第30話 武器を手にすることの意味

 翌日。

 空が白んだ頃あい。

 南から湿った空気を運び入れ、くすぶった焚き火が雨で消されていく。

 熱せられた油はぐつぐつと煮え立ち、人を寄せ付けないでいる。

「……敵はまだか?」

 俺は茂みに向けて眼光を飛ばす。

 マナを限定解放することが可能になった。

 今なら分かる。

 何倍にも強化された視力。何倍にも嗅ぎ分ける嗅覚。

 これをグレンは使っていたのだ。

 しかしグレンはどこにいったのだ?

 なぜ、俺を見逃した――。

 まるで俺にこれを伝えるためのような――。

 考えてもしょうがない。

 他人の考えを憶測できるほどの頭はない。

 俺は絶えず目の前にある壁を打ち破るしかないのだから。

 それ以外に何かできることはあるのだろうか?

 いやない。

 それだけで精一杯だ。

 俺にできるのは単にそれだけ。

 でもそれもいいかもな。

 難しく考える必要なんて最初からなかったんだ。

 俺は生きるためにみんなを助ける。

 そうして生きていく。

 この世界の片隅で。

 草木が揺れる。

 殺気。

「隠れるな! 出てこい」

 俺は茂みに向けて言い放つ。

 ガサガサと草木をへし折り現れる軍勢。

 その数三十。

 みな一様に王国軍の白と銀で縁取られた紋章をつけており、剣や弓、槍といった武器を手にしている。

「俺への命の見積もりの甘さを示さなければな!」

 俺は剣を鞘から引き抜き、構える。

 敵。その他にいない。

 遠くで悲鳴が聞こえる。

 熱した油をまく作戦は成功しただろうか。

 この雨の中、どこまでやれるか。その条件は相手とて一緒。

 油断できないな。

 俺は切り込むように真っ直ぐに軍勢に突っ込む。

 三十対一。

 だが、内側に入れば外側にいる兵は攻撃ができない。

 剣を地面に突き刺し、その勢いで棒飛びの要領で空高く飛ぶ。

 落下速度をのせた剣筋が一人目の犠牲者に突き刺さる。

「ごめんなさい」

 俺はその剣を引き抜き、くるりと回転しながら剣でいなす。

 勢いの乗った剣が僅かばかり反応が遅れた兵たちを切り刻む。

 そして相手の体勢が整い始めた頃、俺はマナを剣にこめる。

「土煙!」

 ぼわっと吹き上がった粉塵を前に躊躇わない人間などいない。

 その隙を狙い、マナで覚醒した嗅覚を頼りに二人、また一人と確実に仕留めていく。

「ごめんなさい」

 謝って許されるとは思っていない。

 だから、これもエゴだ。

 自分への免罪符だ。

 そうでなければ心が、身が持たない。

 自身の罪悪感を消すためのおごりある行動だ。

 もうしわけないと思いながらも剣を振るうのを止めない。

 一個師団でもある三十の軍勢はそのほとんどがすぐにやられた。

「撤退だ!」

 誰かが叫んだ。

 恐らく相手のリーダーだろう。

 俺は近くにいた兵を切り捨てると、次の相手を探す。

「撤退!」

 号令が広まると、武器を捨てて撤退を始める。

 勝った。

 だが、呆気ない。

 俺はこれでいいが。

 でもこれで終わりじゃない。

 俺はきびすを返し、街人のいる森へと走り出す。

 街の人が集まっている森の手前。

 どうやら油作戦は成功したらしい。

 いくつかの樹木の間には人気ひとけがない。

 俺は街人が戦っている中に突進していく。

「やらせるか!」

 俺は兵を見ると、マナを限定解放する。

 脚力が上がった状態で森の中を駆け抜ける。

 すれ違いざまに切りつけていく。

 弱った兵士を見た、街人は農具を振り回し、攻撃する。

 こちらにも三十ほどの兵がいる。

 その一人一人を切りつける。

 小さく悲鳴を上げる兵。

 断末魔を上げる兵。

 彼らには罪がないのかもしれない。

 それでも戦わねば守れないものがある。

 許せ。

 難なく援護をしていると、街人も血気盛んに戦う。

 中にはボウガン使いもいる。

 この戦力差ならあとは任せても良いだろう。

 俺は急いでクリスのもとに向かう。

 クリスには棒術しかない。

 始めから危険性は高かったのだ。

「間に合え!」

 俺は街角を曲がるのでさえ、もどかしく感じる。

 スケートをするように石畳の舗装された道のりを滑っていく。


 見えてきたのはクリスが孤軍奮闘している姿だった。

 棒で打撃を与えると、そのまま押し込み、身体をひねらせる。

 隣にいた兵に横薙ぎで打撃を与えると、その反動を利用して、逆向きに凪ぐ。

 兵がよろめいているところに俺が斬りかかる。

 棒術では決定打になることは少ないのだろう。

 苦戦していた。

 だが、俺なら剣を振るえる。

 それにクリスは優しい。優しすぎる。

 誰も死なせないように戦っている。

「クリス。手を抜くな」

「で、でも……!」

「分かるだろう?」

「それはそうですが」

 クリスは唇を噛むように悔しそうな顔をする。

 歯がみしたあと、錫杖を敵兵にぶつける。

 うろたえたところを切りつける。

「くっ。こいつら強い!」

 敵兵はうめくように剣を構え直す。

 マナを解放した俺には勝てまい。

 細胞の一つ一つが生を欲している。

 戦えと叫ぶ。

 そうでなくては勝てないから。

 生き残れないから。

 人殺しなのだろう。

 俺は、人殺しなんだ。

 あのときから。

 盗賊を一人、殺した時からそれは変わらない。

 血に染まった俺に行き場などないのかもしれない。

 それでも戦う。

 それが道を開くと信じて。

 俺が世界を変える。

「俺は、変えてみせる。この世界をひっくり返す!」

「我々は王に忠誠を誓った。この世界のバグは取り除く!」

「この世界にバグなんてない。あるとすれば、生まれやしがらみにとらわれているあんたたちだ!」

 俺は剣を一閃させると、圧倒的な強さで剣をへし折っていく。

 武器をなくした兵は地面に落ちていた石を拾い、そのまま殴りかかってくる。

「ローランド王、万歳ばんざい!」

「ふざけるな!」

 俺は石でなぐりかかってきた兵をあやめる。

「フィル! 殺さないで!」

「それはあいつらに言ってくれ」

 俺は殺さないようにするのは無理だ。

 そんな力はもっていない。

 俺はこいつらを倒して世界を変える。

 もう血で汚れた手なのだから。

 だったら責めてみんなが納得できるような応えを見つけたい。

 見つけなくちゃいけないんだ。

「クリス、左!」

「きゃっ」

 錫杖を振るうクリス。

 襲いかかる兵は不意打ちを食らい、よろめく。

 そこに俺は魔弾まだんを撃ち込み、吹き飛ばす。

 やれる。

 このままなら押さえ込める。

 俺は駆け出し、敵を翻弄しながら、攻撃していく。

 切りつけ、魔弾を撃ち込む。

 敵兵士の数が減っていく。

「もう下がりなさい! あなたたちの負けです」

 クリスは残り二人になった兵を見て威嚇する。

「くっ。撤退だ」

 兵は慌てる様子で森の中へと消えていく。

 くらっと倒れそうになるクリス。

 それを支えると、彼女は微笑む。

「ありがとうございます」

「いや、俺も悪かった」

 最初にクリスが戦っていたのは消耗戦だった。

 恐らく一人と踏まえた王国兵が彼女の体力だけを削るよう、距離をとって戦っていたのだろう。

 負傷者を出すことなく戦果を上げるにはその作戦が向いている。

 一対三十だったのだから、体力が衰えるのはクリスの方が先なのだ。

 不利な状況でよくもまあ、生き延びたものだ。

 回復魔法は自分には使えないというのに。

 街人が戦っていた地区から狼煙のろしがあがる。

「あっちも片付いたようだな」

「はい。もう戦わなくていいのですね」

「……ああ」

 最後の戦いはまだだ。

 あと一つ残っている。

 俺が倒さなくてはいけない相手が。

 憎しみも、何もないけど。

 でも確実にがいるからこの争いは終わらない。

 それをクリスも薄々気がついているはずだ。

 はずなのに……。


 長老に呼ばれ、街の一角に人が集まる。

 敵兵を退けたことを祝う席のようだ。

 飲み物や食べ物がひろがっており、目にも鮮やかな飾り付けがされている。

 どうやら残った人で用意したらしい。

 とはいえ、簡素なものだ。

「長老、少しいいか?」

 俺は長老と話しをしながら、食事をとる。

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