし、固定観念を捨てて、雑誌に投稿された学術論文記載の破天荒な実験手順を検証する研究機関も現れました。すると、誰がいつ実験しても、再現ができた」


 実験結果のデータを表示した映像には「実際に使われた研究ノートの例」という見出しがついている。


「大気中にある物質を、話し言葉を併用した術式の詠唱で超現象エネルギーに変換して、さまざまな用途に使うことが可能でした。もともとの研究ノートもきちんとした記載で、その発見に至るまでの経緯も明確でした」


 鈴木は少し不揃いに切りそろった黒い前髪――どうもしばらく美容院に行かず、自分で切りそろえている風情だ――の下のキリリとした大きな目に真剣な表情を浮かべて、高校生たちを見て重々しく言った。


「それが超現象です」


 鈴木はさらに超現象の概要についての説明をしていった。メリハリをつけたしゃべり方は聞き手への配慮を感じさせる。


 ・ 超現象の使い道はキミア熱力学が目指していた往復運動の動力としての用途に止まらなかったこと。

 ・ 細菌や汚れの除去、さらに放射能の除染に応用できることがわかったこと。

 ・ 会話のときの空気の振動を発話者の言語から、聞き手の言語に変換する機能の超現象も開発されたこと。

 ・ 超現象は往復運動、浄化、破壊はできるが、生み出したり戻したりすることはできないこと。


 わかりやすい図表がタイミングの良い切り替えられていく。

 視覚・聴覚双方に与えられる良質な知的な刺激。

 高校生たちの背中から熱意が感じられる。前のめりになって聞き入っているようだ。


「さて、現在地球上で使われている電力のほぼ全ては超現象で発電されています」


 発電タービンの駆動のため、直接触れずに遠隔操作し、ループ状の長時間の移動超現象を媒質道具に付与する。

 21世紀後半の社会の基盤である効率のよい電力供給。

 その仕組みをがわかりやすく解き明かす鈴木の語り。

 田中が切り替えるメリハリのついた図表。


「ひとり、または複数人が協力し、媒質器具を併用して、超現象を複数一定時間持続展開。さらに別の単発の超現象を追加するルーティンの業務のいくつかは、私たちの世界の暮らしを支える大事な基盤として日常的に使われています」


 田中が端末操作しながら、すこしそわそわしている。


「超現象を用いた発電の仕組みは発見当初から実用化され、効率よく運用されています。しかし、研究により、それを更に便利にして、万が一の事故を防ぐ。凪海浦大学の超現象研究に携わる研究者たちのテーマのひとつです」


 鮎田は鈴木の講演者の紹介欄に書かれていた研究テーマを思い出す。

 「超現象を用いた移動における安全性の向上」だ。


 鈴木には両親がいない、天涯孤独の養護施設育ちだ(と、あっけらかんと話しているのをよく聞いた)。

 将来を嘱望される研究者だった両親は超現象を用いた移動の途中の事故で同時に亡くなった。鈴木が2歳の時だ。

 広く報道された有名な話だ。


 にっと笑った鈴木は、端末操作席の助手を見た。


「ここからは、超現象による発電の仕組みについて研究している田中が、最近の研究成果について説明します」


 ふたりの学生は位置を入れ替え、鈴木は端末の操作を始めた。


 田中は低い落ち着いた声で自己紹介から講演を始める。彼は3年生の時からインターンとして関わっている大手発電事業者への就職が決まったそうだ。

 大手インフラ企業の実務経験が活かされた講演は興味深い。鮎田も場内に目配りをしつつ、聞き入った。


 ***

 

 それから1カ月と少し経ったあと、ハロウィンの夜イベント参加用仮装姿の鮎田と鈴木は、ふたりきりで「亜空間の白い部屋」にいた。


 向かいあって、かぼちゃのそぼろ煮を食べながら、他愛のない話をする。


 鮎田は丸い眼鏡、派手な(鮎田は無難な寒色を好む)赤白横縞のTシャツ姿。鈴木は相変わらず前髪を自分で切っているようだが、かなり伸びた黒髪をオレンジ色に染める仮装姿。高い位置でふたつに結った髪の毛ツインテールが揺れていた。


 鈴木の恋人が加担した陰謀に巻き込まれたことを、後でふたりは知ることになる。


 白い壁、天井、床と、小さな冷蔵庫。それ以外は何もない「白い部屋」へ、「超現巫亜種異端 リアルキミアパ ンクと呼ばれる異端集団の巫術」により「異世界転移」したのだ。


 ――異世界転移。


 「稀に起こる災厄」として鮎田たちは基礎知識を持っていた。鮎田にとってはあくまで他人事、空想小説の中の出来事に近い災厄だった。


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次、第3話 回想:白い部屋の3人(勇者とその思い人と白い部屋の主)


2023-10-16 目次を整えるため題名を短くしました。

2023/10/14 登場人物リストを冒頭に足しました

2023-10-11 鈴木が2歳の時両親が亡くなったことを追記しました。

2023/9/30

改行を増やし、文章を短くしました。

映像の説明を増やしました。

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