第33話 エンドロール
人類革新歴二年。
クリスティーナ=エアハートが王女となりちょうど二年。
俺は調査依頼や護衛を担っていた。
だが、護衛任務で片腕を失い、これ以上守れないと判断した俺は田舎へ引っ越し、薪割りと農業を営んでいた。
春から秋にかけて農業をやり、冬場には練炭を作る。
そんな日々が続いていた。
「フィルさん。こっちも手伝えますか?」
「ああ。いいぞ」
ナカムラのもとへ駆け寄る。
「ここの隙間を埋めたいのですが、何かいい方法ありますかね?」
「それなら、このボンドと木材を挟むか?」
「なるほど。この隙間、危険ですからできることをしたいのです」
「分かった。明日には用意する」
「お忙しいところすみません」
「いいんだよ。ナカムラはよくやっているからな」
俺は苦笑交じりにナカムラの背をバシバシと叩く。
「痛いですって。もう」
「はは。わりぃ」
明るい声で応じると、俺は自宅に向かう。
とその途中、イミルが話しかけてくる。
「アーサーさん。うちによっていかない?」
「え。いや……」
「いいじゃない。誰に怒られるわけでもないでしょ?」
「そう。だな……」
俺の初恋は終わった。
きっと王都で必死に生きているのだろう。
俺はこっちで生きている。
それだけでいいんだ。
俺は変われなかったのだ。
結局憎んでいたのだ。
だからこうして田舎に越してきた。
「分かった」
イミルの提案にのり、俺は彼女の家に行くことにした。
そこで焼きたてのアップルパイが机に並ぶ。
「ふふ。美味しいですよ~」
イミルは金糸のような長い金髪を揺らし、金色の瞳を寄せてくる。
顔に触れそうになる距離で、愛らしく笑うのだった。
「いや、俺は……」
「いいんですよ。アーサーさんの気持ちが向くまで我慢します♪」
「ありがとう。イミル」
俺は彼女の気持ちには応えていない。
それでも慕ってくれるのはありがたい。
どのみちこの田舎で俺を助けてくれる存在は嬉しい。
アップルパイに口をつけると、イミルは嬉しそうに目を細める。
「どうですか? アーサーさん」
「ん。おいしいぞ」
じわりと広がるリンゴの甘み。パイのサクサク生地。
おいしい。
「これ試作なんです。来週から冬の商品を用意したくって!」
「そうか。いいじゃないか?」
リンゴは冬場でも果実を身につけるし、そもそもリンゴジャムを使う手もある。
手間はかかるかもしれないが、これだけ美味しいなら少しくらい割高でも売れるだろう。
「それと、リンゴのケーキを試作中です。こちらも食べてみてください」
厨房から届く甘いリンゴの香り。
机にのせられたのは生クリームをふんだんに使用したホールケーキだった。
「今、切り分けますね」
「おう」
ぶっきら棒に言い返したのに、変わらず笑みを浮かべてくれるイミル。
それがどれほどありがたいのか、彼女自身分かっていないのだろうな。
俺は苦笑を浮かべて、切り分けるのを待つ。
「ふふ。アーサーさんたら子どもみたい♡」
「え。ああ。手伝うよ」
「そういう意味ではありませんよ?」
「そうか……」
じゃあ、何が正解だったというのだろうか。
分からない。
女性って何を考えているのか俺には理解できない。
困り果てていると、切り分けられたケーキが目の前に置かれる。
同時にイミルのたわわな胸も揺れる。
おう。垂涎ものだな。
なんてバカな発想はよせ。
自分に言い聞かせると、目を
「いただきます」
ケーキにフォークで小さく分けて食べる。
生地にも、挟んであるところにもリンゴが潜んでいた。
「ん。おいしい。だが、リンゴ感が薄いな。もう少し量を増やせないか?」
「けっこういれたんですよ」
「そうだな。生クリームに混ぜる、とか?」
あまりお菓子には詳しくないが、俺は提案してみる。
「それありかもです。明日試してみます」
イミルとのやりとりを終えると、自宅に戻っていく。
「おう。アーサー。こっちこい」
「なんですか?」
「ここらを荒らしていたバフングマを捕ってきたのだが、肉持っていくかい?」
「いいですか?」
ハンターであるハントは苦笑を浮かべる。
「いつもお世話になっている礼だよ。持っていきな」
「ありがとうございます」
今夜は焼肉かな。
冷え込む風を受けて身体が震える。
「寒くなってきたな。身体に気をつけろ」
ハントも寒そうに身体を震わせる。
「また力を借りるぜ」
「いつでも。
「ありがてぇ」
しみじみと言うハントに笑みを返す俺。
少しは砕けた感じになってきた。
そう思うのだが、クリスみたいにはいかないな。
愛嬌というものが欠けているのかもしれない。
熊肉を分けてもらうと、俺は今度こそ自宅にたどりつく。
カンカンと街に鳴り響く鐘の音。
これは緊急の集合を呼びかける鐘の音だ。
俺は熊肉を置くと、慌てて剣を手にして広場へと向かう。
「ハントなにがあった?」
見慣れた顔を見つめて、訊ねる。
「そ、それが――」
「王女さま、ここは大変危険ですぞ?」
「大丈夫。わたしの知っている人々だから」
そう言って幌馬車から降りてくる女性が一人。
青と白を基調とした修道服。
蒼い美麗なロングヘアーに、同じく蒼く吸い込まれるような瞳。
俺が見間違えるはずもない。
「クリスティーナ=エアハート……」
「なんで王女様がこんなところに!?」
イミルの驚いたような声音が広場に広がる。
「すみません。こちらにフィル=アーサーはいらっしゃいますか?」
明るくにこやかに訊ねるクリス。
「こっちにいます」
長老が俺を指し示す。
俺を見るとパアアアと表情を緩めるクリス。
「会いたかった! フィル!」
駆け寄ってくる姿は二年前と何一つ変わらない。
「どうしたんだ? クリス……王女さま」
「そう言わないで」
困ったように眉根を寄せるクリス。
「街一番の勇者。フィル=アーサーに命じます」
眉根をきりりと上げると、クリスは姿勢を正す。
「はっ!」
俺は思わず敬礼をする。
「あなたにはこのクリスティーナ=エアハートの婚姻を許可します!」
「……え?」
俺は何かの聞き間違いかと思い、気の抜けた返事を返す。
「だ か ら! 婚姻しましょう?」
「いやいや待ってください。それはおかしいですよね?」
隣から割ってはいるイミル。
「あなたは? 側室なら問題ありませんよ?」
「はい。さすがエアハート王女。自分も参加させて頂きます♡」
「ええ……」
手のひら返しもここまでいけば、いっそすがすがしいのかもしれない。
「さ。フィル。生きましょう」
俺は伸ばされた手を見やり、そこにできたタコを見やる。
こんなにも苦労をさせておいて、自分だけ逃げるのか?
「分かった。分かったよ……」
俺はその手をとり、クリスと一緒に王都に向かう。
これも何かの縁だったのかもしれない。
こんな日が来ると分かっていたのなら、熊肉は受け取らなかったのに。
後悔している訳じゃない。
ただ、俺はクリスに背負わせた責任から逃れようとしていたのかもしれない。
俺には無理と勝手に決めつけていたのかもしれない。
そんなことすら見通していたのがクリスだったのかもしれない。
彼女にとって俺は取るに足りぬ存在だと思っていた。
戦乱が続く世の中。
今も昔も乗り越えてきたのは愛の力だった。
俺が求めていたのはそんな愛に溢れた世界なのかもしれない。
幌馬車に乗り、御者が馬を走らせる。
王都まで三日はかかるだろう。
その間に浮世離れしていた俺に何かと教えてくれるクリス。
そしてついてきたイミル。
これから何が待ち受けているのか、俺には分からない。
でもきっとどうにでもなると思う。
世界は、未来は決めつけてはいけない。
可能性で満ちあふれているのだから。
これからも愛を伝えていく。広めていく。
その時まで、しばし待たれよ。
~完~
街一番の勇者 ~憎み憎まれ、それでも命は輝いている~ 夕日ゆうや @PT03wing
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