第32話 王の資質

 王室の角、四隅の一番高いところで、俺はローランド王の攻撃を受けた。

 ――マナ解放。

 細胞から吹き出すマナの源流。

 マナそのものが俺の身体を包み込む。

「はん。クリエターか! しかし!」

 ローランド王が一瞬怯んだ。

 その隙に俺は魔弾を撃ち放つ。

 だが、ローランド王はそれを弾き返す。

「くははは。貴様ごとき、羽虫にすぎん!」

「やはり、王の器ではないな!」

 俺は見下すようにあおると、ローランド王は眉間にしわを寄せる。

「貴様に何が分かる!」

「分かるさ。人を人としてみていないお前には負けない!」

「民草など、労働力でしかない。あいつらは支配されることにすら喜びを感じている」

 なんだ。その言い分は。

 まるで人を人と思っていないような……そんな言い草ではないか。

 それを許すことなんてできない。

「違う! お前は何も見えていない。彼らは生きている。ただの労働力じゃない!」

「は。宗教税を間違いなく払うアレがか?」

「反乱することを恐れて兵士を増やしたクセに!」

 今更何を言う。

 武力で制圧してきた人間が。

 そうか。グレンが言っていたのはこういうことなんだな。

 理解すると、俺はローランド王に向けて魔弾を放つ。

「そんなの効かぬわ!」

 弾を弾き返すローランド王。

「マジモンの化け物じゃないか」

「それはこちらのセリフだ。赤鬼化しおって!」

 火球が襲いかかるが、遅い。

 回避して、距離を詰める。

 俺の剣を回収せねば。

 ローランド王を討つ、そんな素振りを見せてから、地面に突き刺さった剣を引き抜く。

「それが狙いか!」

 無防備になった背中に俊足を超える風の刃が突き刺さる。

 血を流し、俺は地面に身体を打ち付ける。

 身体のあちこちが痛み、まともに立ち上がることさえできない。

回復ヒール!!」

 クリスが前に出て、俺の傷を癒やす。

「こざかしい、小童どもが!」

 ローランド王は火球を放ち、俺ごとクリスを葬りにかかる。

 回復した俺は反転。

 火球に真っ向勝負する。

 剣でいなすと、そのままの勢いでローランド王に刃向かう。

「人は所詮、自分のことしか考えない。ならば、世界を制する俺様が導いてやろう」

「ともに歩むつもりはないのか!?」

「ともに歩む? ははは。笑わせてくれる。彼らは大馬鹿ものだ。そんな奴らは何も聞いちゃいないさ!」

 火球が生み出され、辺り一面を穿つ。

 粉塵が舞い上がり、暴風が荒れ狂い、熱波が包み込む。

 肩で息をするローランド王。

「これで羽虫は終わったな」

「いいや、まだだ!」

 俺は黒煙の中から飛び出し、ローランド王の首を狙い剣を突き立てる。

 マナが覆う身体を切りおとすことはできないのか、刃が止まる。

 だが、俺は刃先にまでマナを通す。

「いっけ――――――――っ!」

「いけ! フィル!」

「いけ、行くんじゃ!」

「うぉぉおおおおおおおお!」

 剣先に力を込めて一気に攻め入る。

「おおっ!」

 ローランド王がうめく。

 心のかけらがじんわりと光りを宿す。


 ――お前ならできるさ


 ――僕たちの夢なんですから


 ――わしは間違えたけどお主なら


 聞こえてくる失った者たちの声。

 それらが俺を導いてくれる。

 死を迎え入れてこそ、戦士として正しい姿があるのだ。

 俺は彼らを慕い尊敬していた。

 だからか。

 聞こえてくるのは。

 俺は真っ直ぐにローランド王に向かって飛翔する。

 剣を構え、ローランド王の喉元に向かう。


 血を吹きだした。

 首元に当てられた剣はその皮膚を突き破っていた。

「終わりだ。ローランド王」

 俺はそう告げると、もうローランドではなくなった肉塊を見やる。

「終わったな……」

 最後はいつでも呆気ないものだ。

「フィル!!」

 勇んで足を運ぶのはクリス。

「もう、フィルのバカ!」

「ああ。すまん」

 ようやく紡いだ言葉で応じる俺。

 やはり女子は苦手だ。

 その丸く柔らかな身体を押しつけるようにして抱きしめてくるクリス。

 これはよくない気持ちになる。

「よせ。クリス」

「でもでも!」

 可愛らしく泣きじゃくるクリス。

「バカバカ! 一人で何かっこつけているのですか」

「いや、まあ。でもあの強さじゃ……」

「そんなの分かっています。だからこそ、心配したのです!」

 嗚咽を漏らしながら、俺の胸の中に収まるクリス。

 この気持ち、なんだろう。

 暖かく、優しい気持ち。

 だからクリスに任せられると思った。

 俺は街一番の剣士だから。

 だから、彼女を守る騎士団になる。

 それくらいしかこの汚れた力を使えない気がする。

 それでもいい。

 俺はクリスを守る。

 そう誓ったのだ。

 だから。

「だから、お前は死ぬな。俺が死んでも、だ」

「どういう意味ですか?」

 分かりかねると言った様子のクリス。

「俺はお前を最後まで守る。命に代えてでも」

「そんなの、わたしは認めません。生きてください」

「ふ。それでいい。俺はもう落ちぶれた剣士だ。今更だ」

「……分かりました。でも無理はなさらないでくださいね」

「ああ。分かっているとも」

 こくりと力強く頷く。

「それならいいです」

 クリスはくしゃくしゃになった笑みを浮かべる。

「さ。行くぞ」

「え?」

 俺はクリスの手をとり、歩き始める。

 それは幕引きの時間。

 終わりの鐘が鳴り響く頃合い。

 王城の三階から俺とクリスは下を見下ろす。

 そこには数百の観客がいた。

「これより、新しい王女の誕生を祝す!」

 俺が張り上げた声で叫ぶと、観客は騒ぎ出す。

「宗教税は廃止。国民にはゆとりある生活を送ってもらう!」

 負けじと声を張り上げる。

 あとはクリスの言葉だ。

 クリスは前に立ち、緊張した面持ちで話し始める。

 この旅の前後を。

 生い立ちを。

 そして目的を。

 つらつらと言い出す言葉には説得力があった。

 魔法を使い人々に圧政を強いた王はもういなくなった。

 それで観客は歓喜に震えていた。

 それもこれもクリスのお陰だ。

 濁った眼で見ていた世界が、明るく光り輝くものになったのは間違いなくクリスのお陰だ。

 落ちぶれたときもあった。

 憎んだときもあった。

 でも俺は今ここにいる。

 すべての悪を背負いこみ、間違いと知って、それでも俺はクリスの支えとして生きる。

 こんなに恵まれたことがあるだろうか。

 いやない。

 恵まれた俺にはこの国を守ることすらも難しいかもしれない。

 でも何もしないよりもマシだ。

 俺はあとどれくらい戦えるのだろうか。

 街一番の剣士。

 その泊だけでは負けてしまいそうだ。

 苦笑を浮かべると、クリスと一瞬目が合う。

 その顔は穏やかで優しい。

 民草にとっても彼女の方がふさわしいと知る時があるだろう。

 クリスは最後の締めを終えると、高台から降りる。

「さ。これからが大変だぞ。クリス」

「分かっています。さっそく執務室で書類の作成をします」

「ああ。頼む」

 俺の立てた計画に物言うこともなく、ただ仕事と割り切って当たるクリス。

 あまりにも素直で、そして優しいこの子を守れるだろうか?

 俺は不安と忸怩たる思いで胸が押し潰れそうになる。

「それから、クレアさんの家を模索したいのですが……」

「なぜ? クレアさんはもう……」

 あのお婆ちゃんはもう土の下だ。

 クレアさんの家を荒らすのは心地良くない。

「ふふ。あなたにはココロを護衛にします。行ってくれますよね?」

「まさか、勅命か?」

「はい。王女であるわたしの命令です。しっかりこなしてくださいね」

「あー。分かった。分かったよ」

「目的はあくまでも魔術の解析です。それ以外の資料はそのままにしてください」

「……なるほど。クリスは魔術でこの国を持ち直そうとしているのだな」

「はい。その通りです♪」

 ウインクをし、唇に指を当てて可愛らしく微笑むクリス。

 そんな顔をしなくても俺は行けと言われれば行くのに。

「で。ココロとは誰だ?」

「はい。書類によると魔法師ですね。明日には一緒に旅立ってもらいます」

「そうか」

 女の子は苦手だというのに、なぜそうまでして俺に女の子をあてがうのか。

 まあ、いってやるさ。

 クリスとも一緒にいけたのだ。

 俺だってクリスの役に立ちたい。

 それを聞き届けてくれたのだ。

 俺はなんて恵まれているのだろう。

「じゃあ、俺はさっそく準備するかな」

「それもいいですね」

 クリスは柔和な笑みを浮かべて、書類を手渡してくる。

「お金はあまりありません」

「ま、そうなるよな……」

 ローランド王の財産はほとんどギャンブルに使われていた。

 貸金まで手を伸ばしていたらしい。

 王が替わったことで出費はかなり抑えられるが、その成果が上がるのは少し後になるだろう。


 翌日。

 俺は噴水広場に降りていく。

 そこには銀髪ショートヘアの女の子が一人。

「あたし、ココロ=ピースアリです。よろしくお願いします!」

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