第7話 レイ・シンガー

 わたしとジーンはロンダンを後にして次の街を目指す。

 もう大丈夫。

 彼と一緒だから。恋人になれたから。

 わたしの気持ちは最初から知っていたのだろうけど。

 それも含めてわたしを好きでいてくれた。

 たまらなく嬉しい。

 彼も同じ気持ちだった。

 だから、わたしとジーンは次の街に行く。

 水上都市・オリハルコン。

 貴重な鉱石がとれることでも有名だ。

 スキアの情報が入ってから、二日。

 フェリーにのせた車が船着き場から発進する。

 わたしもう負けない。

 これからもわたしは英雄であり続ける。

 頑なになっているわたしを見つめるジーン。

「リア。少し話をしようか?」

「え?」

 車を止めて、わたしに目線を投げかけてくるジーン。

「俺はお前が好きだ。だから、そんな険しい顔をしないでくれ」

「……でも」

 自分でも険しい顔をしていたのかもしれない。でもそうでないとスキアを討伐できないから。

「いいんだ。俺も歌う。リアも歌え」

「え。それって……」

「きたぞ!」

 スキアが二人。

 わたしたちを見て襲いかかってくる。

 とっさに見を縮める。

 歌声が聞こえてくる。

 ジーンだ。

 ジーンの歌声がスキアの行動を鈍らせる。

 わたし、まだ怖いみたい。

 身体が震えている。

 ジーンはテノールボイスでしっかりとした歌声でリズムを刻んでいる。

 久々に聞いた。

 彼の歌声を。

 まるで地の底からこみ上げてくるかのような力強い歌声。

 そっか。

 わたしが歌うようになってから聞かなくなったんだ。

 スキアから救うために、彼は自分の力を使わずに、わたしへのサポートに徹していた。

 まるでわたしを英雄に仕向けるように。

 わたしが楽に生きられるように。

 でも今は違う。

 彼だってレイ・シンガーだ。

 わたしと同じ。どこも変わらない。

 だからわたしも歌う。

 彼と同じように歌う。

 力強いテノールと心地良いソプラノボイスが交じり合い、スキアを止める。

 音響機材も調子良く音を奏でる。

 歌える。

 歌う。

 それだけでいい。

 各国に配り歩いていた通信機を通じて、わたしたちの歌声が届く。

 各地にいるレイ・シンガーも一緒に歌いだす。

 世界にいる二十六名のレイ・シンガーが一斉に歌い出す。

 みんなの力が世界を変えていく。

 醜く、負の感情で埋め尽くされたこの世界に、光りをもたらす。それは同じ人に対する慈しみ。優しさ。

 まさに希望の光だった。

 みんなに届けばいいと思った。

 そして日だまりのような笑顔が増えればいいと思う。

 今日で最後にする。

 世界各地で現れたスキアは人の悪から生まれ出る。

 ネットで、リアルで、悪意ある言葉をぶつけていた人がいる。

 彼らは国際条約で規制されるだろう。

 世界は一歩前に進む。

 悪口、陰口。

 私刑、正義感を持っている加害者。

 それらが浄化されていく――。

 間違っていたのだ。

 当事者同士で行われていた議論がいつの間にか他人によって攻撃される。

 正義感ぶっている奴が実は他人を傷つけている。

 それだけじゃない。

 悪口をいうことで気分を解消している人も間違っていたのだ。

 彼らが心の陰を呼び、スキアを生み出す。

 わたしは彼らにわかり合う努力をして欲しいと思う。

 その先に未来があるのだから。

 誰も、理解していなければ助け合うことも、世界を光りで照らすこともできないのだと思う。

 だからわたしは歌う。

 ジーンと一緒に。

 みんなと一緒に。

 歌い続ける。

 間違った世の中を正すのは人だ。

 同じ人間だ。

 これも結局はエゴなのかもしれない。

 間違った道なのかもしれない。

 でも、何もしなかったら、何も変わらないから。

 わたしはわたしの望んだ道を選ぶ。

 それが人殺しになるかもしれないと思っても。スキアを殺すことだと分かっていても。

 それでも、わたしはわたしでいるために歌う。

 Bメロが終わり、さびを歌いだす。

 ジーンもこちらに笑顔を向けている。

 脱落者と敗者の上にたつ、成功者えいゆうはいつだって輝いていないといけない。

 自分にできる最大限の善意を持って人を導かなくちゃいけない。


 でも本当の本当は、わたしが歌いたくて。彼が歌わせてくれる。

 これが本当のレイ・シンガーなのかもしれない。

 光りを束ねて歌う者の言葉。

 それが光の歌手レイ・シンガー

 いつまでも、どこまでも、歌が好きで、歌うのが好きで。

 だからいつか、この歌が世界中に届くと信じて。

 みんなを幸せにする光。歌。夢。


 もっとみんなに届いて欲しい。

 心の底から平和を望んでほしい。

 他人を蹴落とすのではなく、自分のできることを知って欲しい。

 わたしの想いをのせた歌が今、世界を響かせている。光で包み込んでいる。

「リアッ!!」

 ジーンが何やら叫ぶ。

 すると目の前のスキアが浄化されていく。

 母体となった女性の影を浮き彫りにさせていく。

 女性はふらっと道に倒れる。

 何? 何が起きたの?

 歌い続ける。

 歌をやめたジーンが駆け寄る。

「生きている。生きているぞ! リア!」

 嬉しい。

 わたしの歌が本当の意味で人を救ったんだ。

「同調率90パーセント!?」

 ジーンは目を丸くし、わたしとハイタッチをかわす。

 後で知ったが、各地にいたスキアも母体である人に戻っていった。

 何が起きたのか、分からなかったけど、わたしは本当の意味でレイ・シンガーになれたと思う。

 世界を救えたのだと思う。


 世界はこの日をさかいにスキアを生み出すことはなくなった。

 みんな歌で救われたのだ。

 レイ・シンガーと呼ばれたのもひととき。

 もう失われた過去の遺物。


 わたし? わたしはジーンと一緒に世界各地で歌い続けている。

 だって歌うのが好きだから。

 夫と一緒に歌い続ける。

 これからも。

 旅をして。

 子と一緒に。

 もう寂しい思いなんてさせない。


 だって、それがわたしの夢なんだから――。



                            ~Fin~

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歌で世界を変えられるなら、わたしは彼といちゃつく。もう一度恋をしたい。 夕日ゆうや @PT03wing

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