プロローグ―――カルカムシュにゆく


 謙虚であれ 柔和であれ イエスのように。

 熱くもなく 冷たくもない ぬるま湯のようであってはならない。是、是、否、否と答えなさい。

 聖書を学びなさい 但し、疑問に思ってはならない

 親に従順でいなさい イエスのように。

 この世的なものの中に合って、エホバの喜ばれる生き方をしなさい

 聖書を学びなさい すぐに、理由を答えられるようにしなければならない


 ハッと、日本語の渦巻く微睡みから、アラブ語を話せる方へ意識を覚醒させる。聞き知った声だが、仲間の声ではない。

「どうしたんだよ。また嫌なことでもあったのか? キツイ臭いがするぞ。」

「お前こそ、またそんな絵見てたのか。」

「お前ね、この二十一世紀に写真が分からないなんて、アマゾンの奥地の未開人への侮辱だぞ。」

「分からない言葉使うな。」

「んで、何の用だよ。」

 そういうと、千鳥足の男は近づいてきて、真昼間の大通りに、小さなナイフを抜き、ドスッと首に突き刺してきた。往来を悲鳴よりも先に、自分達が引きつけていたトルコ軍が走ってくる音がする。

「裏切者(ダーヒス)! アラー以外の名前呼んでた!」

 酒臭いイスラム教徒気取りがなんか言ってらァ。

 結局、俺も奴も同じ。別にアラーがどうの、ムハンマドがどうのなんてどうでもいい。十四年前に国を捨てて飛び出してきて、まあそこそこに、俺の報復がキいたから、エホバはまたしても、教義を知らない異教徒をけしかけて、俺を殺したってわけだ。

 正直、こうなることは予想していたし、こうやって死ぬつもりだった。

 ワカコを俺に殺させるために出会わせ、カズキを死なせるために生まれさせたエホバに、どうにかして復讐してやりたいだけの、不毛な人生。父であり、友である『唯一神』が嫌がることは一体何なのか。異教徒になった上に、そこで暴力や殺し、破壊、集会所を爆破したりなんかをやってやったら、苦しむだろうと考えた。人一人殺すのも苦労しそうな治安のいい日本を出て、イスラム国―――ISILに入って、適当な言いがかりや難癖で暴れまわった。今日、カルカムシュにいたのだって、うちの組織に入りたがる、コーランのコの字も知らない、はぐれモノが『居場所』に辿りつけるように、陽動していただけだ。そいつらだって、別に殺しがしたくてここに来るわけじゃない。俺とは違う。

 イスラム教の中のことなんか知らないし、知る気もない。ただ、『くたばれファッキンエホバ・ヤハウェ』っていう生き方がしたかっただけだ。ただ不思議なのは、テロリストでさえ持っている、『自分の考えを他人に教える』権利と義務が、なぜ、法治国家である日本の善良な一国民だった俺には与えられていなかったのか、それだけが不思議だ。なぜ、俺は考えを押し付けられた記憶しかないのか。

 所詮一回ぽっきりの人生じゃあ、エホバ神なんつーもんに大した仕返しなんかできなかったな。

 あばよこの世全てのクソ創造主! 宗教の皮を被ったテロリスト共め、同業者にヨロシクな!


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ジュリエット・ウィスキーにさよならを PAULA0125 @paula0125

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