第31話 王との対峙

 俺とクリス、それに街の人々を連れて王都にたどりつく。

 城下町のローラランドは綺麗な赤煉瓦の町並みが広がっている。

 マナの滞留が虹を生み出し、綺麗なアーチのように見える。

 クリスが蒼い髪をなびかせて前を行く。

 俺の勘が正しければ、クリスは間違いなく、今回の戦いに不安を覚えている。

 もっと言えば否定的だと思う。

 これからやろうとしていることはローランド王の討伐。

 そして国のトップをクリスが務める。

 それで世界は変わる。

 圧政を、悪政をしいてきたローランド王を、討伐できれば世界が変わる。

 そのはずだ。

 そうでなければ後は地を這いつくばって生きるしかなくなる。

 そんなのは誰も望んじゃいない。

 俺はまだ生きている。

 ということは死んだ者たちの思いを背負わなくちゃいけない、ということだ。

 そうでなくてはあまりにも報われない。

 街一番の勇者だった俺は、ここまでくるのに三ヶ月かかった。

 応えはクリスの中にある。

 人々を思いやり、理解してやれる強い心を持った彼女ならこの世界をより良い方向へと導いてくれるだろう。

 それに彼女は決断力もある。

 きっと変わる。

 変えてみせる。

 政治を正したあと、俺はどうするべきなのかは分からないが。

 それでも前に進めたらいい。

 俺は俺のやるべきことをやる。

 その結果がどうなるか分からないが、俺は期待してもいいのだと思う。

 見えていなかったものが見えるようになってきた。

 それはみんなと出会ったから。

 ギンガナム。ベル。クレア。

 他にも多くの人と関わり、世界を知っていった。

 世界を知り、自分を知り、明日を知る。

 それがあれば人は不安から解放されるのかもしれない。

 だけど、それができるのはやはりクリスしかいない。

 俺は彼女に導かれた。

 憎しみも、悲しみも超越して今ここにいる。

 最初から彼女が正しかったのだ。

 俺はこんなにも弱いのに、彼女はまだ戦っている。

 心の悪と。

 人の心には善も悪もある。

 それを知っているから、自制している。

 自分の気持ちを素直に吐露できる。

 ああ。格好いいな。

 クリスみたいなのがいれば、世界は安泰だ。

 俺の目に狂いがなければ、きっと世界は変わる。

 人を幸せにできる。

 そうだ。

 みんなそうすればいいのに。

 それで幸せになれるというのに。

 何故争い続ける。

 わかり合い、理解し、思いやりと優しさを持つ。

 それだけで世界は変わるというのに。

 なぜこうも優劣をつけたがる。

 なぜこうも強欲になれる。

 俺には分からない。

 人と人が争っているのだ。

 それは無くさなくちゃいけない。

 戦争を始めたのが人なら、終わらせるのも人なのだ。

 そのためには戦う必要がある。

 これが最後の戦いになるだろう。

 そして世界を変える。

 隣国と同盟を結ぶ。

 それができるのは、クリスだけだろう。

 もう戦争は始まっている。

 あのウォーレスが開戦した。

 その戦犯ももういない。

 この国が変わるなら今だ。

 あんな悲劇はもう繰り返してはいけない。

 俺たちは戦う。


 石造りの城壁からなだれ込む街人たち。

 城の中は入り組んでおり、侵入させるつもりはないと言っているようだった。

 それでも俺は記憶している通りに王室へと向かう。

 クリスと、街人を数人つれていく。

 右、右、左。真っ直ぐ。

 そこに王がいるはずだ。

 ドアを突き破り、目の前にいる恰幅のよい男を見つめる。

 間違いない。

「ローランド王だな?」

 低く唸るようにして訊ねる。

「いかにも。だが、俺様を倒してどうするね?」

 大仰に頷き、椅子から立ち上がる。

 赤いカーペットに金の刺繍がされている。

 手前には長机があり、奥には執務に使う机と、大きな椅子がある。

 調度品がいくつかあり、それ一つで国民の生活を支えることができるのだろう。

 そんな贅沢な暮らしができるのもローランド王のカリスマ性なのかもしれない。

「ははは。バカな領民だ。俺様を殺しても何も変わらない。世界は混沌と闇で満ちている。なら正しく使うのが正解ではないのかね?」

「お前が言っているのは間違いだ。この世界は暖かさと優しさでできている。政治もそのためにあるんじゃないのか?」

「は。小童どもが。子どもはちゃんとしつけないとダメだな」

 クツクツと下卑た笑いを浮かべるローランド王。

「せっかく女の一緒にしてやったのに」

「どういう、意味だ?」

「は。想像した通りだ。どうせ、長生きできまい」

「貴様。それで俺をコントロールしたつもりか」

 手のひらの上で転がされていたようだ。

 だが、

「俺はこの運命を変えてみせる。王の命令だからと言って戦争をしなくちゃいけない理由にならない」

「何を言っている。増えすぎた人工を口減らしするのも、領地を拡大するのも、戦争が一番効率良いではないか。戦争がなければもっと暮らしは貧相なのだぞ?」

 何が面白いのか分からないが、ローランド王はニタニタと粘度の高い笑みを浮かべる。

 寒気がするほど、おぞましいものを見た気がする。

「俺はこの世界を変える。お前の言う通りにはならない」

「一つ聞いてもいいですか?」

「なんだね。小娘」

「グレンとララをけしかけたのはあなたですか?」

「ふん。あんな奴ら、滅びてしまえばいい」

 鼻で笑うローランド王。

 そこに一切の疑念を感じさせない。と言った様子で。

 クリスも舌を噛むように俯く。

「さ。最後の決戦を始めよう」

 ローランド王はそう言い、身体を宙に浮かせる。

「なっ。浮遊魔法!?」

 聞いたことがある。

 あらゆるものを浮かせる秘術と。

「少し違うな。これは浮遊魔術だ」

 ローランド王はケラケラと愉しそうに笑う。

 よく笑う!

 俺はマナを限定解放し、細胞の一つ一つに力を込める。

 マナの塊である魔弾を撃ち放つと、ローランド王の身体にぶつかり、弾け爆散する。

 何発も撃ち放つと、次第にローランド王の身体は黒煙に紛れる。

「やったか?」

「んふ♡ やっていないぞ!」

 煙りの中から現れるローランド王。

 鉄の扉すら穿つ魔弾をすべて受け止めた!?

「下がれ!」

 俺がみなに命令すると、俺はバックステップをとる。

「遅いのう」

 空に生み出されるいくつもの火球。

 それらが、こちらに向けて放たれる。

 発射された火球は矢よりも遅く、だが下がる人々よりも早く飛翔する。

 入り口付近でたまっていたところに火球が直撃する。

 爆炎と爆風、そして砂礫となった石の破片が飛び散る。

「室内だぞ!」

 俺は叫び、跳躍する。

 マナののった身体なら、宙に浮くローランド王と戦える。

 次いで風魔法の詠唱を始めるローランド王。

 放たれた風の刃が頬を切り裂く。

 確か魔法は両親から受け継ぐもの。

 ローランド王はその二百を超える魔法を扱えるという。

 それが王たるゆえん。

 王であるが故の力。

 見た目は太った、やにを浮かべた目をした、下品な男である。

 だが、その力を発揮していないだけで、魔法師としての力は最上級だ。

 あのウォーレスを始めとする第四者ですら勝てないと聞く。

 本当に勝てるのだろうか?

 不安と焦りで柄を握る手が緩む。

 跳躍した俺はローランド王の首を狙い切り裂く。

 金属が弾ける音がした。

 緩んだ手のひらから剣が零れ落ちる。

「なにぃ!?」

「鉄壁魔術・オリハルコン」

 ローランド王はまったくの無傷でこちらに向き直る。

 落とした剣はくるくると回転し、床に突き刺さる。

 跳躍した俺は無防備すぎた。

「は。今までの無礼、これで許してやるよ」

 ローランド王は手のひらから氷塊を浮かべる。

 マズい――。

 そう悟ったが、一歩遅い。

 放たれた氷塊は俺の身体に衝撃を与える。

 衝撃で壁まで身体がもって行かれる。

 壁にぶつかった衝撃で口の中を切った。

 鉄の味と匂いが広がる。

 勝てない。

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