彼女の正体
三鹿ショート
彼女の正体
眼前で笑みを浮かべている人間は、確かに私の恋人と同じ顔をしていた。
だが、私の前に姿を現すことなど、有り得ることではない。
何故なら、私は己の恋人を山奥に埋めていたからだ。
***
私が恋人を手にかけた理由は、他者の所有物と化すことに耐えることができなかったからである。
これまで私は多くの女性と交際をしてきたが、いずれも他の男性に奪われてしまっていたゆえに、そのような恐れを抱くようになってしまったのだ。
だからこそ、私に対して愛情を示してくれているうちに、相手を永遠の恋人とするために、私は恋人を殺め、その身体を山奥に埋めたのである。
私の望みを叶えることは出来たのだが、恋人との時間を過ごすことができないということは、私にとって辛いものだった。
ゆえに、埋めた場所を訪れ、動くことがなくなった恋人と身体を重ねることで、同じ時間を過ごすことができないことに対する不満を解消していた。
行方不明という扱いをしたために、何度か事情を訊ねられることもあったのだが、それも時間が経過すれば、誰もが私の恋人の存在を忘れるようになっていた。
そんな中で、彼女は私の前に姿を現した。
彼女が自身の恋人ではないということを私は確信しているが、その理由を明かしてしまうと私の罪もまた明らかになってしまうために、私の恋人を演じている彼女を受け入れるしかなかった。
一体、彼女は何者なのだろうか。
どのような理由で、私に近付いてきたのだろうか。
しかし、それを問うことはできなかった。
***
不気味なことに、私の恋人が生きていた頃と同じような言動を、彼女は繰り返していた。
他者であることは間違いないのだが、どれほど研究すれば私の恋人と同じような言動を繰り返すことが可能であるのか、私にはその労力が分からなかった。
それほどまでに、彼女は自分を捨て、私の恋人を演じてまで、私の隣に立ち続けたいということなのだろうか。
そのことが事実ならば、それほどまでの愛情を示されたことがないために、私は素直に嬉しかった。
だからこそ、私はかつての恋人に対して行っていたことと同じような行為に及ぶようになった。
何時しか、山奥へと向かうことはなくなっていた。
***
やがて、彼女は新たな生命をその身に宿した。
もしも彼女が己の顔面に手を加え、私のかつての恋人と同じ顔と化していたのならば、成長した我が子を見ることで彼女の正体も分かることだろう。
だが、誕生した子どもは、普通では無かった。
私には、それ以上の表現をすることができなかった。
しかし、彼女はその子どもを可愛がっていた。
愛する人間との間に誕生した子どもであることが、よほど嬉しいのだろう。
だが、私は子どもに愛情を注ぐことができなかったのである。
薄情な人間だと後ろ指をさされたとしても文句を言うことはできないが、そのような私に構うことなく、彼女は子どもを愛し続けた。
その姿勢は立派だが、私は近付くことができなかった。
***
彼女やその子どもから距離を置くようになったためか、私は彼女の正体について考えるようになった。
これまでに関わってきた女性たちの姿を思い浮かべるが、自分という存在を消してまで私を愛してくれるような人間に心当たりは無かった。
しかし、それは他者に限った話である。
他者ではなく、身内に目を向けると、即座に思い浮かぶ人間が存在している。
まさかとは考えながらも、私は然るべき機関に依頼し、彼女の情報を調査してもらうことにした。
その結果は、私の推測通りだった。
だが、それは最も当たるべきではない結果だった。
***
私が他の女性を求めるようになった理由は、彼女である。
彼女は身内であるにも関わらず、私を誘惑し、関係を持とうとしていた。
何故そのような行動に及ぶようになったのかは不明だが、私が求めれば彼女は抵抗することなく受け入れることは間違いなかったのだ。
だからこそ、私が他の女性と交際していることを示す必要があった。
しかし、多くの女性と交際し、別れを告げられていくうちに、私は自分に自信が無くなっていった。
ゆえに、愛情を永遠のものと化すために、恋人を山奥に埋めるという行為に走ったのである。
だが、わざわざ危険を冒さずとも、私の近くには無条件で私を愛してくれる人間が存在していた。
周囲の目や声を気にすることなく、ただ互いを愛することで幸福と化すことは分かっていたのだが、私は一線を越えることができなかったのだ。
しかし、私は何時の間にか、一線を越えていた。
それならば、彼女に溺れるべきなのだろうが、誕生した子どもを見たことで、どれほど間違った行為に及んでいたのかを知ってしまったのである。
私は犯した罪の重さに耐えることができず、山奥に埋めた恋人の隣で、自身の生命活動が終焉を迎えるまで眠り続けることにした。
彼女の正体 三鹿ショート @mijikashort
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