第14話 あなたなしでは生きてゆけない
***
私の国では女性は十六歳、男性は十八歳で成人であり、結婚ができる。
だからまだ、私と同じ歳である十六歳のキラは私と結婚できない。だから、今できるのは正式な婚約だけ。
「ローザ、僕のお嫁さんになってください」
「はい、キラ」
キラは私に深々と頭を下げ、膝をつく。そして手の甲にキスをした。そのままソッと唇を外して、ポケットから綺麗なワイン色の宝石箱を取り出した。
「なので、今は婚約指輪を受け取ってください。ほら、指を出して」
「うん」
国に代々伝わる指輪を国民の前で私は渡されてウットリする。
大きなダイヤモンドが真ん中にある、シンプルな細い金の指輪。ああ。なんて華麗。なんて上品。
服は白いドレスは結婚式まで花嫁衣装として温存。だから淡いラベンダーのシルクの布にキラキラと色とりどりの宝石が輝くドレスになった。頭には可憐でカラフルな花冠もつけている。まるでお花の妖精さんみたいで本当に可愛いの。実はこれ、魔女がわざわざ用意してくれたの。お祝いにって。結婚してからもパーティに着れるように後でまたアレンジしてくれるって。ナージャと遊んだり勉強を教えたりした事に関してのお礼らしい。本当嬉しい。当たり前のように可愛い濃い紫の靴もくれた。ヒールが高いのに動きやすくて、質の良さを感じる。
メイクもバッチリ魔女がしてくれて、今の私は生まれていちばんの美しさだと思う。キラも心なしソワソワして照れてる感じ。ナージャもさっき凄く褒めてくれたし。
「僕は一生君を守り抜いて愛するからね。ローザ」
「私もよ。キラを守り、国民を守り、愛するわ」
「あはは。君らしいね、もちろん僕も国民を幸せにするよ」
えへへ、とふたり私達は照れながら見つめ合う。
そりゃね。国の王妃になるんだもの。自分だけ優先なんてそんなの、なしだよ。税をもらうんだから、ちゃんと国を納めて、民を守らないとね。
ああ。それにしても本当魔物騒動が全部丸く治って良かったよ……!
魔女が魔物に色々通訳してくれたりもして、あれからなんと! 魔物達と平和条例
結んじゃったもんね。魔女様万歳! 私も動物や魔物と会話できるようになりたいなあ。魔女に教わろうかな? 頑張ろ!
まあ、それは置いといて。
「そういえば。王様達は正式に島流しになっちゃったわね」
「あは、そうしないと国民に殺されそうだったから仕方がないよ」
遠い目をして言うキラは少しほっとした様子だ。
まあ、そうね。ある意味逃がしてあげたとも言えるわね……それぐらい皆キレてた。暴動寸前だった。
国民は国を見捨てたあの三人に御立腹だから。当然だけど。
隣国の王族達も、この国の今の王族に嫌気がさしていたらしく支援してくれるらしい。一体外で何しでかしてたんだ。あの王様達は。想像が容易いけど。
「わああああ! 聖女様! キラ王子!」
「これからよろしくお願いします!!」
「頑張ってください!!」
「聖女様! この国を守って! お願いっ」
国民の声に私達はお城のバルコニーから手を振って応答する。
なんだか晴れ晴れとした気持ちだ。
そんな時、魔女がやってきた。
「わたし本当に生贄なんかいらないしお礼も望まないけど。ソレよりも私をここで住ませてくれないかしら。色々お手伝いするし一緒に勉強し合いたいわ」
「魔女さん、もちろん! 大歓迎だよ!」
「あらやだ、魔女さんなんて他人行儀ね」
「え」
「私にも名前が欲しいわ。ねぇ。ローザ。何か可愛い名前をつけてくれない?」
「じゃあ、オリビアとかどうかな」
なんとなく彼女の雰囲気に似合うと思うんだけど……。
「まあ。素敵。ありがとう。ずっと魔女とばかり言われて寂しかったのよ。まあ、今まで名前もなかったのだから仕方がないのだけどね?」
そう言って魔女……オリビアは上品に微笑んだ。
魔女といえば歴史の中では悪役の定番だけど、オリビアはすごく優しくて基本穏やかだし、王様達より王族のためにそばにいてくれると助かる存在に間違いない。
実際さっきも泣いてる子供に小さな魔法を見せて泣き止ませていたし。
本当、人間(?)って肩書きじゃないなあ。育ちでもない。結局は中身って今回の出来事でますます痛感。
「オリビア、これから改めてよろしくね」
私はオリビアに手を差し伸べる。
オリビアはゆっくりソレを受け入れ、私達は握手をする。ソレをキラともオリビアは繰り返す。
「ええ。ローザ、キラ王子」
オリビアはふふふと微笑む。
するとキラがオリビアに頭を下げた。
「僕からも、本当にこの国のために色々ありがとうございました」
「いえいえ。これからは力を合わせて平和な国を作っていきましょうね。乾杯!」
私達はワインを乾杯して口づける。あー。美味しい。甘いブドウの上品な味。酸っぱいブドウを食べていたあの頃には想像がつかない味。家族や村長にも飲ませてあげたかったな。
これからは平民も気軽にワインが飲めるような国にしたい。
「そういえば、この国に色々な勉強が出来る学校を作りたいのよね? ローザ」
「うん、オリビア。ずっとあったらいいなって思っててこの前までふたりでナージャ達にも教えてて」
マナー、魔法、普通の勉強に運動とか色々な文化についてや遊びも。私やキラが出来る限り色々やったっけな。
あんまり長時間かかる事は無理だったけど。人数が必要な事も同上。十人ぐらいしかいなかったから仕方がない。
「わたし、その学校の校長やっていいかしら。教育に凄く関心があるのよね」
ウフフと楽しそうに微笑んでオリビアは言った。
豊かな髪が風に揺れてなんだかご機嫌な雰囲気だ。
「! 喜んで! きっと伝説の魔女が校長だなんて生徒も喜ぶよ!」
それはかなり助かる。嬉しいオリビアの申し出に私は大喜び!
「この国以外の生徒も呼んでいいかしら? 百人以上生徒がいる方がやりがいがあると思うのよ」
私は深く頷く。
「もちろん、オリビア! 私もそう思うわ!」
うわあああ。想像するだけでテンションが上がる。絶対楽しいよ! それ!
料理教室とかもしてみたい! いろんな村に伝わる料理を教えたったり、他の国の料理を皆で勉強したり。
「ローザもキラ王子も是非先生をやってね? 忙しいだろうから臨時でもいいから。それぞれ魔法と教養の先生ね」
なるほど。私が魔法でキラが教養ね。普通の勉強は他の先生に依頼かな。
「うん! わかったよ! 頑張る!! ね? キラ」
やる気満々な私。
「もちろん。僕でいいなら本気で頑張るよ! ただしすっごくスパルタだけどね?」
王族が教養の先生とか本格的で最高じゃん! すごく上品な生徒に育ちそう!
後、自分で言うのもなんだけど、忌子と呼ばれた私だからこそ教えれる勉強もあるだろうし、聖女になった自分から言える言葉もあるだろう。よーし! 全力全霊で頑張るぞ! ファイトだ! 私っ!!
「私にも素敵なダンスとか教えてね! キラ」
ドレス着てダンスとか憧れでしかない。
キラ、きっとダンス上手なんだろうなあ。なんたって王子様なんだもん。幽閉気味だったとは言え、きっと小さな頃習ってるはずだし。
「もちろん。どんなことでも教えるよ。僕直々でも、先生をつけてもいい」
「本当に!?」
「当然だよ。なんたってローザは未来のこの国の王妃様だからね」
そう言われて私はドキンとする。
王妃様。
そっか。
私、王妃様になるんだ……そしてキラと、結婚。ゆくゆくは王子様やお暇様を産むんだ。そしてその子供をキラと一緒にしっかり育てて……うわあ。夢みたい。でも、現実なんだよね。
作りたかった学校を建てる予定もできて、キラと婚約もできて、それを国民に認めてもらえて。
本当、嘘みたい。
つらかった忌子時代。あの頃いじめてきた男の子達からは謝罪の手紙が届いた。かなり反省しているみたいだった。もう私の近くにいかないから許してくれ、と書いてあった。
亡くなった両親のお墓も、お城の近くにわざわざ作り直してくれるのだという。ただの森に落ちていた大きな石が目印に上に置いてあるだけだった、簡素なお墓だったからかなり嬉しい。
正直しばらくお墓参りもできてなくて心残りだったんだよね。嬉しい。
「ねぇ、聖女様。婚約の誓いのキスはしないの?」
子供のひとりが急に言い出した。
「え?」
「そうだよー。なんでしないのー? ふたりは恋人同士なんでしょー?」
そ、そうだけどさ!
「してよー! チュー!」
「キッス! キッス! キースー!!」
ええええええ。
気がつけば国民のキス待ちコールが始まる。ええええ!?
「え、あっ」
どうしよう。恥ずかしいよぉ。
結婚式までまだ先だし、予想外すぎる。さすがに心の準備ができてないし!
キスってそもそもあんまり見せびらかすものでもないだろうし、うううう、どうしよう?
でも、盛り上がっちゃってるし……。
ぎゃあああ。とうとうお祝いのために用意してくれた合唱団が「聖女様とキラ王子、キスして」を綺麗に歌い出しちゃった!?
「助けて、キラ」
混乱したまま私はキラを見ると、キラは幸せそうに笑顔を見せた。
「しようか、ローザ。キス」
急に真剣な顔になるキラ。え、かっこよ。
「えっ!? えっ!? キ、キラッ!?」
倒れそうになる程体が熱くなる。
するとキラが私の体を優しく抱き寄せる。
伏せがちの熱っぽい瞳でキラは私だけを見つめる。
「皆に可愛いローザが僕だけのものだ。って見せつけてあげたいな」
キラは小悪魔のようにそう言った。でも、目も潤んでいて耳まで赤い。
可愛いな、キラ。そう思った瞬間。
「!」
そっとキラの柔らかな唇が私の唇に重なった。
わあああ、と群衆が盛り上がる。そして当然のように私の体にはキラの魔力がどんどん入ってくる。いつもより多く、温かなそれは私の全てを包み込むように情熱的だった。
「愛してる」
ソッと唇を剥がしたキラは私の耳元で熱っぽく囁いた。
「好きだよ、ローザ。この世の誰よりも」
やばい。やばい。心臓壊れる……っ!!
「私も……愛してるわ、キラ」
ええい。皆見てるけどもうヤケだ。
開き直れい。
「もっと言って? ローザ」
「愛してる、キラを本当に愛してる」
ゆっくり唇を近づけて、二度目のキスをする。今度は静かに深く深く。
そして優しく抱きしめ合う。身体中が熱を帯びて、心臓の音が大きくなりすぎて私はこのままメチャクチャになってしまいそうだった。
「あ……! 虹だ……」
そんな誰かの声が聞こえて私達そっと私達は体を剥がす。
「うわあああああ」
私は感嘆の声を上げた。これは……!
見上げれば国中を包みこむみたいに凄く大きな虹がかかっていた。綺麗な空。
「綺麗だね、キラ」
私は大興奮気味でキラに言った。
だって! こんなの絵本でもないぐらいの奇跡だよ!?
「うん、ローザの方がもっと綺麗だけどね」
テヘッとかわい子ぶるように言うキラ。
ええええ。
「コラッ」
歯が浮くような言葉言わないの!
国民の前なんだけど! 晒し者じゃん!
皆ニヤニヤしてこっちの様子を伺ってる。全く……。
「だってローザが可愛いのは本当の事だし」
「キラの方がカッコいいもん」
「そこ、イチャつかないでくれる? 見てる方が恥ずかしいわ」
「ごめんなさい、オリビア。ほら、キラのせいだよ」
「ローザが可愛いのが悪い」
私達は向かい合って笑う。
「……懲りないねふたりとも」
じゃれあう私達に疲れた顔で呆れるオリビア。すみませんでした。
「新しい国、万歳! ラブラブなふたりにも万歳!」
「聖女様万歳! キラ王子万歳!」
「わああああああ! 頑張ってください!!」
こうして、私が住む国にとっての大騒動はなんとか平和になって幕を閉じた。
王様達があの後どうなったかは誰も知らない。知りたくもない。
けども、王様がいなくなってからお城の人達は沢山ご飯を食べて、元気に働くようになった。結果、国も元気になって、国のために働きたいと言い出す人も増えた。
魔法と教養を教える学校も現在建築中。来年には入学試験をやる予定で、予約殺到らしい。
私も受験勉強を前から教えていた子供達に頑張って指南しながら貴族の当たり前を勉強中。絶対絶対上品で優しい皆に尊敬されるような王妃様を目指すんだから!
「ローザ、今日の勉強は終わったの? お疲れ様!」
「キラも、色々勉強したり国についてのお仕事を進めたのでしょう。お疲れ様」
「ちょっと、一緒にダンスの練習しない? いずれ別の国に訪問して踊ったりもするだろうし」
「する! 頑張る!」
「はい、スタート」
「あ、ごめん。キラの足踏んだ」
「大丈夫。ローザは上手くなってるよ。だから気にせずリラックスして」
タンタンタン。軽快なステップを踏んで私達は回る。
きっといつか華やかな衣装に身を包み私達は皆の前で踊るのだろう。
村娘だった頃は、マナーのマの字も知らなかったくせに、今じゃ一丁前にテーブルマナーも覚えたし。使えなかった他国の食材でお菓子まで覚えた。本当は使用人がする事らしいけど、私は料理やお菓子作りが大好きだ。手作りのソレをキラに食べてもらえるのはかなりの喜びだ。
目まぐるしく日々は進む。今まで知らなかったことがどんどん当たり前になる。
実はありえないことは、この世界には存在しないのかもしれない。
私は忌子だった。だけど好きな人のために頑張って聖女になってこの国を平和にすることも出来た。だけど、これだけで私の物語は終わらない。生きている限りこれからも、キラとこの国と共にできることをやっていきたいと思う。
正直不安は沢山ある。期待だってあるけど、それ以上にプレッシャーも感じている。
けど、キラがいるから頑張れると言い切れる。
怖い? 泣きたい? ドキドキする?
そりゃそうだ。もう私だけの人生じゃないし。責任はあるだろう。
この国を良くしたいのは本気だし。
だけども、私はひとりきりじゃないし、きっと大丈夫。
未来の事なんか誰もわかんない、と言えばそれまでだけど。
でも、これだけは言い切れる。
「キラ、世界一大好きだよ! 永遠に愛してる!」
と。
恋する乙女は無敵なのだ。
END
忌子だった聖女の私は、初恋の生け贄王子に全てを捧ぐ 花野 有里 (はなの あいり) @hananoribo
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