冷たい砂漠
乾いた空気に、目を覚ます。
……目を覚ます?私、寝てたの?私が?
焦って体を起こすと、広がったのは砂の土地だった。真っ暗な夜の空と、痛いくらいに刺す星の光と、地平を覆う白い砂の香り。それが、私に入ってくる情報だった。
どうやら、暫くの間、気を失っていたらしい。気絶をしたのは、人生で初めてだ。
砂に埋もれて、探すのに手間取った懐中時計を見ると、さほど時間は経っていなかった。
……鏡を通っても、死ぬことはないようだ。
改めて、ゆっくりと辺りを見回してみる。細やかな黒の粒に目が慣れると、より広く、視界に捉えることが出来るようになった。
まるで、果てのない世界に思えた。
「……ああ、今年は随分と早いですね。」
背後から、ふいに、一人の男の声が降ってきた。
冷ややかでいて温かく、愛しいようで怖いようなその声はまるで、私という存在を
声の方を振り返ると、星影に溶けてしまいそうな痩躯の男が、一人、砂の上で安定的に立っていた。
外にはねたスノーホワイトの髪。目は曲線を描くほど笑っていて、柔和な雰囲気が窺える。髪と同じ色のベストに、皴一つない真っ白な長ズボン。肩には、銀糸で幾何学模様が描かれた白い立て襟マントを掛けている。マントは、
「貴女のお名前を伺っても宜しいですか?」
至極丁寧な所作。目の前の男に、私は少し仰け反った。けれど、此処で逃げたって、身軽な男の走力に敵う訳がない。そもそも、逃げようと思って、ここにきていない。
此処は鏡の奥、化け物の世界で、こいつは恐らく吸血鬼だ。
「……私は、アナリー。アナリー・メルテよ。」
私の声に、男はふむ、と頷いて、腰に括り付けていた革のポシェットから、深緑の古びた手帳を取り出した。
そして、ぺらぺらと捲りながら、目で手帳を追っている。
彼の瞳は、コバルトブルーとスレートグレーのオッドアイだった。両目とも、宝石のように澄んでいて、周りが夜空で暗い分、更に輝いて見えた。
「確認いたしました。今年の
……
と、突っ込むのはやめておく。
男は手帳を仕舞うと、自分の胸元に手を当て、目の前の小娘に恭しく頭を下げた。
「先ず、私の自己紹介をさせてください。私はレイネル・ハルマ。本日はアナリーさん、貴方の案内役を務めさせて頂きます。どうぞ、宜しくお願い致しますね。」
フッと微笑み、レイネル・ハルマと名乗った男は、私へ、白いグローブに包まれた手を差し出す。
私は、その手を取らなかった。
「……それでは、行きましょうか。」
ハルマさんは、闇に映える白いマントを風に靡かせ、私の真意を探るように見つめてきた。
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