第5話
⑤
「ねぇ、私言ったよね、ここに置いたらダメだって」
「それは…、ごめんなさい」
スポーツカーの横に愛車を止め終えて、疲れていたからと草臥れたカバンを昔の定位置に置いてシャワーを浴びにいったのが不味かった。シャワーから上がった私はその注意にすぐに謝ると、カバンを手に取り逃げるように自室へと走る。
「走らないの!涼介が起きちゃう」
「はい」
言われたままにゆっくりと歩き、カバンを置いて戻る頃には、テーブルの上には料理が並んでいた。その先には小さなベビーベッドで可愛らしい寝顔を浮かべた我が子がすやすやと眠っている。
向かい合うように席について出来立ての料理を味わう。
美味しい手料理を頂きながら、今日のことを互いに話していく。
もちろん、喧嘩する事もある、会話が刺々しくもなる、でも、対話をすることだけは忘れない。
「そうそう、来週、お義母さんがこっちにくるって」
「うん、連絡が来ていたよ。仕事だから休めないけど、早く帰るようにするからね」
たわいもない会話をしながら日々を過ごし、そして暮らしている。
煙草を咥えるように、会話を加えながら、一緒に道を歩んでいる。
「そうそう、あの番組の再放送があるよ」
「ああ、あれね、いつやるの?」
「えっと…確かね…」
一緒に再放送を見るのもいいだろう、きっと行きたくなるに違いない、あの最後の一服から数年の月日が経過していた。
涼介がもう少し大きくなったら、首を長くして待っているタケさんにも会わせに行こう、そしてこの子に雄大な富士山の姿を見せて上げよう。ああ、駐車場のおじさんはまだいるだろうか、だとしたら、再会したらなんと言うだろう。
リビングの壁に掛けられた1枚の大きな絵に視線を向ける。
濃淡の違う赤色を使った幻想的なほどの夕焼けの紅富士が見上げるような構図で描かれていた。
題名は「霊峰の麓」描いた画家の名は「麹町理恵」(特選作品)
霊峰の麓で頂いたご縁はその雄大な姿のように揺るぎないものとなった。
霊峰の麓で実る縁 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます