赤い文字で断罪される勇者は敬愛する妻とかぼちゃを食べる:暗い森で迷い惑って夢を諦めかけましたが、大切な家族と連れ添い幸せになります

イチモンジ・ルル(「書き出し大切」企画)

Ch.1 鮎田と鈴木と仲間たち

§1 必要なひと

第1話 彼女の目が(ウルデンゴーリン王国暦1012年)

 勇者鮎田数樹の視線の先で、鈴木あゆみが地面に這いつくばって泣いている。


 鮎田が率いる勇者一行の戦士である彼女は、顔の一部だけが開いた討伐用の灰色の防具にしっかり身を固めていた。背中には弓を背負っている。

 

 しかし、涙と鼻水にまみれた哀れな姿で、無防備な感情をむき出しにしていた。

 

 ここは「第六十五世界ウルデンゴーリン王国」と異世界転移前、師に教わっていた。いま、勇者一行と南部第二師団・技術研究所付属・技術研究隊がいるのは、ライトウエルマーシュ赤の森と呼ばれる地域だ。

 

 ――鈴木さん……こんな取り乱した顔、泣き顔を見たのは初めてだ。

 

 鮎田たちの出身国、第六十七世界二一にじゅういち世紀連邦日本地方での大学の同級生でもある女性戦士の哀れな姿。鮎田は為す術もなく手をこまねいて傍観してきたというわけではない。

 

 特定猛獣グルラノガリラル。禍々しい音を立て、取り巻きを従え突然現れた黒い巨大な積乱雲を思わせる姿は圧倒的だ。仕掛けてきた予想外の精神攻撃は、実にえげつなかった。

 

 屈強な身体つきのウルデンゴーリン王国軍技術研究隊隊員たちの大多数が、鈴木と同じように、錯乱しうずくまって嗚咽の声をもらしていた。

 

 ここまで来る途中、森には、切り立った崖に挟まれ、木々が鬱蒼うっそうと茂って昼間も暗い場所があった。そこで次々と襲ってきた手強い猛獣たちに、隊員たちは冷静に対処していた。


 いま取り乱した子どものようにのたうち回る哀れな男女が同じ人間とは思えない。

 

 鮎田自身は冷静だった。

 

 自分を防御する勇者魔法は常時絶やさぬよう心がけている。

 

 身につけた紺色に赤の模様の入った勇者の戦闘服は堅牢だ。その上に真っ赤な短めのマントを羽織っている。円筒形の帽子は紺色に赤の模様、服と同じように金属製装飾が施されている。

 

 ――実戦は初めて。しかし、為すべきことは身に付いているはずだ。


 襲撃にいち早く気づいたあとは、大きな失敗はなく、師に叩き込まれた手順通り的確に動けている。そう思っている。

 勇者である自分の能力と準備で学んだことを揺るぎなく信じて行動する、それも師の教えだ。

 

 鮎田は対処するための複数の勇者魔法を適切な順序で発動していき、口頭での指示と檄を飛ばし、無事な者たちと連携した。

 状況が少し落ち着いたと判断して、すぐに鈴木の状況を確認した。実は心配でたまらなかったが、優先順位は分かっていた。


 2071年に入学した連邦凪海浦なぎみうら大学。教養課程の必修科目「超現象研究A」で一緒のクラスになって以来、鮎田はひそかに鈴木に片思いをしていた。

 冷静。無愛想。整った容貌で、賢い。そして時々とっぴな行動をしている。観察していると、飽きない。

 

 しかし、見ているだけできっかけをつかめないでいるうちに、鈴木には恋人が出来た。

 

 ――その男は見かけ倒しのクズ。そのクズと共謀した別のクズ。ハロウインの夜の陰謀……


 鮎田は我に返った。今はクズへの嫉妬と憤りに囚われて、冷静さを失うときではない。

 

 ――討伐を成功させるためには彼女の能力が必要だ。


 いま、猛獣から隊への攻撃を阻んでいるのは、鮎田が真っ先に掛けた防御障壁シールドの勇者魔法だ。被害を回避する技術を身につけた者たちと鮎田が連携して対策は行った。

 

 錯乱した者たちはやがて立ち直るはずだ。

 

 しかし次の手を速やかに打たなくてはならない。

 

 鮎田の意図を察したのだろう。盾を持った大柄な男、技術研究隊のドナート隊長が、藍色の目で鈴木の方をちらっと見た。そのあと、鮎田の目を覗き込むようにし、小さくうなずいた。

 鈴木が次の段階で重要な役割を果たすことを、ドナートはよく理解している。

 

 ドナートに誘導され、鈴木は安全な場所の真ん中あたりに移った。


「鈴木さん」

 

 鮎田は木に寄りかかった鈴木のそばに近づいて呼びかけた。そっと顔に「超現象」をかける。涙や鼻水が浄化されたが、怯えがそのままの真っ赤な目が鮎田の方を向いた。


「怖かったね、深呼吸して」


 桑田が歩み寄ってくる。彼もクズたちの陰謀の被害者だ。貶められ、深く傷つき、一時は危篤だった。

 しかし、立ち直って同級生3人で構成される勇者一行のもうひとりの戦士となった。

 

 桑田は先ほどまで筆頭薬師グイダック卿と一緒に精神攻撃の対策薬を撒いていた。彼女も精神攻撃を回避している。今は回復しつつある部下たちの様子を見定めているようだ。


「これを」

 

 桑田が差し出したのは、対策薬を入れていた紙袋だ。鈴木は素直に受け取った。過呼吸の応急処置をするときのように、口と鼻を覆う。

 ゆっくりと呼吸のリズムを整えている。

 

 最近、鈴木は誤解から桑田を忌み嫌っている。鮎田たちは何度も取りなしの説明をしたが、鈴木は聞く耳を持たなかった。

 駄々っ子をこじらせた状態を続けていた。

 

 ――いまは、桑田くんが提案した袋の処置が合理的と理解する判断力がある状態。

 

 勇者鮎田は静かに指示を伝えた。


「鈴木さん、特定猛獣あいつらを倒さなければならない。怖いだろうけど、しっかりして。まず、ぬしに伝えて。グル馬の群れが出たと」


 鈴木の表情が引き締まり、そのあと少し柔らかくなった。


 特定猛獣グルラノガリラル。

 

 鈴木は秀才だ。

 二一世紀連邦の中でも屈指の名門、凪海浦大学の中でも最も優秀な学生のみが選抜される「超現象研究専攻」に属している。

 しかし、実は「研究に関係ない長い名前を覚えるのが苦手」なことを鮎田は知っている。


 ――数ヶ月前、9月の出来事……駄目だ、また気が散りそうに。


 鈴木の整った顔立ちの中、きりりとまなじりが上がった大きな目に知性が戻ってくる。


 ――僕は鈴木さんの目のきりりとした風情が大好きだ。見とれている場合ではないのだが。


 鈴木はいくつかの特別な能力を持っている。

 そのひとつは、こことは違う「亜空間」にいる鮎田たちの師、白い部屋のぬしと「念話」で会話することだ。


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読んでくださいまして、ありがとうございました。

次、第2話 回想:9月の彼女、そしてハロウインとかぼちゃ(西暦2075年連邦凪見浦大学)

[Ch.1 §1 「必要なひと」 時点の登場人物リスト 2023-10-04更新](https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560/episodes/16817330664707352441


2023/10/28 番外編を書きました。

ヒーローとヒロインと対照的な生き方。第1話の「裏」として読んでくださいませ。

https://kakuyomu.jp/works/16817330661673670560/episodes/16817330664526073651


2023/9/30 「次…」を足しました。

2023/9/29 訂正しています。いくつかの文を短くし、改行を増やしました。また、鮎田たちの現在地の説明がわかりにくい表現になっていたので、書き直しました。

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