彼の頭の中では今夜もゴングが鳴り響く

空宮海苔

あぁ、眠い。シャワー入りたい。どっちを選ぼうか

 ある男は、いつも戦っていた。

 そう、毎日毎日、夜寝る前のことだ。


「眠い……でもシャワー入らなきゃ……」


 暑い日のこと。

 それはもう、汗をかくわけだ。


 つまり、体が臭い。

 そして、汗がベタベタして気持ち悪い。だから人はシャワーに入るわけだが……


「眠い」


 彼はソファーに倒れ込んだ。


 さぁ、今夜もまどろみとシャワーに入るべきだという自制心が彼の頭の中で戦うことになる。


 ◇


『やってまいりました就寝大決戦! 今夜も睡眠欲選手と相対するは清潔感選手!』


 筋肉モリモリマッチョマンのへんた……睡眠欲選手と、同じくムキムキの清潔感選手。

 どちらも、双方の頭文字が頭になっているようだ。


 その瞬間、ワァァァという大きな歓声が周りから上がった。

 なんか全身青色の棒人間っぽいヤツが声を上げている。一体口はどこにあるのだろうか。


『最近はこのカードが多く見られますが、今夜は一体どうなってしまうのでしょうか⁉』

『最近は暑いですからね。眠りたいという欲求と、シャワーに入って清潔感を保ちたいという自制心のせめぎあいはよくあることでしょう』


 解説が入り、それから二人はバンバン、と自身のやる気を示すようにグローブを突き合わせた。


『双方気合は充分のようです。今回はお二人共、非常に準備をしてきているようですね。筋肉には差が見えません』


 実況の言葉と同時、睡眠欲選手が観客に向けてダブルバイセップスをキメた。

 これは得点が高いぞ。


 同時に観客が沸き立つ。


『はい。いつもは清潔感選手が強いのですが、今夜はいつもより睡眠欲選手が強く見えます。この戦いは読めないですね……』

『清潔感選手も、先程の決めポーズでリードを取られてしまい、少しの焦りが見えます』


 緊張を見せないためか、彼もポキポキと腕を鳴らしながら戦う準備をしている。


『さぁ、そろそろ開幕の時でしょう。今夜の決戦はどのようになるのでしょうか? レディー――ファイッ!!!』


 実況の大きな声が反響して鳴り響き、同時に観客の大声援が会場を包んだ。


 勝負の行方やいかに――


『おぉっと。最初は睡眠欲選手の強い一撃! これは――』

『今度は清潔感選手が攻勢に出ました!』

『あぁっと! ここでドロップキックが炸裂! これは終わったか⁉ ――いや、まだ立っている! この戦いの行く末は一体どうなってしまうんだぁぁぁぁ!』


 何十分そうしていただろうか。

 最後にリングの上に立っていたのは――


 ◇


「うん、寝るか」


 ぽわぽわした妄想の中から戻ってきた彼は、立ち上がった。

 同時に歩くのすら面倒になって、床に崩れ落ちたい衝動に駆られる。


 いやいや、しかし、と。

 流石にここで寝るわけにはいかないので仕方なくベッドに向かう。


「まあ、シャワーは明日の朝でいいだろ……」


 倒れ込んだ彼は、すぐに眠気に襲われた。

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