第12話 あなたなしでは生きてゆけない

 ドォオオン!! ガラガラガラドシャン!!

 大きな雷に私は耳を塞ぐ。


「また雷。子供達は大丈夫かしら。ねえ。キラ」

「無事だといいけど、まだ村には魔物が行ってないからそこだけが救いだよね」

「本当に」


 あの日から。毎日のように魔物がお城にやってくる。

 嵐のような日々に疲れ始めてきた私とキラ。相変わらず逃げ回るレイフ王子達。

 こういう時こそはとご飯は意地でも食べてるけれど、味がしない。美味しくない。途中からは作業のように飲み込むようになった。


 そもそも食料もそのうちつきそうで怖い。たまに吐きそうにもなる。聖女であるプレッシャーだろうか。それとも不安か。どれにしても、負けるわけにはいかない。


 お風呂だって、いつ魔物が来るかと思うと楽しめないし安らげない。いつだって気を張っている気がする。

 魔物は大体お城を荒らすだけで、何もせずに帰っていくことがわかった。怪我をするのは大体追い返そうとした兵士だけだ。魔物はお腹が空いてるのだろうか。でも食事を渡せば魔物はここに住み着いてしまうだろう。困ったなあ。はあ。


 しかし。事件は起こる。


「王様達が逃げた?」

「お父様!? つまりはレイフも!?」

「はい。左様でございます。王様達は遠くの安全な国へ逃げてしまわれました」

「なんだって!? 国民を見捨てたのか! お父様達は! なんて恥ずかしい人達……」


 キラが絶望の声を上げる。無理もない。いかにもな行動ではあるけれどあまりにも自由すぎる。


「許せない!!」


 ダン、と足を振り下ろすキラ。

 本気で怒った様子のキラは歯を食いしばり空を睨みつめる。


「失望した! 僕がこの国を助ける!」

「キラ! 頑張りましょう」

「うん。ローザ。国民達を魔物から守ろう。そして幸せな国を作ろう!!」

「もちろん!」


 私達は拳を振り上げ誓う。

 何の罪もない国民を捨てて逃げるようの王様に、国を任せておけるもんですか。

 本当、最低な王様達。本気で幻滅した。


「聖女様! 騒ぎを聞きつけてきた村人が襲われてます!」

「わかったわ! その場所まで転移!!」

「僕も行く!」


 私はとっさにその場所に飛んだ。

 どよんだ空の下。周囲には緊張した空気が多度寄っていた。


 そこにいたのは。


「ローザ先生!」

「貴女は!」


 この前キラに告白していた長い黒髪の女の子! つまりは私達の生徒!

 ……が、魔物に捕まっていた。ので。


「ピギャアピギャア」


 魔物は低い声で鳴き続ける。耳に直接響く金切り声だ。


「助けて、ローザ先生!」

「はあああっ」


 パァアア。

 眩い光が辺りを包む。


「ピギャアー!!」


 ドサッ。

 私は光魔法で魔物を気絶させた。魔物は泡を吹いている。

 この魔法は悪意をも奪う効果がある。

 だから目が覚めてもしばらくは動けないし、女の子に手を出すこともないだろう。


「うわあああん。怖かったよ。ローザ先生―!」


 女の子は私に抱きついてきた。

 なので私はそっと女の子を撫でる。よしよし。怖かったよね。


「よしよし、もう大丈夫だからねー。怪我はない?」

「うん、ないよ」


 満面の笑顔で女の子は笑う。目のはじには涙の跡が残ってたけども。

 そりゃ、慣れない魔物に襲われれば誰だって泣く。私でも子供だったら泣くかもしれない。無理。絶対無理。


「よかった」


 ほっと胸を撫で下ろす私。


「皆は?」

「遠くの草むらに隠れてる。あたしはつい、持ってたボールが転がってて出たら襲われちゃった」


 そういえば、手にはピンク色のボールが……。


「危ないことしないの」


 メッ! と私はあえて怖い顔をする。


「ごめんなさい……」


 ションボリする女の子。ごめんね。でもここはキツく言わなきゃ。

 本当に命に関わる事柄なんだから。どうしたって怒らないと仕方がないのよ。


「よしよし」


 でも本当何もなくて良かった。調べたところ、誰も大怪我はないみたい。

 擦り傷とかも、私が治しちゃったし。


「そういえば、王様達は?」


 女の子は不安気に私に尋ねた。


「どうして王様達は助けてくれないの? 逃げたって噂本当?」

「!? どうしてそれを」

「やっぱり! 本当なんだ! 私たちは王様達に捨てられちゃったんだ!! うわああん」


 泣き出す女の子に、アワアワするキラ。


「よしよし。大丈夫。僕達がいるから。泣かないで」

「キラ先生―」


 女の子はキラに抱きつく。さらにキラは女の子を撫でる。


「僕はこの国の第一王子だからね。だから安心して僕を皆頼ればいいし甘えていいんだよ」

「第一王子?」

「うん、僕はこの国を継ぐつもりの王子だから」


 胸を張るキラに私もどこか得意気な顔をする。


「わかった! 立派な王様になってこの国を救ってね! キラ先生!!」


 女の子は目を輝かせてキラの両手を握り締め叫んだ。


「はい。もちろんだよ」


 キラはニッコリと笑って頷く。私ももちろん協力するつもり。聖女だし、キラのお嫁さんになる女だからね! えへへ。

 そんな微笑ましい会話を女の子とするキラ。はあ。さすがは王子様。本当にキラキラ。


 しかし。

 どうにか王様たちの逃亡を国民達に誤魔化そうと思ってたのに……もう噂になってたんだ。はあ。さすが人の噂は早い。きっと国は大混乱なんだろうなあ。はーあ。どうなるやら……。


 私が普通に村人のままなら、ある意味またかって思うんだろうなあ。でも、期待をしてなかったとしても失望は大きい。だって一応は税を納めてる国だから。しかも無駄に多い税を。


「ローザ先生もいるからね」

「うん! あたしローザ先生とキラ先生大好き! だからふたりの事、信じてる!」


 そういえば。


「ねぇ。キラ。さっきから魔物の気配が消えたけど、どうしたんだろう」

「そういえば、皆消えたね」


 気がつけばどこにもいない魔物。

 恐ろしいぐらい静かなお城の周り。兵士達もキョトンとしている。


 何だかすごく嫌な予感しかしない。怖い。

 鳥のなく声ひとつすら聞こえない。何これ。不気味すぎるよ。


「魔界に誰かを呼びにいったのかも」


 女の子がボソリと呟いた。確かに魔物の量は今日もこの前も大した事がなさすぎた。

 魔界ならもっとでかい魔物もいるだろうし、強い魔物もいるだろう。でもここにき

たのは小物っぽい感じの魔物ばかり……。


 だから、女の子の言う事はすごく納得する。

 でも。

 そんな事はあり得てほしくなかった。


 だけど。

 あり得てしまったのだ。


「ねぇキラ! あそこに大きな魔鳥が……!!」


 バサバサと大きな羽の音を立てて、おどろおどろしい色の魔鳥がやってきた。

 しかも。


「あれは、一匹じゃない。巨大な魔鳥の大群だ!」


 キラが目を丸くして言った。


「きゃああああ! キラ先生! ローザ先生! 助けてぇ!!」


 女の子が叫んでキラに飛びつく。その手足は震えていた。

 木の影に、動けなくなった子供達も見える。あわわ。まだ逃げてなかったの!? 皆!!


 兵士たちもあっけに取られてないもできない感じだ。でも、皆目が点。

 無理もないよね。お城の扉よりも大きい魔鳥なんか、誰も見たことなもん。


「グワァ」


 気味の悪い鳴き声がお城の上に響き渡る。


「グワアアアアアアックエェェ!!」


 威嚇するように魔鳥は呻く。

 よし。ここは……。


「任せて。私が何とかして見せるわ」


 正直だいぶ怖かったけれど、私は笑顔を作って言った。


「頑張れローザ先生!」


 私は気合を入れて魔法を使った。

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