第29話 悪巧み

 春風の香る盆地にたどりついた。

 記憶に新しい街の風貌は、心を落ち着かせる。

「おお! アーサー様」

 最初の盗賊がいた街・アセトンである。

「その後、どうですか?」

「それが王が新たに宗教税をとるようになってね……」

 長老が苦々しく顔を歪める。

「宗教、税……?」

「はい。宗教をやっている人に納税の義務があると」

 悲しげな声で呟く長老。

「そんなぁ!」

 クリスが驚いたように目を見開く。

 宗教は人の心のよりどころになる。

 それを否定すれば、人は牙を剥く。

 そんなこと分かりそうなものなのに。

 宗教を商売にしてしまっては終わりなのだ。

 人の心に平穏をもたらすが経済のはず。政治のはず。

 それを忘れて何が王だ。

 あの第四者も、もとはと言えばローランド王が指示したもの。

 だったら、倒すしかなくなる。

 反目する必要がある。

「わたし、地母神のご加護を預かっているのです。それすらもまだ!」

 クリスの言いたいことは察しがついた。

 宗教の自由を認められていない上に、税までとる。

 これでは世界が終わる。

 王は何かを間違えている。

 それは分かっている。

「何もないところじゃが、しばし休まれよ」

 長老はそう言うと、宿舎に案内してくれる。

 宿舎の二階に俺とクリスの部屋をそれぞれ設けられていた。

 そこにはベッドが置いてあり、調度品もいくつかある。

「やりました! お布団です♪」

 久々にテンションの高いクリスを見た。

 旅でほとんど野宿だったことを思い出すと、この反応こそが普通なのかもしれない。

「さ。料理を用意してあります」

 長老自らが呼びに来てくれる。

 何か嫌な予感がする。

 一階の食堂に降りていくと、そこには豪華絢爛な料理が並べられていた。

 アヒージョ、ハンバーグ、ナポリタン、シチュー、串焼きなどなど。

「わぁぁぁぁあ! これ食べていいのですか?」

 クリスの目がキラキラと輝いて見える。

「もちろんじゃ」

「待て。クリス」

 俺が呼び止める前に、シチューを頬張るクリス。

「食べましたな」

 クツクツと笑う長老。

「はい。美味しいです♪」

「いや、これは……」

「アーサーさんはさすがですな。ワシらの要求を聞いてもらいたいのです」

 長老は蓄えた髭を撫でて告げる。

「あー。やっぱりか……」

「明日、税の徴収を行う兵士がやってくるそうな。それを食い止めて欲しいのじゃ」

「そんなことしたら、この街が火の手を上げることになるぞ」

 俺はキツい言い方で現実を突きつける。

「構いません。ここにはもう老いぼれしかおらぬのです」

 悲しげに目を伏せる長老。

「それに若い者はすぐに引っ越しました。これも圧政に苦しむ民のために」

「分かりました。そのお手伝いさせて頂きます」

「クリス!」

「わたしたちを圧政から解き放つために」

 くるりと反転し、長髪をひるがえすクリス。

 悪政を行っているローランド王に飽き飽きしているのはどこも一緒か。

 ため息を漏らし、緩んだ顔をしめる。

「分かった。でも、無理はするなよ」

「それはフィルの方です」

「それもそうか」

 俺は信念のために戦ってきた。それで救われる者がいると信じて。

 だから、今度も信念のために戦う。

 人を助けるとか、そんな高尚なことではない。

 きっとこれが道を切り開くことになるのだと思って。

 独善的かもしれない。間違えているかもしれない。

 それでもなお諦めない声がある。

 希望を失わない声がある。

 だから戦う。

 戦って人々に道を示す。

 その先に願ったものがあると信じて。

 俺は空っぽだ。

 あの日、あのとき。

 家族を失い、故郷を失い、全てを亡くした。

 それでも生きてきたのは彼らの思いを託されたのだと思う。

 そうでなくてはやりきれない。

 そうでなくてはあまりにも報われない。

 だから、俺がいく。

 他の誰でもない。

 あの悪夢を、繰り返さないために。

「さて。じゃあ情報の整理からしよう」

 俺はそう提案し、街の見取り図を探す。

「長老、この街の地図はあるか?」

「は、はい。こちらに」

 長老は少し不安そうな顔で地図を広げる。

「相手の規模は分からないが、すでに反乱の情報は漏れているだろう」

「そんな!?」

 長老が焦った様子で声を荒げる。

「この手の問題にはそういうことが多いんだ」

 俺は冷静に分析・判断する。

 この森は、危険だ。

「こちらに農具を持った人を百人ほど。こちらは俺がカバーする。こっちにはクリスに助けてもらう」

 地図の上に次々と指で指し示す。

「え。ここは森じゃよ? それにお主ら一人一人などと……」

「ああ。大丈夫だ。こちらに問題はない。それに森はかっこうの隠れ家。敵も多く潜む」

 そして森は樹木が生えているせいで人が分散しやすい。

「だから、多くの人で取り囲む。それで退路を断つ。一人一人囲んで倒せば、勝利も現実的だ」

「さすがフィル。わたしはこちらで棒術を使いますね」

「ああ。本当は回復魔法が使えるクリスと組ませたいが、棒術による接近戦はかなり有効的だ」

 頷き、俺は周囲を見渡す。

 筋骨隆々な奴もいるが、腕っ節の弱そうな人もいる。

「これから急ピッチで武器を作る。手伝ってくれ」

「はい。お主らも良いな」

 長老が全員に言い聞かせると、町工場を借り受けることとなった。

 町工場ではボウガンを作ることにした。

 俺だって異世界転生者だ。知識はある。

 ボウガンは力がなくても即戦力になる有望な武器だ。

 守るために武器を作る。

 それともあいつの言ったように武器があるから戦うのか。

 俺には分からない。

 でも守るためにも武器は必要だと思う。

 それがなければ、すぐに滅んでしまう。

 脅威から逃れるためには武器が必要だ。

 それともこの考えが間違っているのだろうか?

 どうしてこんなことに。

 戦いから身を置こうとするたびにドンドンと沼にはまっているような――。

「これでいいかい? アーサーさん」

 町工場のおっちゃんがボウガンの試作を持ってくる。

「ん? ああ」

 俺は重たくなった気持ちを振り払い、受け取る。

 試しに矢を一本装填し、遠く離れた樹木へ撃ち放つ。

 放たれた矢は勢いよく飛び、樹木に突き刺さる。

「いい感じだ。これをあと十個は作ってくれ」

「分かった。人手を増やしたい」

「なら長老にかけあってくれ」

「おうよ」

 俺の知らないところでも戦いは起きているのだろう。

 旅をしていると情報が入りにくいこともある。

 それでも俺はこの街を守りたい。

 ただの気まぐれだ。

 俺の気の向くままに助ける。

 一人でも救わねば、俺の信念が揺らぐ。

 全員を、全てを救う方法なんてないんだ。

 だから身近な人から助ける。

 助けを求めている人から助ける。

 それでいいのかもしれない。

 俺は神じゃない。

 全ての人間を同時に助けることなんてできない。

 憎しみを新たな世代に持ち込むわけにもいかない。

 このままではダメだと思ったから俺は戦う。

 戦うと決めたのだ。

 その先に平和があると信じて。

 実りある未来があると信じて。

 そのために俺は今も奮闘している。

 救える者がいるのなら救わねば、何も変わらない。

 変えていかねばならない。

 そう思った。

 このままじゃ嫌なんだ。

 俺自身、それですむと思っていないから。

 この争いの連鎖を断ち切るためにも。

 俺は行く。

「そうだ」

 俺は町工場のおっちゃんに話しかける。

「なんだ?」

「油ってあるか?」

「ああ。あるが。そんなもんなんに使うんだ?」

「ちょいとした悪巧みだよ」

 俺は町工場のおっちゃんに油を大量にもらうと、くだんの森の近くへと向かう。

 そして何名かの街の人を集める。

 そこで焚き火をし、油を暖める。

「さ。悪巧みの時間だ」

 口の端をつり上げて俺は不適に笑みを零す。

 これが成功すれば、こちらの損害は最小限に抑えられるはずだ。

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