第13話 あなたなしでは生きてゆけない②

***


 しばらく私は魔法で戦った。

 キラもできる範囲で魔法を使ったし兵士達も頑張った。騎士団も動いた。

 だけど、ほぼ私がひとりで戦わざるを得なかった。この集団で私だけが魔力が抜きんでている以上仕方がない。一番強い人が大勢を倒す。それはごく普通の事だ。

 私は聖女なんだから、特別力があるわけで。

 けれど。


「はあっ……、は……あっ」


 足がふらふらする。眩暈もする。ツラい。頭も痛い。


「ローザ先生頑張ってー!」

「はっ……あ。うん、頑張る……ふぅ……っ」


 でも。

 魔力がもう尽きてきた。気絶しそうだ。はあ。はああ。一瞬キラを見る。優しい笑顔を向けられて私は泣きそうになる。キラが私に近寄ってきた。視界がぼやけたと思ったらキラでいっぱいになった。


「キラ、今戦ってるからあぶな……んっ」


 何でわたしを抱きしめるの? キラ。


 そう思った時。


「もっと僕を頼ってよ」

「あっ」


 優しいけれど強引なキスだった。キラと私が唇を重ね合わせた瞬間、今までにない魔力が流れ込んでくる。

 まるで体に羽が生えたように、力がみなぎってくる。


 すると。


 ブワアァァッ。


「!」


 あっという間だった。


「ブギャアア」

「ウグゥ」

「アアアアアアア」


 私の体が発光して、白い眩しい光がその場を包みそこにいる魔物は全員気絶した。


「ふぅ……今のうちに戦意を喪失させる魔法をさらにかけるわ。うん、よし。出来た」

 皆が私を遠巻きに見ている。

「皆、もう大丈夫よ」


 本当、一気に倒せてよかった。

 けれど。気のせいだろうか。思ったよりも魔物達の体力がない。


 もしかして。この前の予想が当たっているとするならば。


「これは、食料がない故の襲撃!?」

「そうかもしれないね。ローザ。お父様達は無駄に食料を森から手に入れてたから。倉庫に山ほど残ってるって聞いたよ、いっそそれを返してあげれば来なくなるんじゃないかな」

「! キラ、ナイスアイデア! それよ! よーし! 転移魔法! 倉庫の食料を森へ!」


 私は倉庫へ走りそこにある食料(本当に大量でビックリした!)を魔界の森へ送った。


「あれ、魔物がいない」

「ローザ先生、魔物はなんか頭を下げて皆帰ってったよ。魔物でも頭下げるんだねぇ」

「え……」


 女の子曰く魔物達は目を覚まし即座にお城から姿を消したらしい。

 なんて呆気ない。と思っていると。


「魔界の食糧を私たちが奪い過ぎていたのね。申し訳ない事をしていたわ」


 私がつぶやいた瞬間。


「やっぱりな! わしは食料を取りすぎだと思ってたんだ!」

「あれ? なんで王様が? 隣国に入れてもらえなかったんですか?」


 まあ、そうだよねぇ。隣国達と仲良いって噂も前から聞かないし。


「ギクッ。そ、そんなわけないだろぉ。この国が心配すぎて戻ってきたんじゃ」

「そうだ! 俺が戻れって言い出したんだぞ」

「レイフ王子」

「あらやだ助けに行こうって言ったのはわたしよ」

「王妃様!」


 何だコレ。自己愛しかないの? この人達は。

 凄くイライラする。


 でも、どうしよう。喧嘩なんて無益な事したくないし。

 そう思っていると。


「聖女様のおかげだぞ!」

「怪我だって治してくれた!」

「兵士の皆」


 王様と私の間に、兵士たちが立ちはだかる。王様達が怯む。


「そうよ、ローザ先生達のおかげだよ!」

「王様達は国のために何もしてないよ! むしろ王様達のせいでこうなった!」

「そーだそーだ!」


 そこに子供達も乱入してくる。


「子供達!」

「魔女の力でオレらは様子をずっと見てた。今の状況はローザ様とキラ様のおかげだ」

「国の皆! どこからここに!?」


 今度は平民貴族ごっちゃ混ぜ。

 気がつけば大量の国民達が私達の周りを囲っていた。

 王様達は腰を抜かしてしゃがみ込む。


「ずっと近くの村でわしらも魔女の魔法で様子を伺っていた。落ち着いたから顔を出しにきたんだ! ずっと助けようとしてたんじゃぞ!」


 鼻息荒く王様は言った。それに対して国民は王様を睨みつける。


「嘘つき!王様達は最低。逃げてたって皆知ってる。本当にこの国からでてけ!」

「でーてけ! でーてけ! 今すぐ消えろー!!」

「島流し! 島流し!!」

「いっそ今すぐ死ね!」


 国民の大合唱が始まる。

 あーあ。まあ、今までの三人のヒドイ行いを考えたらこうもなるよね。

 王様達、国民を散々いじめてきたもん。


「助けろ! ローザ! キラ!」


 すがるように王様は叫んだ。

 キラは呆れ顔で首を横に振る。当然私もだ。

 国民をこんなにも危険に晒しておいて、何を今更この国の王様だって顔ができるのか。

 本当、心底軽蔑する。面の皮が厚すぎる。はあ。無理。


「お願いじゃ。わしはなんでもするから! わしだけでも!」


 他のふたりはギョッとした顔で王様を見る。あーあ。とうとう仲間割れか。


「ごめん、お父様。正直僕は無理かな」

「私も」

「なんだと!?」


 泣き喚きながら王様。レイフ王子も惨めに鼻水を垂らして泣きじゃくっている。王妃様は失神してる。見るも無惨なヒドイ有様だ。


「わたし達も王様達にはもうウンザリです」

「宰相!?」


 王様は惨めに叫ぶ。


「もう王様の面倒見きれません! さようなら! 王様!!」


 年配の渋いおじいさんの宰相が大きく声を上げた。わお。爆音。

 この人っていつも喋らなかったような……?


「ワタシ達も、キラ様達につこうと思います。体を張って国民を助けれる人こそが、国の上に立つべきだと思うので」


 今度は短髪の男前な騎士団長が淡々と言った。


「騎士団長!? わしが王様じゃぞ!!」

「確かに今は貴方が王様ですね。それがどうかしましたか? 名ばかりの王様」

「ぐぬぬぬ」


 子供のように地団駄を踏む王様はみっともないったら……。

 キラは頭を抱えて唸っている。無理もない。

 国民は白けた顔で王様達眺めているか、笑いを堪えているかのどちらかだった。

 はあ。本当に恥ずかしい人。


「兵士も料理人も、キラ様派です!」

「むしろ聖女様派です!」

「なんだと!?」


 次々王様の味方を降りるお城の皆達。あーあーあーあー。


「なあ、使用人達、お前らは違うよな? わしの味方だよな!」


 王様は媚びるように使用人の一番偉いっぽい人の足にしがみついた。

 そして足で蹴られる。わーお。


「いえ。あたし達はもう、王様のお世話をしたくないです」

「俺もやめよやめよ。こんな最低な王様の世話。前から嫌だったんだよな」

「わたし達使用人、全員キラ王子の味方につきまーす」

「決定―」

「な、なっ……使用人達まで!?」


 目を点にする王様。その後ろで王妃様は叫びそうな顔をしていた。

 そして国民は一斉に声を揃えて言った。


「王様達はこの国から出ていけ!」


 と。

 そこに現れたのは……。


「皆様落ち着いてくださいな」


 聞き慣れない声。


「誰!?」


 ワインレッドの豊かな髪の黒いドレスを着た豊満な美女。

 彼女は一体……。


「あら、誰って……王様達に勝手に生贄を渡されかけていた魔女ですけど何か?」

「えええええ!? 貴女が噂の魔女!? 凄く綺麗で若い!!」


 肌艶もいいし、声も色っぽい。どう考えても二十代前後にしか見えない。


「まあ。嬉しいわね。こう見えてこの世界ができた頃から生きているのよ。ねえ、ナージャ」

「うん!」


 ナージャと呼ばれたのは……。


「いつもナージャと遊んでくれてありがとう。ローザ先生、キラ王子」

「!? この女の子は魔女さんの娘さんだったの!?」


 魔女がナージャと呼んで抱き寄せたのはキラに告白した長い黒髪の可愛い女の子だった。

 確かにミステリアスだけどチャーミングな雰囲気がよく似ているような……?

 ナージャはニコニコして私達を見ている。今まで全く気が付かなかった。村の子達とは雰囲気が違うわけだ……!


「正確には使い魔ね。ずっとこの城をこの子経由で観察させてもらっていたわ。本当大変そうだったわね。助けられなくてごめんなさいね」

「えっと」

「ナージャの視線の先、私の魔法で覗けるようになってるのよ。だから先程はあちこちの村で魔物達との戦いを中継させてもらったわ。無断でごめんなさいね?」


 魔女はテヘッと子供っぽく笑って見せた。


「は、はあ」


 魔女の力って凄い……私とは違う種類の魔力だ。オーラが違う。

 なんていうか圧巻。纏う魔力量がもうヤバい。世界を動かせそうなレベル。


「わたしは力のありすぎる魔女故に、世界に直接は干渉できないのよ」

「そうなんですか」

「ええ。世界を歪めてしまうから……魔力だけならこの世界を破滅も支配もできるけれど、私より上にいる神様がそれを禁じているのよ」


 なるほど。


「だから、こうやって状況の中継とかぐらいしかできなくて。そんなわたしに生贄なんか渡しても無駄なのに、バカな王様達よね」

「やっぱり生贄は無駄なんですか」

「もちろん。使用人にしかできないわ」


 なるほど。

 そして魔女は言う。


「ねぇ国民の皆。あんな王様達は捨ててしまいなさい、このローザとキラと新しい国を作るといいわ。それに関してはできる限り協力もするし応援もするわよ」

「魔女さん!」


 なんて優しいの!


「いいんですか? 僕達で」


 キラの手が震えている。


「皆、いいわよねぇ?」


 魔女は国民達に尋ねた。


「ローザ様万歳!」

「聖女様―! ありがとうございます!」

「キラ様もご苦労されてきたと思いますが、どうか新しい国をこれからお願いします!」


 わああああ。と盛り上がる国民達。


「キラ王子の事情やローザさんの過去は私が広めておいたわ」


 サラリと言う魔女。な、何て事を!?

 恥ずかしいじゃん! キラはだいぶ苦労してたし国民に理解されるべきだけどさ!

 まさか私の場合キラへの片思いからなんじゃ……きゃーっ。


「新しい国王候補と王妃候補に大きな拍手を!!」


 魔女がそう叫び、大きな歓声と拍手に私達は包まれる。

 途端レイフ王子はカニのようにブクブクと泡を吹いた。まさに失禁寸前って感じ。でも誰も介抱もしない。遊んでいたはずの女の子はレイフ王子の現在の姿にドン引きして逃げるようにお城周辺から消えた。まさにレイフ王子の自業自得である。

 キラは泣きそうになっている。私も釣られてしまいそう。


「聖女様万歳! キラ様万歳!!」

「新しいこの国に祝福を!!」

「わあああああ」

「万歳! 万歳!!」


 その日は完全にお祭り騒ぎだった。

 国民皆にキラが中心となって美味しいご飯(当然のようにキラも手作り作業に参加したのだ!)を振る舞って、お城の中にある大浴場も開放した。


 料理人は「作り甲斐がある」「こんなに自由に料理ができるのは初めて」だと大喜びで腕を振るい、本人達も沢山食べた。魔物が途中で自主的に食料を届けてにきてくれたので、今までにない食材を手に入れることもできた。


 飲めや歌えや踊れや……でも改めて明日きちんとした聖女のお祝いも兼ねて婚約発表をするらしい。使用人が大はしゃぎで自分達から準備すると申し出てくれた。

 私とキラは寄り添いあい、いつでも私はキラからなくなった魔力を補っていた。

 これからは図書館も開放して、許可証さえあれば誰でも本を借りれるし、キラが手入れしているバラ園も予約さえすれば入れるようにするみたい! なんて素敵なの!


 騎士団も、お城の使用人も平民からもどんどん募集するんだって! 料理人は料理講座を国民達に空いている日にするそうよ!

 幸せだった。まるで現実じゃないかのように、満ち足りていた。


 でもこれが事実なのだ、と思うと嬉し涙が流れた。

 その日の夜私とキラの目の前に流れ星が流れた。


 ……当然、私達が願ったのは。

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