エピソード5

高木時計修理店は高木のおじいさんの代から始まった。

初め高木は「時計修理店なんて儲からないし」と反対していたが、高校受験ではお父さんと同じ高校を志していた。

高木時計修理店のおじいさんの幼馴染の服部さんは今日も時計店に足を運んでいた。


「こんな毎日来なくてもいいんですよ、服部さん」

「いいんですよ、家内からはどこか行くところはないのかと毎日追い出されているんですから」

服部さんは毎日奥さんと一緒に買い物をするほどの愛妻家であったが、それでも奥さんからはおじいさんが家にいると家事がはかどらないと言うらしい。

「だからと言って他に行くところがあるでしょうに」

「いいじゃあないですか、幼馴染なんてみんなこの町を出てしまったし」


服部さんはかつてこの町で電気屋さんを営んでいたが、60歳を機にきっぱりと辞めてしまった。

本人が言うには近隣に大きな電気屋さんが沢山出来て商売あがったりだからというが、実際は近所の人が電球を買ったり、家電を買う様子を見たことがあった。

商売上手で口が上手い服部さんとは対照的な高木はいつも服部さんの話しを楽しそうに聞くのだった。


「そういえば高木さん、あのこと世間に広まりつつあるみたいじゃあないですか。」

「あの事というと」

「とぼけないでくださいよ。写真を見せれば30分だけ思い出を体験できるっていうやつですよ。」

「あぁ、そうなのかな」

「だって最近はネットの記事にもなっていると聞くじゃあないですか」

「そうなのか、それは知りませんでした。」

「あぁ、てっきり記事になることを伝えられているのかと思ったら、世の中勝手なもんですね」

「とはいえ…」

高木は自分で辺りを見回す。

服部さんしかいないこの店が記事になっているとは思えなかった。


服部さんと仲良くなったのは、学校を卒業してからだった。

中学時代はクラスが10組もあり、同じ学年であっても知らない人がかなりいるものだった。

高校、大学とお互い違う道を進んだ後、地元で高木は時計修理店の跡を継ぎ、服部さんは自分の代で電気屋さんを始めた。

高木は家の冷蔵庫が夏に冷えなくなり、慌てて服部電気店に駆け込んだ。

「すぐに買えるやつはありますか?」

そんな問いに服部さんは丁寧に商品紹介をして、一緒に自宅まで運んでくれた。

そんな優しい服部さんにお礼を言いに行くべく再び服部電気店に向かい、何となくついていたテレビを見る。

懐かしいCMに「懐かしいですね」と言ったところから年齢が近いのではないかと考えた服部さんが地元や年齢についての質問を重ね、ついに中学でどの先生が担任だったか話し、同じ中学の卒業生であることが分かった。


そこから40年、今年は古希を迎える。

過去に何度か写真を見るとその時の情景が浮かんでくるという話しをしたことがあったが、「そういうのは大事にしときなさい。」と服部さんから未だに依頼を受けたことはなかった。

ただ、つい最近「人生で今が一番楽しいから家内と柄にもなく写真館でかっこよく撮ってもらったんですよ」と笑顔で話していた。

「そんなら見せて下さいよ」

「だめですよ、高木さんに見せたらその時の思い出が見られそうで恥ずかしいですから。でも写真を撮られるのもいいものですね。今度一緒に行きますか?」

いたずらっぽい笑顔を浮かべる。


外を見るとこちらを見ながらゆっくりと歩く女性が見えた。

「お客さんかな?」

「まだもう少しいたらどうですか?」

「いいんですよ、追い出す癖に遅いとまた怒られますから」

服部さんがお店を出るとびゅーっと風が入り込み、一気に寒くなる。

「もうそろそろ冬支度かな」

高木は部屋から少し厚手の毛糸のチョッキを持ってきて羽織ると再びカウンターで時計の分解を始めた。

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高木時計修理店 紫栞 @shiori_book

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