第10話

チャイムが鳴ってほどなくしたところで、僕の体は日に照らされた。

 だが僕は、油断を許さない。

 すぐには起き上がらず、自分の周りから声がしなくなるのを待って、起き上がった。

 いくら僕が銅像で影が薄くても、いきなり窓側からばっと現れて、姿をあらわにしたら、僕の周りの奴らは少し驚き、不信に思うだろう。

 だから僕は、慎重に、誰にも気づかれないように周りを伺った。よし、誰も僕の存在に気づいてないみたいだ。でも、これはこんなことも言える。僕は、“僕を助けてくれたやつが誰か把握できなかった”ということだ。

 頑張ってそいつが誰か、推理することはできたが、僕はあえて止めた。多分僕を助けてくれたやつは、一番早く体育終わりに教室にきたやつで、だいたいそういうのは陽の方の人間だ。陰キャは、陽キャの体育終わりの前を歩けないという性質があるから...。あれ?結局推理してるな、これ。

 でも、だいたいそう言う奴は、きっと僕に自慢してくるだろう。

 『助けてあげたよ!のぞき魔君!あっ、ごめん。これは、助けたんじゃなくて、邪魔しちゃった?』とかいってくる。さて、そんなことを言う奴は誰だろう?

 僕を助けてくれる、能天気陽キャは一人しかいない。あのときの周りでも、そいつは話していて、きっと僕を押し込んだのも同一人物だろう。

 陽ノ日はられ...。あいつはいつでも、僕を助けてくれる。今日、僕は、初めて心の底から懺悔して謝る。心の奥底の思いを、僕は陽ノ日に伝える。すみません。で、終わることのできないこの気持ちを。

 キーンコーンカンコーンキンコンカンコンキン

 入店音が鳴った。

 4時間目は、数学の猿渡先生の、ウっキウキ授業。これを自分であの先生は言ってるんだから、かなり引く。

 猿渡先生の姿が廊下に目撃されると、教室の四方八方へ散らばっていた生徒は、音速の速さで、自分の席に戻っていった。

 ガタンガタンガタンガタン

 下の一年生、地震が起きてると勘違いするぞ、これ。

 「ふぅ~、ギリギリセーフ!」

 猿渡先生のガラガラ音と共に、僕の新しい犠牲者(席が隣の人)は、安堵の息を漏らした。

 外の、オオカナダモの光合成を見ていた僕は、さっと机に視線を戻し、横の人が誰かを確認する。静かな奴がいい...いや、僕は変わるんだ!できるだけ、静かな奴でも...

 ガタッ

 チラリと横を見た衝動で、僕は机を斜めに揺らした。

 まあ、第一声で気づいてはいたのだが、どこかでそうじゃなければいいと思っていた...。

 「あっ...」

 横の人も、気まずそうに僕を見る。

 そう、この声は...

 陽ノ日はられだった。

 

 数学の授業が始まって、僕らは一言も会話をしていない。

 これまで人との会話を避けてきた僕だ。話しかければ返すが、自分から話しかけることは無理に等しい。

 陽ノ日も、いつもの空元気はなく、僕に話しかけてくれる様子もない。それもそうだろう。

 あのとき、つい盗み聞いてしまった会話。あの中で陽ノ日はどうやら、かなり自分を責めているらしかった。君は悪くない。悪いのは僕、僕なんだ。そう言って、陽ノ日に笑いかけたら、どれだけ良いことだろうか。それができない自分が、また、嫌になる。

 「じゃあ、班を作って、クエスチョンについてディスカッションしてみましょ~」英語の授業みたいに、猿渡先生は言う。

 班を作ってディスカッション...。僕はこういう系が物凄く苦手だ。同類の方はよく分かるだろう?でも、これはチャンスだ。陽ノ日に話しかけれる...

 「お、おい。君...」

 「あれ?!月陰くん!僕らの班なの?まじで?!やったあ!」

 「え?」キラキラした声を聞いて、つい言葉を遮ってしまった。

 っちょ、おいおいおい。僕は漫画の主人公かなんかかよ...すべてが出来すぎている...

 さて、机を微妙に開けてくっつけた所で、僕らの班の自己紹介をしよう!

 僕の正面。《陽ノ日はられ》

 僕の右斜め。《前園広大》

 僕の右隣。《宮藤詩音》

 はい、出来すぎてる~。

 「月陰くん!月陰くんって、数学得意?俺、ここ分かんないんだけど!」

 「え?どこ、そこ?えっと、そこは...。ごめん、僕、まだそこ解いてない...」

 「あっ、ええ?ごめん...」

 僕が申し訳なく回答すると、前園も、気まずそうにまた、僕の顔から、問題に目を移した。

 乗り出した体を元に戻そうとすると、僕の右足に激痛が入る。

 痛い痛い!え?痛い!

 右隣を見ると、どうやら僕の足を周到に踏みつけているのは、宮藤らしい。顔で分かった。

 「あんたのせいでできちゃったこの変な空気、作ったならあんたが回収しなさいよ!」

 宮藤が、僕の足をぐりぐり踏みつけながら囁いた。

 「え、ええ?それはダイソン掃除機でも難しいんじゃ...」

 「いいから吸いなさいよ!」

 宮藤のぐりぐりがいっそう強くなったので、僕は仕方なく、大きく息を吸った。

 ふっ~、はっ~。ふっ~、はっ~。

 「息吐いたら意味ないでしょ!あんた、オール2なの?」

 足のぐりぐりがドスドスに変わった。下の一年生、巨人がやって来たのかと勘違いしてるよ、今。

 それから、僕が腹式呼吸を使って、空気を回収しても、微妙にしらけた雰囲気は取り戻せなかった。

 もう、無理...。

 「プフッ ヒヒ、アハハ。ハハハ!っつ、プっ。フフフ!アハハハハハ!もう、無理...」

 そう言っていきなり笑い転げたのは、僕の正面の人物、陽ノ日だった。

 「ダイソン...プフッ、ヒヒアハハ!やばい、死にそう...」ツボったのは、吸引力のダイソンであった。机を不規則のリズムで叩きながら、ただひたすらに一人でツボっている。陽ノ日以外の3人が、目を合わせて、奇妙な動物に対する、見解を述べる。

 アイコンタクトで議論している内に、陽ノ日は僕を指さして言った。

 「ぷふっ。君、私になんか言うことは!」

 「えっ、あっ、えっと...」

 「ごめんなさい。」

 もっと何か言いたかったけど、突然のことに簡潔になってしまった。

 それでも陽ノ日は満足したように僕をイタズラそうな目で見て、ニヤッとして言う。

 「私も、ごめんなさい。あっ、ちょっと待って!今のなし!顔がニヤついてた!」

 陽ノ日は咄嗟に後ろを向いて、顔を作っているのだろうか。えらく、時間がかかった。

 やっと僕へ振り向いて、真剣な眼差しで言った。

 「月影紫苑くん。こちらこそ、ごめんなさい。」

 そう言って、陽ノ日は素早く机に伏した。

 一瞬だけ見えた透明の雫。それを隠すように覆い被さっている。

 一置きして、陽ノ日は、うつ伏せた腕の中から、赤くなった目だけを覗かせて、僕にこう言った。

 「君と、もう一度話せて、よかった...」

 そうやってにこやかに笑う陽ノ日の表情は、教室に僕らだけしかいないと、いつもの放課後であると、錯覚させるように、心に刻まれた。

 陽ノ日はそれだけ言って、また顔を伏せた。

 僕以外の二人は、『こいつら何言ってるの?』と呟き出しそうなくらいキョトンとしていたが、僕はなんだか、泣きそうになった。

 

 キンコーンカーンコーンキンコンカンコンキン

 数学の終わりのチャイムが鳴って、次はお弁当の時間。別に教室で食べてもよかったのだが、今日は風に当たりたい気分だった。

 体育館裏の、グラウンドが一望できる所で、弁当をいぞ開封する。まあ、いたって普通だな。

 でも、いつも通りではない気がする。いつも感じるこの風も、なんだか心地よく思えるし、太陽の日の光も、鬱陶しくない。僕は、その点では変われたのだろうか。

 「わっ!」

 「わああああ!」

 後ろからいきなり肩を掴まれて、危うくおにぎりが泥団子になることは防ぐ。

 「君、驚かせるときは1時間前に告知して欲しいな...」

 「それじゃ、ドッキリにならないでしょ~?」

 「何これ、モニタリングいつの間にか僕されてんの?」

 「はは~ん。実はそうなのだ!」

 「え~、まじか~。今日メイクしてな...」

 って、おい!これじゃいつもの僕だ。いつもの卑屈で面白くない僕だ。全然変わってない!

 「は、はら、はら...」

 「はら?」

 「はら...がすいたな~」

 「あら、そう。」

 うん、初手に名前呼びはやり過ぎた。これからご飯食べるのに、胃に悪い。

 勇気を出して、もう一度チャレンジする。

 「あ、あのさ!陽ノ日って、休日何する?音楽鑑賞?!ゲーム?」

 「えっ!...別に何もしない」

 「あらま、そう?!えーと、あっ、俺?俺は~、デパートで買い物したり、サウナ行ったり、スパ行ったり~、マッサージ行ったり~、洋服選んだり~、えっと~、後は~...」

 そのとき、陽ノ日が僕の肩を掴み、そのまま回転させて、僕と陽ノ日が真っ正面になった。陽ノ日の顔が物凄く近くにある。前は気にしてなかったのに、今は鼓動が早くなる。

 「えっと、あの...」

 「ごめん!月影くん!」

 「え?」

 「すまなかった!月影くん!申し訳なかった月影くん!お詫び申し上げます!月影くん!これで、どうだ!...あれ、これでもダメ?」

 いやいやいや、ダメとかいいとか、君が何をしているのか分からないんですが...

 「私のせい!私のせいだよね!月影くんが変になったのって!だから、ごめ」

 「え、いやいやいや、ちょっと待ってよ!これは、俺自身の意思でやってるんだよ?!」

 「え?」

 陽ノ日がかなり困惑した顔で、俺を見る。

 「あの、俺、変わりたいんだ!こんな自分を!性格を変えたいんだ!卑屈で、嫌みで、陰キャで、無粋。こんな自分を変えたいから、俺は今、変わろうとしてる。

 もう、後ろは振り向きたくないから。

 変わろうとしてるのも、君のおかげだ!俺をあんなに叱ってくれて、俺は心に響いた。ありがとう、陽ノ日さん...」

 そう言って俺は、斜め45度に腰を折って敬礼した。これが俺が、陽ノ日に伝えたかった思い。今、言うことができた。

 腰を折って10秒立ったので、姿勢をまた整えて、陽ノ日の顔を見る。すると、陽ノ日の顔は、予想に反して、俺を、引いたような目で見ていた。え?何で...

 バッ いきなり陽ノ日に肩を掴まれてビクッとする。悪ふざけで、肩を掴んだのではないらしかった。顔が先ほどと変わらない。

 な、な、なんだろう...

 「...まず、その、陽ノ日さんって止めて!君は、私のこと、“君”って呼んでよ!」

 ...え?意外な答えに、呆気にとられる。

 「あと、さっきの一人称の“俺”ってのも気に入らないし、空元気も止めて。陽キャみたいなその性格も。私を思って、敬意を示したいのなら、私の前では、君は自分自身を、月影紫苑を消さないで!」

 ......陽ノ日が怒ると思わなかった俺...いや、僕は、かなり困惑した。陽ノ日が変われ変われと、僕に説いた癖に、自分を消すな?ダメだ、意味が分からない。

 陽ノ日はそんな僕を差し置いて、ズンズンと話を進めていく。

 「君はちっとも変わってない。ただ、君の表面を取り繕うのがうまくなっただけ。いずれそれはぼろが出て崩れ落ちてしまう。崩れ落ちないために私は、私は...」

 一瞬言うのを躊躇したのか、言葉を詰まらしたが、また僕に向き直って言い始めた。

 「...私が言ったのは見方を変えろってこと!人をみんな悪だと決めつける、他人に対する偏見をゼロにすること!そして、皆と友達になること!」

 はっーはっーと、陽ノ日は物凄く早口で情熱的に話したので、息はかなり上がっていた。

 しかし、陽ノ日は自分の体力お構いなしに、一つ指を立てて、あと一個だけみたいな風にして、最後にもう一つ応えた。

 「...っ、...はっー、はっーはっー。、っ確かに!確かに、君のその性格を変えることが、君の見方を変える第一歩かもしれないし、近道かもしれない。でも、でも、大事にしなきゃ!」

 「君のその性格は、生まれ持って培われた天性なんだから」

 そう言って、陽ノ日はまた、イタズラそうに笑った。

 ..................ふっ、君は僕の“こんな”性格がいいのか。

 「僕の、この性格が良いなんて、君はよっぽど物好きだね」

 「...んっ!」

 陽ノ日の顔が、露骨に嬉しそうになった。

 「...い~や、私はただ、素のダイソン君と、話がしたいの。きっと、それは学校中の皆も同意見。...でも、ウジウジしてるのは嫌いだけど。私も、学校も。」

 「へー、そう。しかし、君の一論が、学校全体としての意見とは限らないな。よし、実験してみよう。僕は精神的にきついから、君がウジウジしてみよう!」

 「...そう、あと、その卑屈な性格も...」

 「大っ嫌い!アハハ!」

 そう言って、陽ノ日は少しツボった。

 腹を抱えながら笑う陽ノ日を見ながら、僕の目は少しうつろになっていた。

 ...変わるというのは、表面を着飾ることではなく、挑むこと。勇気を持つこと。恐れないこと。気持ちを変えること。

 そう、こいつに教わった気がする。

 そう気持ち悪く浸っていると、陽ノ日は、何か思い出したかのように、僕の隣にチョコンと座って、僕に話しかけた。

 「あ、あと。屋上の件は、悪かったって思うけど、カフェの件は、悪かったって思ってないから」人差し指を立てながら、ムスッとした表情で陽ノ日は言った。

 「あ.....」そのとき、グースカピー寝てた陽ノ日を思い出した。

 「あ...じゃないよ、まったく。君には、罪状が数え切れないほどあるんだから!一つ一つ、みっしり解決していくから...」

 「覚悟しといてね!」

 また見せた、悪魔の目と微笑みは、今だけは、閻魔大王に見えないでもなかった。













ーとりあえず、ここで更新は一旦区切ります。

モチベが上がったらまた書き始めます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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月と太陽、僕と君。 空一 @soratye

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