第28話 第一歩

 膨れ上がったキノコ雲を見て、俺は前世を思い出していた。

 ただ戦うだけの毎日。

 俺はそれが嫌でいた。

 今度もまた、その歴史を繰り返すのかと思うと、人の業の深さを感じる。

 なぜそうまでして戦うのか。

 戦いに身を投じているとはいえ、その疑問は尽きない。

 襲われるから、その前に襲う。

 果たして本当にそれでいいのか。

 分からない。

 武器のない世界を、そう思う気持ちも分からなくはない。

 だが、それだけでは世界に変革は訪れない。

 彼らを変えるには弱い心を変えていかなくちゃいけない。

 すさんだ心で武器を手にしてはいけない。

 それでは人を傷つけてしまう。

 もう嫌なんだ。

 傷つくのも、傷つけるのも。

 だから、これで終わらせる。

 国家転覆を謀っている俺にも何かできるはずだ。

 世界を変える。

 そのためにも、力が必要だ。

「あぎゃぎゃぁっぁぁぁぁ。テメーはここで死ね」

 グレンの放った火球が空を覆い尽くす。

「俺は、死なない! 背負って生きる。そのために生きていく。そうでなくては冷たすぎる」

 この世界は寒いから。

 だから熱で暖める。

 そのために生きている。

「フィル。わたしも手伝います」

 後方から追ってくるクリス。

「クリス。左右によけろ」

「はい!」

「女をやるのは趣味じゃねーよ!」

 火球の火線を俺に絞り込んでくるグレン。

「く。避けられない!」

 もういい。片腕くらい食らってやる。

 俺は左手を前に突き出し、火球を受け止める。

 幸いにもマナを解放しているので、腕が吹き飛ぶことはないが、痛みと熱さで左手の感覚が失われていく。

「はぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁあ!」

 俺は声を荒げながらグレンに向かっていく。

「さすが、兄妹! やることが違うな!」

 グレンが声を嬉しそう顔を上げる。

 さらに増える火球。

 それらが大地を覆う。

 俺はグレンの足下にたどりつき、剣を振るう。

 何げない横薙ぎだった。

 それがグレンの胸板を切り裂いた。

「くっ。この……!」

 グレンは赤毛の髪を揺らして、剣を滑り込ませる。

 俺の左目を切り、吹き飛ばす。

「フィル!」

 こちらを心配するクリス。反転、こちらに向かってくる。

 頭から落ちた衝撃で意識がもうろうとする。

「……は。もっと力をつけろ。憎め」

 グレンがそうささやき、けらけらと笑う。

 去っていった音を聞き届けた。


 ☆★☆


 俺が起き上がると、そこは見慣れないテントの中だった。

 皮と骨組みだけでできた簡素なテント。

 無骨とも言えるその姿はどこかもの悲しく見える。

 滲んだ目の縁から零れ落ちる雫。

 俺は負けたらしい。

 グレンはとどめを刺さなかった。

 あのとき、刺そうと思えば刺せたはずなのに。

 それでも俺を見逃した。

 どういうつもりか分からないが、最後まで勝つことはできなかったな。

 財政難で支給されたテントはところどころが黄ばんでおり、見るも無惨な姿と言えよう。

 それでも俺を介抱するには十分な様子だ。

「フィル。起きましたか」

 クリスが入り口から入ってくる。

 手にはお粥のようなものがのせられている。

「ああ」

「…………」

「…………」

 そう言えば、女の子とどう会話していいのだろう。

 こんなとき、一番悩む。

「フィルはずっと寝ていたのです。回復魔法はかけましたが、それでも不十分でした。ごめんなさい」

「いや、いい」

 左腕が動かない。

 きっと火球を受け止めた衝撃だろう。

 これが骨折なのかどうかも分からない。

 医療に関して全然進歩していない世界だからな。

 まあ、それも魔法の恩恵があるからこそ、だが。

 魔法があるから科学・医療が進展しなかったのだ。

 より便利である方を優先させる。

 何も不思議なことではない。

 漢方薬のようなものがあるが、それだって噂程度のものだ。

 そう言えば母親に看病してもらったとき、薬草を煎じてもらったな。

 こちらの母を思い出し、胸の辺りから熱がこみ上げてくる。

 優しかった。暖かった。

 みんなそうであれば、戦いなんてなくなるはずなのに。

 どうしてこんなことになってしまうんだろう。

 もうどうしようもないのかな。

「これ、食べてください」

「ああ」

 俺は上体を起こそうとする。

 が、激痛が走る。

「あ。無理なさらないでください」

 クリスはいそいそと木製スプーンでお粥を掬うと、俺の口元に運ぶ。

「はい。あーん」

「え」

 恋人と家族にしかしない、その行為を見てドギマギする。

「あーん、出来ませんか?」

 困ったように眉根を寄せるクリス。

「い、いや」

 口を大きく開けて迎え入れる。

 クリスが苦笑を浮かべながら、スプーンを口に押しやる。

 俺はなんとか運び入れると、その味を確かめる。

「うん。うまい」

「ふふ。良かったです」

 言葉の端々から感じる暖かな気持ち。

 俺は少し嬉しくなり、二口目を受け入れる。

 これはうまい。

 なんでうまいか分からないけど、うまい。

 塩気も甘みもない、ただのお粥だけど。それでもうまい。

 母のことを思い出すような味付けだ。

 味なんてもの入っていないのかもしれないけど。

 それでも俺はうまいと思った。

 それは確かに言えること。

 涙がぽろぽろとこぼれ落ちてくる。

「ありがとう」

 俺は泣きじゃくりながら、感謝を伝える。

「本当、ありがとう」

「いえ。いいんですよ」

 クリスが曖昧な笑みを浮かべて俺を見つめる。

 お粥を食べ終えたあと、クリスはただひたすらに優しかった。

 食事を食べられるようになってから、俺の身体はだいぶ回復してきた。

 やはり食べるというのは身体にいいことらしい。

 上体を起こすのに一日、外にでるまで二日かかった。

 それでもクリスは根気強く手伝ってくれた。

 まともにトイレにもいけなかったことに多少の恥じらいとショックがあったが、元気になったことをクリスと喜び、分かち合えたのは素直に嬉しかった。

「ありがとう、クリス」

「いえ。でも、このあと、どうするのですか?」

 女らしい顔を見せるクリスに戸惑いを覚える。

「ああ。ローランド王を倒す」

「え! それって国家転覆を謀るということですか!?」

「ああ」

 短く力強く頷くと、クリスは目を見開き、驚いたように、うろたえたように顔を変える。

「で、でも。それじゃまた内乱になるのではないですか?」

「そうかもしれない。でも、隣国アルサラスとの停戦はそうしなければならない」

 口の端を噛み、血が滲む。

 俺が求めていた応えはここでは叶わない。

 このままじゃいられない。

 第四者の言う通りなら、この戦争はいつまでも続く。

 それもこれもトップが、王様が変わらないから。

「クリスなら、分かるだろう?」

「それは……」

 言葉に詰まるクリス。

 分かっているはずだ。このままでも結局、内乱も戦争も続くと。

 何もできないまま、終わっていくだけだと。

 だから変えねばならない。

 物事を漫然と受け止めるだけでなく、変えていくべきところは変えていかねばならない。

 そうでなければ誰も報われない。救えない。

 人から武器を取り上げるだけじゃダメなんだ。

 この世界をまるごと変えねばならない。

 戦争は国同士の意地の張り合い。そう考える者もいるらしい。

 戦争は経済のため。そう唱える者もいるらしい。

 戦争は差別の象徴。そう理解する者もいるらしい。

 だけど、命を奪う行為に変わりない。

 人殺しに変わりない。

 だから変えていく。

 俺から、全てを。

 憎しみを知ったからこそ。

 愛を知ったからこそ。

 生きているからこそ。


 テント生活をしばらくして、俺とクリスは旅立つ。

 今度は国を変えるため。

 そして来た道を逆走して。

 転移門は何者かによって壊されていた。

 だから、歩くしかない。

 ひたすらに。

 俺たちの第一歩がここから始まる。

 旅の風が吹いた。

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