【後夜会議】

 吸血鬼にとっての後夜とは、人間にとっての昼間である。アナリーは時折、太陽の出る明るい時間に城を歩き回っているらしいので、俺はA班に、城の中でも特に強い力を持つ四人と、俺たち吸血鬼を生み出した『悪魔』によって定められた幹部の三人、合計七人の吸血鬼を集めた。


・集落『スファラ』幹部:スイレイ・クランナ

・同様        :エリエ・マイゼル

・同様        :ディロップ・ファロウ

・B班リーダー    :ハーゲッデ:リゼ

・C班リーダー    :ノリス・ウォルター

・D班リーダー    :サムス・マロト

・E班リーダー    :キリア・トビニッツ


 そして、俺……ユーリス・ビディが、城を拠点とする吸血鬼の集落『スファラ』の統領かつ、A班のリーダーとなっている。

 A班の部屋に、折畳式のテーブルを出す。

 会議の時にのみ引き出す丸テーブルが、非常に窮屈に思えた。


○○○○○○○○○○○○○


「いつもはこんな事しないのにねぇ。どーしたの、いきなり緊急会議なんてさぁ?」

 C班のノリス・ウォルターが、のんびりとした口調で、頬杖をつきながら言った。

 綺麗に七三に分けた赤褐色の髪と、濁りのないセレストブルーの虹彩が、妙に不気味に映る。のんびりとした口調は和むが、人によってはそれが琴線に触れることも珍しくない。自由奔放で呑気者ぞろいのC班を統べるのは、きっとそれ以上に自由で計算高い、彼にしかできないことなのだろう。

「ちょっと、異例の事態だからね。」

 俺は、ノリスに短く返す。ノリスはその返答に、一人で首を傾げていた。

「異例の事態って何だよ。問題でも起こってんのか?」

「いや、そうじゃなくて……。今から話すよ。」

 俺と同室、A班所属のエリエの口調は、棘が混じって鋭い。彼は他人を嫌っていて、A班メンバー以外は信用していない。自分たちの部屋に、四人も他班の吸血鬼が居ることが不満なのだろう。濡れ羽色の短髪も、クリーム色の虹彩も、ギラギラと警戒を示している。

 俺はゆっくりと、最後に席に着く。その場にいた七人も、スッと居住まいを正した。

「良い?」

 七人が頷く。彼らの虹彩の瞬きに、俺は一言、告げた。

「……アナリーが、笑ったよ。」

 その言葉に、その場にいた七人全員が、驚愕の表情を浮かべる。特に、ディロップ、キリア、サムスの三人は、勢い余って立ち上がってしまった。

「__噓だろ……。」

「それ、幻覚じゃないノ?」

「ほ、本当?ビディ‼」

 驚くのも無理はない。吸血時に笑った……それはつまり、俺たちのことを、アナリー・メルテが受け入れたということになる。

 今まで、一度もそんなことは無かったのだから。

「……うるっせぇなぁ、キラもサムスもいちいち騒ぐなよ!お前等二人とも声でけぇんだから、自重しろ‼」

 エリエが耐え切れず大声を上げる。それを横目で一瞥してから、三人は椅子に座った。

「やかましいのは貴方でしょう?」

「人の振り見て我が振り直せ、というやつだな。」

 スイレイとハーゲッデが、すかさずエリエに返す。顕著に溜息を吐くエリエに、俺は苦笑した。

「まあ、そういうことだから、これからは少しずつ、彼女との交流の機会を増やしてみてもいいと思うんだ。例年と少し、変えてみるのはどうかな?」

 今までは、此処へ来た少女と俺たちは殆ど関わりなく、部屋に引きこもる彼女等を、吸血の際に引きずり出す形になってしまっていた。それでは俺たちのことを信用してくれる訳なんてないし、真面な関係を築くこともできない。

 だからこそ彼女には少し、ほんの少しだけ、期待をしたい。

 彼女は__、アナリー・メルテは、俺たちを恐れて離れていくことをしない、と。

「ユーリス。貴方が言うのなら、俺は賛同するよ。疑う理由なんて、一つもない。」

 ハーゲッデが、曇りのない瞳で言い切る。その言葉に「出たよ、ユーリス狂」と、エリエがからかった。

 B班リーダーのハーゲッデ・リゼは、髪先が縦ロールになっているライトブラウンのセミロングと、チョコレートブラウンのアーモンドアイを持つ、気高く自分勝手な吸血鬼だ。なぜか俺に相当心酔しているらしく、気を抜くと後ろにいつもいる。だが、彼の持つ能力は一級品で、自分の力の強さも、コントロールの仕方も完璧に理解しているため、頼りになる男なのは事実だ。

「キラもいいと思うヨ!アナリー、いい子ダシ!」

 E班リーダーのキリア・トビニッツも、勢いよく片手を挙げて賛成する。満面の笑みに影はなく、清々しい。

 しかし、口角を上げたまま目を向けられると、背筋が凍る。スイレイの冷えた笑みとはまた違う、一線を越えてしまったような笑い方が、ときに俺を怯えさせる。

 黒のヘアピンで留めた、赤から白へグラデーションが掛かったような髪と、底が見えない血溜まりを連想させるようなカーマインの虹彩。よく、俺とキリアは似ていると言われることがあるが、似ているのは上っ面の印象や見た目だけで、実際はかなり異なっていると、俺は思っている。

 常に楽しそうな顔をし、自分のことを「キラ」と呼んでいる彼だが、吸血鬼の中では一番機転が利く。状況を見て素早く判断が出来る冷静さを持ち、大きな仕事を任せても安心できる一人だ。

「……まーでも、オレの脅しにも平然としてたし、案外いけるかもな。オレも、一回信じてみたい。」

「ええ。俺も、彼女の動向に興味があります。」

 エリエとスイレイも、肯定的なようだ。ノリスも、笑顔を浮かべながら両腕でマルを作っている。

 ……アナリーを信じてもいいと、皆が思ってくれている。

「じゃあ、これからはもっと、俺たちが彼女と関わる機会を……。」


「……少し、待て。」

「ちょっと待ってよ。」

 地を這うような低い声と、控えめに鳴る柔い声が重なった。だらりと落ちたディロップの長い黒髪が彼の表情を隠し、髪先だけが黒いサムスのベイビーピンクの髪が力なく揺れた。

「……私は、今まで通り、距離を置くべきだと思う。」

「ぼくは、ファロウとは少し異なるけど、暫く様子を見る形にした方が……。」

 サムスはともかく、ディロップからの予想外の反応に、俺は固まる。

「ど、して……。」

 二人に問いかける。サムスとディロップは目配せをした後、サムスがそっと片手を挙げて、躊躇いがちに口を開いた。

「い、今まで、ずっと怖がられてきたんだから、マチレ村で、噂が撒かれてるはずだよ。……実際に、聞いたことだってあるでしょう?ここに来る……前にも、嫌と言うほど脅されて、メルテさん本人だって怖かったはずなんだ。」

 必要以上に恐縮して、常に何かに怯えているような目をするサムスは、集落『スファラ』にとっての医者のような人物であり、いなくてはならない存在だ。だからこそ、他人の心情の動きには人一倍敏感になっている。

「……人の恐怖は、簡単に取り払えるものじゃない。ぼくらの前で、わざと気丈に振る舞っているだけかもしれない。……ビディが、泣き落としでも使っていたら、余計に。」

 鋭いサムスの言葉に、肩が跳ねる。……確かに、泣いた。あれを泣き落としというかはさておき、多少の影響が及んでいたのは嘘ではない筈だ。

「いきなり近づくのは、彼女が可哀想だ。」

 サムスは、そう言うと唇を噛んだ。彼のカナリヤイエローの虹彩に宿る光が、不安定に点滅する。

 今度は、ディロップが立ち上がった。ゆらりと体を動かしたせいで、隣に座っていたサムスがびくりと肩を震わせた。

「……私は、少し意見が離れているが、アナリーと吸血鬼を離した方がいいという考えは一致している。……もしも、私達を受け入れたのが本当なのだとしたら、彼女には警戒心がなさすぎる。」

 人間に信じてもらえないと、悔しさで床を叩いていた彼を知っているから、俺にはディロップの心情が少しわかる。きっと、彼女が笑ったという話をした時の驚きは、歓喜が強かったんだろう。

 でも、それを素直に受け取れないほどに長い間、俺たちは怖がられ続けている。

「……此処は、血を原動力とする化け物の地だ。……全てにおいて、警戒しておいた方がいいと思う。……彼女の命を奪ってしまう可能性を、少しでも減らすためにも、アナリーを、私達から引き離さねばならん。」

 俺は、何も言えなくなった。賛成派だった吸血鬼も、何かをいう気を失い、口を閉じる。

 俺たちが彼女を殺す可能性は、十分にある。それも、俺たちが本気で『覚醒』してしまえば、更にハイリスクになる。その事実を、俺はまだ彼女に伝えていない。

 アナリーに知られて、離れていかれるのが怖かった。……それは、紛れもなく俺の身勝手、俺の我儘、俺の弱さだ。子供のような意地を張り、千年を超える時を生きても変われていない、俺の。

 ディロップやサムスの懸念も、他の吸血鬼が見たい希望も、俺には痛いほど分かる。分かるからこそ、どうすればいいのかが分からなくなって、こうして会議を開いたんだ。

「……なんか、矛盾してるネ。引き離すって言ったって、結局は吸血時に呼びつけるんデショ?だったら、フツーに会話して、ちゃんと意思疎通が出来るって分かってもらった方ガ、スムーズだと思うんだけどナ。」

 沈黙を破ったのは、キリアだった。明るいトーンのアニメ声が、暗い部屋の中で言った。

「どうなるかナンて知らないヨ。全て見通せたら、キラの班に居る“アイツ”はどうにかできた?できてないヨネ。アイツはアイツ本人すら、制御の仕方が分かってないんだカラ。それと一緒。」

 “アイツ”。俺たちの脳裏に、五百年以上引きこもっている『もう一人のレイネルではない白マント』の姿が浮かぶ。沈黙が下りる中、彼はそれに味を占めたように、更に声を張った。

「……何か起こった後じゃ遅いかもダケド、瞬間の予測が大事なんだヨ。どうしても無理なら、諦めればイイ。でも、望みがチョットでもあるナラ、キラは嘱望したい。」

 ディロップとサムスが、再度目を合わせる。それから、降参するというように、ディロップが片手を挙げた。

「……やって、みるか?」

「何か問題が起こったら、すぐにD班に運び込んできて下さい。絶対に。」

 サムスも、渋々ながらも了承してくれた。

 俺は、二人に向かっていった。

「……ありがとう。ディロップ、サムス。」

 二人は、困ったように笑いながら、頷いた。


「……ユーリス。」

 スイレイが、気づかぬうちに俺の背後に立っていたらしい。振り返る間もなく、肩に手を置かれた。

「言わないんですね?“あのこと”は。」

 彼の声色が、冷えているのが分かる。自分の視界に被さる彼の陰に、一筋の冷や汗が落ちる。

「そう、だよ。極限まで、隠し通すよ。」

 スイレイが、そっと手を離した。

「なるほど?……やはり貴方は、暴走屋です。」

 いつの間にか、他の班の吸血鬼が帰ってしまっていたA班の部屋で、エリエとディロップの姿も見えない二人きりの中、スイレイが綺麗な笑みを湛えて、シアンの髪を揺らした。

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